++SS

▽2026/03/18(Wed)
煙草/若里春名

「プロデューサー、まーたタバコ吸ってる」
「げえ」
 腐れかけのトマトみたいな夕日が地平線の向こう側に沈もうとしてる。そのすぐ後ろでは今か今かと夜が侵略を始めていた。
 ぼおっとした炎の赤と夕日が重なるように見える。逆光、その眩しさに目を瞑りそうになりながら、春名は、そろそろタバコやめろよな、となげやりに言葉を投げた。


 事務所のボードに特段何も書いていないのにプロデューサーがデスクに居ないとなると、どこにいるかは自ずと分かるものだ。
 春名は思案する。事務所の人間がどれくらい気づいてるのだろう、と。彼女が時たま、苦くて甘いにおいを纏っていることを。
 春名がそのことに気がついたのはいつ頃だっただろう。メンソールとベリーの甘ったるいにおいがジャケットから微かに香った最初の記憶は、そうだ昨年の秋のことだった。ダンス練習で火照った体を涼ませようと屋上に行こうとしたところで、戻り際の彼女と鉢合わせしたのだ。
「──それ今日で何本目? 前吸ってるとき言ったよな、その時で最後にするって」
 事務所が入っている建物の屋上は一般的な屋上だ。打ちっぱなしのコンクリートで夏の昼間は死ぬほど暑い。近くで花火大会があるときなどは事務所の皆で見たり、春や秋に練習場所がなかったらダンスの練習したり、ここに用事があって来るのはそんな程度の頻度だった。
 顔をしかめたプロデューサーが、まだ吸い始めたばっかりなのにい、と拙い泣き真似をした。
「私も好きで吸ってるわけじゃないの」
「むしゃくしゃするから?」
「そ、むしゃくしゃするから」
 ふーん、と春名がプロデューサーの横に行く。鉄柵に体を預けながら、紫煙を燻らせる。春名にはこの良さが全くもって分からなかった。





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