きっかけがなんだったのかはよく覚えていない。それは夜のことだったようにも、朝のことだったようにも思う。きっと特別な出会いなんかじゃなかった。覚えていないくらい普通のことだったんだ。一目惚れみたいな、美しく華やかな感情はなかった。同情だとかそういうものも全く。その辺に倒れていたこの人を助けてあげましたとか劇的な感じでもなかったし、反対に助けてもらいました命の恩人ですということもない。

何って、今目の前に座っている彼の話。
目隠しをしたまま私が作ったかに玉を食べている彼、五条悟さん。彼とはいつだったかどこかで出会い、それからずっと不思議な関係を続けている。私がご飯を作って、彼がそれを食べる。それだけ。別に毎日ってわけじゃない。私が休みの日の昼、平日の夜、そのあたりにふらふらっと彼はやってくる。その前に決まって「今日は何?」ってメッセージがくるからまあ、心の準備はできる。何より一人暮らしの寂しい食卓が少しだけ明るくなるのは気分がいい。
最初はそれこそもう、気張ってレシピ本を開いたりネットをあちこち探し回ったりした…ような気がする…けど、今はもう私の食べたいものを作ってるだけ。お裾分けのような感じ。食べ終わったら片付けを分担して、たまに彼が手土産に持ってきてくれたデザートなんかも食べたりして、そこまででおしまい。
本当に不思議な関係だ。付き合っていないって堂々と言えるし、友達かどうかも怪しい。現に私は彼を苗字にさん付けで呼んでいる。彼は名前と呼んでくるけど多分もともとそういう気さくなタイプの人なんだろう。どこに住んでいるのか、仕事はなんなのかも知らない。ただ少し前に街中で見かけたことがあったからきっとこの辺りに自宅と職場のどちらかがあるんだろうな。
今日のメインはかに玉。少し多めにカニカマを入れた贅沢仕様。卵はとろとろにしすぎないくらいが私は好き。甘酸っぱいあんをかけて、はい完璧。湯気を立てる、つやつや光るかに玉は一口、また一口と彼の口の中に運ばれていく。目元は目隠しで全然見えないけれど、口角が少しだけ上がってるからきっと機嫌がいい。
そう、それ。目隠しをしたまま食事をする姿。それにも慣れてきた。食事の時も片付けの時も手元が全く狂わないから、あの目隠しには黒目の部分にだけメッシュか何かが入っているのかもしれない。ただでさえ背が高くて髪色が明るいのにさらにあんな目立つ格好をするなんて、きっと込み入った事情があるんだろう。大きな傷があるとか、目の形がすごくなんだかアレとか。なんだかアレって何?
「名前?」
「っ、ああ、なんの話してましたっけ」
「いや、なにも」
いつの間にか皿は空っぽになっていた。こんなにきれいに食べてもらえると作り甲斐がある。慌てて手を動かす私を「見つめ」ながら彼は楽しそうに言う。
「今日も美味しかった」
「そう言ってもらえると嬉しいです」
「名前は料理上手いね」
「でしょー」
褒められて嬉しくなったから調子に乗ってみる。彼も戯けてパチパチと手を叩く。
そうして私が食べ終わったら、二人で手を合わせる。
「ご馳走様でした」
「お粗末様です」
いつものやりとり。いつもの流れ。私の日常の中に一つ増えた、不思議な当たり前。お皿を洗って水を切ったら、休憩をしてさようなら。自称多忙な五条さんはもうちょっといたいんだけど、なんて言いながら手をひらひらさせながら帰っていく。
次はいつ来るんだろう。その時は、なにを作ろう。彼が来る数少ない日のメニューが被ってしまわないように、手帳の隅に「かに玉」と書き込んでみた。

prev next

戻る

情交と街