++ふたりねむる/マシュ・キリエライト



※百合百合してます


 世界を救うのは存外上手くいっている。マスター適正を測られて勝手にここに連れてこられて、気がついたら建物が爆破されてていつの間にか人類ただ一人のマスターになって、それでもまだ生きている。
 今までの生活が幻かと思うぐらいの非日常の中に放り出された。だって考えてみると、ここに来る前の私は、ただの一般的な学生で、友達と放課後にパンケーキを食べることだとか、退屈な授業をどうやって乗り切ろうだとか、新色のリップがほしいだとか、そういうことに全力を注いでいた気がする。それも今となったら、どんなことを注視していたかだなんて本当にそうだったのだろうかと思うぐらい、曖昧なものになってしまったけれど。だって考えてみてよ、普通の学生をしていた私が、気がついたら人類を救う手はずになっていただなんてちょっと笑えるでしょ。

 カルデアは世界存続の危機が迫っているというのに平和なものだ。その平穏さもロマニや職員の方によって守られているのだけれど、こうしていると、外の惨状なんて考えもつかないぐらいだった。
 ふう、とお茶を冷ます。ロマニから、睡眠に悪いからね、と貰ったノンカフェインのお茶だ。先ほどレイシフトが終わり、何日ぶりかに自室に戻った。備え付けの家具とカルデアに持ってきた荷物と、本当にそれだけしかない殺風景な部屋。せっかくの束の間の休息期間だ。次のレイシフトも特異点が解析され次第すぐ決まる。安息に努めようと眠ろうとしたけれど、目が冴えてしまって眠ることが出来なかった。目を閉じるだけでも随分と楽になるよ、とロマニからは言われたけれど。
 こんこん、と控えめなノックをされる。はい、と言うと顔を出したのはマシュだった。

「先輩、入ってもいいですか?」
「いいよー」

 マシュは可愛い女の子だ。正直心細くてしょうがなかったカルデアの中で、私のことを先輩と呼んで慕ってくれる。不慣れなことだらけなのだけれど、マシュには随分と救われているのだ。私を信頼してくれていること、その一途さ、実直さ。

「その、先輩が眠れなくてうろうろしてるってドクターから聞いて」
「あ、ばれてる」
「今行ったら名前ちゃん独り占めできるよってドクターが」
「確かにね」

 マシュも同じお茶で良い?、と尋ねるとお構い無くとの声。備品庫から余りのケトルを借りてきて正解だった。マグカップにティーバッグをひとつ置いて、お湯をいれると、すぐに焦げ茶色に色づいた。それを彼女に差し出す。

「マシュも眠れないの?」
「いえ、私は少し眠いです」
「眠そうな顔してるもんね」

 そんなことないです、とマシュがぐにぐにと自分の顔を揉んだ。
 彼女がお茶を口に含んだ。この部屋には椅子とテーブルは一組ずつしかないから、座れるところがない。私はベッドに腰かけて、ここに座りなよ、と隣を叩いた。マシュが真横に座る。

「先輩は疲れましたか?」
「うん、そうだね。今までしたことのないことばっかりだったし、すっごく疲れてるんだけど」
「だけど?」
「精神的に辛いって言うか、目を閉じて音のないところにいると、思い出しちゃって。街が燃えてる光景とか、断末魔とか」

 こんなんじゃマスター失格だよね、と笑った。気丈に振る舞うマシュ。彼女はサーヴァントとして前線で闘っている。その負担は私よりも重いはずなのに、私は彼女に守られているにも関わらず、ずっと疲弊しているのだ。こんな自分が情けなくてしょうがなかった。

「先輩、一緒に寝ましょう」
「え?!」
「はやく先輩、」
「えー、だってベッド小さいし」
「密着しあって眠れば問題ありません」

 マシュが端に寄った。一緒に眠れるかなあ、と思いながらマシュと向かい合うように横になる。電気が全部消えた。マシュからお風呂上がりのにおいがする。先輩、とマシュが肩に腕を回した。とんとん、と背中を一定のリズムで肩を撫でた。子供をあやしているみたいだ。

「こうやって抱擁すると、人は安心するんだそうです」
「知ってるよ」
「先輩は色んなことを知っているのですね」
「マシュよりちょっと年上だからね」

 マシュ、いいにおいがするし、触れると柔らかくて、女の子なんだなあって思った。マシュの胸に顔を埋めてみた。心臓の音がとくとくと響く。マシュはちょっと驚いたような反応をして、だけど私のことをぎゅっと抱き締めた。

「……安心、しますか?」
「うん」
「次は、私のこと、抱き締めて眠ってくれますか?」
「いいよ」

 その今度はいつかわからないけど、でもそれが近いといいな。
 マシュの呼吸の音と心臓の音。久しぶりに、眠れるような気がした。






20180919 
 


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