三成様が、正室を。城内は騒然となった。あの朴念仁がと男が騒ぎ、あの不器用がと女が囁く。そしてその当人である三成は、幾日経っても消えない自身を噂する声に苛立ちを隠せないでいた。
「城内が姦しい」
「焦れるな三成、これもまた一時の我慢よガマン」
「私とあの女が夫婦になっただけだ、何を立ち騒ぐことがある」
だけで済むことではないと言っても伝わらないだろう。肝心の姫は自室にこもったまま出てこないのだから、自然人の目は三成にばかり向くことになる。喧騒を嫌う男には少し難儀だ。
おなごを慈しむことがあるのだろうか。いやいやありはしない、現に姫は出てこないだろう。なんでもどこぞの若い娘だという。言ってしまえば身売りだよ。豊臣は力があるから。
年頃だというのにお可哀想に、嘆いておられるのだわ。お相手がねえ、あのお方ですもの。こういうことは世の常といってもねえ。町娘なら恋のひとつも知るころでしょうに。
好き勝手な噂話は内心愉快で堪らないがそれを口にすれば火がついてしまう。宥め賺すが得策と嘯いてみせた。
「やれ三成よ、そう腹を沸かすなら姫を呼んでみせ」
「私があれを?」
「左様」
要は片方がどのような人間かわからないが故の現状なのだから、それを打破してみればいい。それだけの話だ。噂が消えるにはまだ日が足りないが、その中身を少し姫に移せばこの男の留飲も下がる…だろうか?
―――
まあどうにも。何としたものでしょう。
大坂に嫁いできて幾日。彼と言葉を交わしたのは初日のあれだけ。生きている人間の方が少なかったあの場所から此処へきたから何もかもが落ち着かない。外に出ようにも人の目が気になるし、彼の様子を見に行こうにもなんだか怒っているようで近寄りがたい。ひとまず方々への挨拶は済ませたし、今は大きな戦もないから支度も不要だ。
そう、やることがない。やれることもない。初めから北端に武威を示す為だけの婚儀だから何もしなくたっていい。必要なのは私と彼、それと一つの事実だけ。豊臣のお役に立てと彼は言っていたけれど、その上はそう思っていないのは先の挨拶の時に肌で感じた。過剰な期待ないようだ。だからって、こうやって部屋にこもっているのはよくないとわかっている。わかっているけれど。
いっそこっそり城下にでも出てしまおうか。引きこもっていると思われているうちはばれなければ何をしてもいいのかもしれない。山育ちだから、この大きな城の壁を伝い降りることくらい造作もない。大坂の町は豊かで活気があると聞いている。あの寒い山から見えていた、この世の果てとは違うものが広がっているのだろう。枯れた木々も黙りこくった骸武者もここにはいないのだから。
少ない荷物の中から襷を取り出し袖を纏める。ついでに長い髪も結った。唇が勝手に弧を描いているのがわかる。表情に乏しいとよく言われるが私としてはそんなつもりはない。わりと何でも顔に出る方だと思っている。むき出しになった腕をぐっと伸ばして、居室の外をのぞき見た。うん、高い。高いけれどこの程度なら問題ない。着物の裾をぐっと持ち上げ、片足を木枠にかける。そうして力をいれて、踏み込んだ時。
「貴様、何をしている」
襖の開く音がしたと思えば、私の視界は天井を写していた。胸部に嫌な圧迫感。冷たい刃が喉元に突き付けられている。
間違えたな。怒りに燃える目を見てそう思った。
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情交と街