真っ直ぐ芯が通っているところ/薬研藤四郎

 大将は口数が少ない方だ。どこか達観して物事を見る節がある。しかしそれでいて自己主張がないと言うわけではなく、自分自身の筋の通った考えや信念を持っている。皆の前ではしゃんと背筋を伸ばして堂々と、そしてどんなことが起きようとも冷静に判断を下す。俺たちの何分の一、何十の一ほどの月日しか生きていないと言うのに、その姿勢にはとんと感服させられることが多い。
 しかしそんな大将も、ずっと肩肘を張っているわけではない。昔馴染みだけに見せる表情もある。昔馴染みと言っても、俺たちが顕現した期間は変わったとしても一年や二年の差だが。彼女が審神者になったばかりの頃は、本丸の中に刀は片手で数えられるほどしか居なかった。支給された本丸の整備不足や資材の不足が重なり、顕現や鍛刀が満足に出来なかったからだ。その頃からの面子には彼女もいくらか地が出る。少しお喋りで、表情豊か、それに年相応の悩みだってある。他のやつらは大将のことを、なんだか近寄りがたいお人だと思っているかもしれないが、実際はそんなことは無いのだ。だけれどそんな大将の一面を皆に知られてしまうのは少し惜しく感じてしまって、示し合わせたわけでもないが、このことは古参の秘密だと、そういうことにしていた。

「悪いな、大将。ちょっと頼まれてくれないか」

 襖を慎重に開けて執務室へと入る。執務室は本丸の奥に位置している。襖を開ければ廊下を挟んで中庭が広がる。一日中日当たりの良い場所なので、よく大将は眠くなっちゃうんだよね、と未練がましくぼやく。執務の手伝いやその日のまとめ役、資材確認の他に大将が居眠りしないように見張るのは近侍の役目だが、その近侍は今はこの執務室に居ないようだった。
 粗方昼餉後で少し眠いのだろう。大将は少しふわふわとした声音でどうかした?、と尋ねた。

「秋田たちに隠れん坊に誘われているんだが、」
「あー、分かった。隠れる場所でしょう?」
「ご名答」

 それじゃあ失礼する、と大将の横に座り、とすんとその膝に頭を乗せる。やっぱりここなのかあ、と彼女が笑いながら、執務中はいつも膝に掛けているブランケットを軽く俺にかけた。こうするとぱっと見誰もいないと思ってしまうし、万が一見つかったとしても、蛍丸が眠っているようにも見えるので、兄弟たちと遊ぶときは時たまこうやって大将の懐に潜り込むのだ。そうしていくらか時間が経って外から降参、と声が聞こえれば外に出る。大将の膝に乗っかって、他愛も無い話をするこのときだけは、多くの刀剣を束ねる大将を独り占めしているようで、心が少しだけ浮き足立つ。未だ兄弟たちの誰にも知られていない、もしかしたら乱や厚あたりには知られているかもしれないが。

「大将、この頃の身体の調子はどうだ?」
「普通かな。大病も無く、身体が痛むところもなく、って感じ」
「本当か? 人っつうのはすぐ死ぬからな。大将の言葉だけじゃ信用ならん。この前も風邪引いて寝込んでただろ」
「大丈夫だって。年に一回検診してるし。あとこの前のは季節の変わり目だったからしょうがない」
「それなら安心か」
「まあ強いて言うなら、誰かさんが膝に乗っかってくると、足が痺れるってだけかな」
「それは勘弁してくれや、大将」

 かりかりとペンを走らせる音が聞こえる。半分開いた窓からは暖かな日差し。心地よい風が室内に吹いてくる。はたはたと忙しなく動く紙を大将が文鎮で押さえつける。

「今日の近侍は、歌仙の旦那だったか?」
「そう。今は資材と日用品の確認をしてもらってる。薬研は畑当番だったよね」
「ああ、良いトマトが収穫できたから、今日の夕餉は期待してくれてていいぜ」

 その他にも、最近あまり話せなかった分の、他愛も無い話を続けていく。一昨日の雨が降って虹が出たとき、秋田が虹の端を見たいと言って弁当と水筒を持って出掛けたこと、近々織田で飲み会があるが大将も参加するか?、ということ、暑くなると鯰尾の寝相が悪すぎて朝見ると布団を飛び出して廊下で寝ていたこと。大将は相づちを打って、その話を面白そうに聞いてくれた。大将もまた、最近のことをぽつぽつと語り始める。春先に種を蒔いた花がようやく咲いたこと、鶴丸に執務室の襖の滑りが悪いことを話したらその日の内に驚くぐらい滑りが良くなっていたこと、大倶利伽羅が猫と戯れている姿が可愛らしくてこっそり写真を撮ったこと。
 随分と話していた。そろそろ秋田も粗方探し尽くしている頃だし、大将の仕事の邪魔になるからお暇するか、と立ちあがった。すると大将が、おかしいな、と声をあげる。それにどうした、と応えた。

「第二部隊が帰ってこない。もう予定の時間から随分と経っているんだけど」

 そう大将が言うか言うまいかの間に、どたどたと複数が廊下を駆ける慌ただしい足音が聞こえた。ちょっと言ってくる、そう緊張した面持ちで大将が襖を開けたのと、長谷部が襖を開けたのはほぼ同じだった。

「どうかしたんですか?」
「執務の中、申し訳ございません。帰還した第二部隊ですが、帰還途中で検非違使と遭遇したらしく、」
「折れた刀は?」
「おりません」
「良かった。何振りがどのような状態なのか分かりますか?」
「重傷が一振り、中傷が二振り、軽傷が一振りです」
「重傷の者の刀種は?」
「打刀かと」
「分かりました。今すぐ空いている刀に怪我をした者を手入れ部屋へ運ぶ手伝いをするよう、玄関に来るようにお伝えください。重傷の者から手入れを行います。軽傷の者には、どこで検非違使と遭遇したかを聴取してください。夕餉後、各部隊長を収集し聴取した内容を元に会議を行います。それも合わせて伝えるように」
「仰せのままに」

 凜とした声音で指示を出す。彼女の雰囲気ががらりと変化した。普段、穏やかで柔らかな印象を持つ彼女がこうやって変貌する姿を見ると、えも言えぬ高揚が身を包む。

「薬研、手入れ部屋の準備を」
「ああ分かった」

 くるりと振り返った彼女が、手短に指示を出す。足早に外へと向かう大将の後ろ姿は、しゃんと背筋が伸ばされ、堂々としている。数多の神々をまとめ上げるに相応しい素質が、肝の据わった心がある。









20170828