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▽2017/04/16(Sun)
アオイとシンデレラ
 恋愛が与えうる最大の幸福は、愛する人の手をはじめて握ることである。


 私たちはお城に舞踏会に行きますわ。あなたはお留守番なさいシンデレラ。
 シンデレラは継母や義姉たちの言葉に分かりました、と頷きました。普段よりもずっと豪華なドレスを身にまとい、お城に向かう馬車を待ちながら、王子に目をかけられるのを夢見てぺちゃくちゃとお喋りする彼女たちをシンデレラは少し冷めた目を向けます。
 ぎゅうっと雑巾を絞る自身の手は皮がむけてぼろぼろで、服は埃や油汚れで薄汚れて王城のきらきらとしたシャンデリアに照らされる資格などありません。髪の毛も軋んでいて、先ほど拭いたばかりの鏡に映る自分の顔色もどこかくすんでいるように見えました。王子が目をかける女性と言えば、美しい外見を持った女性か、大変お金持ちな資産家のご息女。シンデレラは彼女たちがそのどちらにも当てはまらないことも、また自分が言えた口ではないこともまた心得ていたので、黙りながら彼女たちを見送ります。シンデレラにとって王子の妃になる夢物語を話すことよりも、明日のお夕飯の献立を考えることの方がずっと現実的なのでした。


・・・


「――少しくらいなら覗いてみたかったな」

 すっかり夜も更け、シンデレラの与えられた薄汚れた部屋の窓から煌々とした光を灯す王城が見えました。王城が民衆に開かれることはめったになく、次に開かれるのは王子の戴冠式か、その王子の子供が生まれた時でしょう。その時には自身はすっかりと年老いて、どうなっているのだろうとシンデレラは思いました。今夜着飾ってお城へ赴けば、若い女性と言うだけで門戸は開かれるので、少し惜しいと思ってしまうのでした。今夜王子に選ばれるのはいったいどなたなのだろう、とシンデレラは思いを巡らせます。しかしシンデレラは王子の浪費癖と手癖がひどいうつけ者であることを噂で知っていたので、舞踏会に何も知らずに訪れるご令嬢に少し同情したのでした。
 何度も繰り返し読んでいる本を置き、蝋燭の灯りを吹き消しました。部屋の中は真っ暗で、窓の外からは月明かりや家々の灯す明かりが見えるだけ。明日も早いから寝てしまおう、と布団をかけようとすると、こんこん、と窓が叩かれた音がしました。いったい何だろう、と目線をそちらに遣ると視線の先には一人の男がおりました。ローブからは太陽の光を集めたような髪がちらりと見えます。その男はシンデレラに気が付くと、にこりと人懐こい笑みを見せて、こちらに来るようにと手招きをしました。シンデレラはその男がいったい誰なのかがわかりませんでしたが、お客様を待たせてはいけないと思い、使い古した外套を羽織り、急いで屋根裏部屋の階段を下り、玄関の鍵を開けました。

「こんな時間にお客様なんて。ごめんなさい、義母や義姉は今お城に出かけているんです」
「大丈夫、俺の用事があるのはお前だから」
「……? 私、あなたにお会いしたのは初めてで。いったい何の御用です?」
「王子様のいるお城へ行くお手伝いをしようと思ったんだ」

 その男は白く輝く杖を手のひらから生み出しました。まるで魔法使いみたい、と驚いた表情で言うシンデレラに彼は、正真正銘魔法使いだから、と笑いました。
 魔法使いは杖を一振り二振り。するとかぼちゃが車に、ねずみが馬に、みるみるうちに変わっていきます。魔法使いは馬は御者へ、犬はお付きの者へと。そしてシンデレラのおさがりの服がみるみるうちに美しいドレスに。髪の毛も結い上げられ、その変わりように目をぱしぱしとさせました。
 魔法使いにどうしてこんなことをしてくれるのかと尋ねれば、いつもどれだけ頑張っているかを知っているから、と答えました。魔法使いは、シンデレラが継母や義姉たちに毎日仕事を押し付けられ、勤勉に働いているのをよく知っていました。指がぼろぼろになっても皿洗いをしたくないと言ったことがないことも、自身が薄汚いおさがりを押し付けられているのに文句を言ったことがないことも。どんなに虐げられていても、家において貰えているだけまだ良いと思っていたのです。シンデレラは魔法使いが彼女自身を褒めてくれたことにとても喜びました。何せ今まで一度もそのような言葉を言われたことが無かったのです。魔法使いはだんだんシンデレラが可哀そうに思えてきました。継母たちから虐げられ、その上王子が居る王城で見染められたとしても、王子は色町で言葉を覚え、金貨を食べて育ったようなうつけ者の王子。妃になったとしても、それではあまりにもシンデレラが不憫で仕方がありません。

「さあどうぞ」

 魔法使いが扉を開けます。シンデレラはお礼を言いながら乗り込みました。
 シンデレラのすっかりと綺麗になった姿を魔法使いは見つめました。美しいドレスを身にまとい、化粧を施されてすっかりと綺麗になったシンデレラがこれからどうなるのかを思い、やっぱり、と魔法使いが口を開くとシンデレラもまた言葉を紡ごうとしていました。しばしの沈黙があって、魔法使いがお先に、とすすめたのでシンデレラが口を開きます。

「こんなにぼろぼろの手じゃ、たぶん王子さまには気持ち悪いと思われてしまうし、やっぱりやめにしようと思うんです。それに噂が酷いから。……あなたは?」
「俺も、何人も愛妾が居るような王子だし、みそめられてもきっとお前は幸せにならないだろうなと思ってた。……王子より、俺の方がお前を幸せにできるって」
「それってプロポーズ?」

 シンデレラはくすりと笑いました。魔法使いはそうだな、と返答します。その真剣なまなざしに、シンデレラもまた瞳を合わせます。
 シンデレラは自身が王子にみそめられるほどの容姿が美しいわけでなく、またお金があるわけでもないことも知っていました。例え舞踏会に向かったとしても、そこで終わり。またこの家に逆戻りで、つまらない日常を送ることになるに違いないのです。毎日のお洗濯に食事の用意、お皿洗い、洋服のお直し。全てをこなしてもまた次の仕事が舞い込むだけ。誰から褒められるわけでもなく、継母や義姉からは疎ましく思われているだけ。シンデレラはもうそんな毎日に飽き飽きしていたのです。
 魔法使いが手を差し出しました。馬車の扉を開け、シンデレラは魔法使いの手に自身の手をちょん、と乗せました。二人、目を合わせてにこりと笑います。私を連れ出して、そうシンデレラが長いドレスの裾を持ち上げながら言うと、魔法使いはもちろんそのつもり、と彼女の手をぎゅっと握り夜の街を駆けだしたのでした。


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