ドライブデート/鷹城恭二
「恭二、本当に無理しなくていいから、ね、私代わるよ?」
「いい。俺がする」
がっちがちに緊張した彼にそう提案するけれど、きっぱりと却下される。緊張してハンドルを握る彼の姿に見ているこっちまで、初めての運転を思い出して緊張してくる。
──俺が免許取ったら、ドライブしませんか、海まで。免許を取る前、たぶん先月のことだったと思う。意を決したようにそう言ったのは彼だった。
「せめて交通量多い所は、私運転して……」
「俺、できますから、」
名前さんお願いです、運転させてください。シートベルトをつけて、椅子を前まで引きだして窮屈そうに長い足を下に押し込めている。ミラーの位置を確認して、そうして真摯に目を見つめられれば言葉が詰まる。私は若干の不安を残しながらも、はい、と消え入りそうな声で了承の返事をした。
二人休日が重なっても、出来ることは限られている。彼は人気急上昇中のアイドルで、外に出るとどうしても人目が気になってしまう。それ故、公共交通機関を使ってどこかへ行こうとするのはあまりにもリスキーだ。それに私も彼もどちらかと言うとインドアなので、休みの日はゲームを一緒にしたり、料理を一緒にしたり、あとは溜まった洗濯物を太陽の下で干すなどといったことをしていた。それが覆されたのが先月のこと。来月二人とも休みが重なるね、という話をするとアイドル業の傍ら、運転免許取得のために教習所に通っていた彼が、今月中に免許とれるので来月のオフはドライブしないか、と提案したのだ。
「じゃあ出発します、名前さん道案内お願いします」
「了解ですー……」
ドライブに入れると車のエンジンがかかる。ナビで設定地に、一昨日くらいに行きたいと話していた海辺のカフェを設定する。それをしている間に恭二が、胸に手を当てて深呼吸を繰り返していて、もうこっちの心臓が破裂しそうだ。私は事務所のアイドルたちを送ったり送り届けたりするために、よく車を使うからそんな緊張なんてしないはずなのに。車が動き始めて、フロントガラスについた初心者マークが揺れている。
前かがみになって、普段も決して良いとは言えない目つきがさらに厳しくなっている。
「恭二、次の信号左」
「うす」
「巻き込み確認ちゃんとした?」
「……っす」
渋滞に巻き込まれたり、高速道路のインターチェンジの入り口がどこだか分からずに入りそびれたり、パーキングエリアに入ろうとして入れなかったり、道を間違えかけたり、色々とあったけれどもう少しで目的地に着きそうだ。
最初にがちがちに緊張していた時よりはずっと運転が滑らかになった。窓からは吹く風に磯のにおいが混じる。だんだんと視界が開けて来て、海岸線が木々や建物の隙間からちらちらと見える。緊張の連続だったなあ、と息を吐くと、彼もまた安堵のため息を吐いた。
目的地まであと15分ほど車を走らせれば着きそうだ。時間は午前11時前。カフェがオープンするのは11時半からだから、少し早くついてしまったようだ。ちょうど飲み物も無くなったし、近くの道の駅にでも寄ろうと車を駐車場に入れようとすると、向かい側の車が急に発進してきてブレーキを掛けざるを得なくなる。うわ、と彼が言いながらガンッと急ブレーキを踏む。体が前にのめり込むけれど、恭二がとっさに腕を前に出してくれたおかげでシートベルトに圧迫されることはなかった。潰されたカエルのような声は出かけたけれど。
「うわ、あっぶね……、名前さん大丈夫ですか?」
「ああ、うん。平気」
バックの駐車をちょっとまごついたけれど何とか終えて、彼が、怪我とかしてないっすよね、と心配そうに私に尋ねる。運転中もだけれど、何だかとてつもなく既視感があってもやもやする。信号待ちの時にハンドルで指をとんとんと叩く仕草だとか、バックで駐車するときに助手席に腕を置くのだとか、あとさっきのとっさに腕を前に出してくれる動作だとか。
「……みのりさんと練習した?」
シートベルトを外して、ペットボトルに入った最後、一口分の水を飲み干そうとしたところで彼が咽せた。
「え、あ、え? なんで分かったんすか?」
「バックするときに腕置くのとか、あとブレーキ踏んだときに腕添えてくれるのとか、完全にみのりさんだなって」
「……浮気?」
「浮気なのかなあ……」
「いやそこは否定してくださいよ」
日本国内で遠くでイベントがあるときは、大層な理由が無い限りは大体車移動をする。その時にみのりさんがよく運転を代わってくれるのだ。アイドルに運転させてしまうのは申し訳ないのだけど、俺運転好きだし、と言われると疲れも相まってお願いしてしまうことがある。あとは近場で場所が分からないときに運転して案内して貰ったり。
俺かっこ悪……、と彼がハンドルに寄りかかる。
「免許取るって決めたの、名前さんとドライブしたかったからだし、免許取ってからも不安でみのりさんに頼んで練習して貰ったんですよ。シェアカー借りて、めちゃくちゃ練習したんすけど、名前さん乗せるって思ったら緊張して……」
事故んなくて良かった……、と小声でぼそりと彼が言った。
「……今日の俺の運転、何点ですか?」
「63点くらい」
「ひっく」
彼が苦笑いする。私がそれに釣られて笑いながら、これから練習していけばいいんだよ、伸びしろはたくさんあるよ、と言うと恭二が、これから先もあるんだな、と噛みしめるように呟いた。
「さて、飲み物買ってこようか」
「俺も行きます!」
塩味のソフトクリームだって!、と指させば名前さんお腹いっぱいになりますよ、と彼が非難するように言った。甘い物は別腹!と彼の手を引く。たまにはこんな休日もいい。
20170910
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