思いっきり笑った顔/五虎退
思いっきり笑った顔/五虎退あるじさまは好きです。優しくて、抱きしめてもらうとお日様のように暖かい、いいにおいがするから。
あるじさまは優しいけど、だけど怒るときもあります。鯰尾兄さんが、その、馬糞で遊んでいるときとか、あと和泉守さんとか陸奥守さんが厨でおかずを盗み食いしたときとか、あと兄さんたちと夜中にこっそりお菓子を食べたときとか。あと戦に出た誰かが怪我をして帰ってくると、あるじさまは怒ったような悲しいような、色んな感情がごちゃまぜになったような表情もします。一緒に居る年月が長くなるほどに、あるじさまの表情が思ったよりもずっと豊かなことも分かってきました。
優しくて、暖かいお日様のにおいがする。色んな表情をするあるじさま。優しく撫でてくれる温かい手も、内緒だよとお菓子を分けてくれる姿も大好きだけれど、一番好きなのは、思いっきり笑っているときのあるじさまです。そのときのあるじさまを見ていると、とても嬉しくて、なんだか心がとてもぽかぽかするのです。
「どうかしたの?」
「ごめんなさい、あるじさま。虎くんが……」
あるじさまが屈んでそう尋ねました。
僕は泥だらけになった虎くんを抱きかかえながら、そう言います。後ろにも僕の後を付いてきた虎くんたち。廊下には虎くんたちの土の足跡がぺたぺたと付いています。ちょっと待っててね、って言ったのに。廊下を汚してしまったことと、虎くんたちの泥を払おうとして服を泥だらけにしてしまって、泣き出してしまいそうでした。
あるじさまは泥が所々ついた廊下を見ながら、上を仰ぎます。歌仙さんに怒られそう、とあるじさまぽつりと呟いて、思わず肩がびくりと跳ねました。この前も池の水で水浴びをしていた虎くんたちが本丸の中に、体がびしょ濡れのまま入って、その時も歌仙さんに少し怒られたからです。どうしましょう、と思わず目から溢れ出てくる涙をどうしようも出来ずにあるじさまに尋ねました。
「あ−、泣かないで五虎退。だいじょうぶ、歌仙さんに見つかる前に虎くんたち洗って、廊下を拭けばいいから」
「ほんとう、ですか?」
「大丈夫、大丈夫!」
五虎退の鼻の先にも泥ついてるよ、と笑いながらあるじさまが拭ってくれました。
あるじさまは残りの虎くんたちを呼び寄せて、泥がつくのも気にした様子もなく、虎くんたちを抱き上げます。普段から抱かれている虎くんたちはあるじさまから抱き上げられるのも慣れた様子で、借りてきた猫のようでした。
「でも、あるじさま、お仕事……」
「今、長谷部さんは備品の点検してるからだいじょうぶ。それ終わるまで戻れば全然問題ない」
あるじさまはどこか遠くを見つめながら言いました。
浴場行こうか、とあるじさまが先導します。その途中途中で会った鶴丸さんや和泉守さん、鳴狐さんに泥がついた所の掃除をお願いしました。
浴場につくと、あるじさまは虎くんたちをまず下ろして、シャツやズボンの裾を捲ります。さあ始めようか、とシャワーのノズルを引っ張って、虎くんたちをわしゃわしゃと洗い始めました。水を流すと土色の水が流れ出てきます。
「わあ、随分と汚れたね。今日畑当番だっけ?」
「ごめんなさい、汚してしまって……」
「仕方ないよ、昨日雨で畑ぬかるんでたと思うし、それにそろそろ虎くんたち洗おうと思ってたし、ちょうど良かったね」
シャンプーでわしゃわしゃと虎くんたちを洗います。それを手伝っていると、一匹の虎くんがぶるぶると自身の背中を震わせました。水や泡が飛び交って、あるじさまは驚いた様子で声をあげました。びしゃびしゃだよ、とあるじさまは虎くんを目の前に置いて、洗ってる最中なんだからもうちょっと静かにして、とぷくりと頬を膨らませました。だけれど虎くんは、知ってか知らずか、更に体を振るわせます。そのせいであるじさまの顔は泡にまみれてしまいました。参ったなあ、と大きく笑う声が浴室に響きます。
「だ、だいじょうぶですか?」
「突然だったから驚いちゃった。口に泡入った!」
「目の近くにも……」
そこで自分の手もまた泡にまみれていることに気が付きます。あるじさまは、ちょっと困ったように眉を下げて、にかりと歯を出して笑っています。
20180901