レイが消えてしまってから、もう一週間になる。WCは近いというのに心の何処かに虚無感が残る。こんなことではいけない。自分は陽泉のスタメンで、エースなのだ。
シュートを打つ。いつも通り順調だ。なのに心は晴れなくて、情けない自分に腹が立つ。

「おい氷室、大丈夫か?」
「福井先輩、」
「最近お前変じゃね?」
「…自覚は、あります」
「しっかりしろよ」
「すみません」
「よく分からんが、早く切り替えるようにな」

肩を叩いて去る福井先輩に、申し訳無さが募る。
なぁレイ。すぐって何時だ?もどかしい思いをごまかすように、ボールを打った。


***


「氷室」

体育館の前で監督に呼び止められる。スタメンから外されるんだろうか。…今の自分なら仕方がない。

「監督、その」
「ちょっとつき合え」
「へ?」
「いいから、ほら」

自分の車を指す監督。オレは訳が分からないまま車に乗り込んだ。

「監督、いったい…」
「気晴らしになるかは分からんが…」

車がゆっくり動き出す。夕暮れの中で電灯が一つ二つと明かりを点しはじめた。

「私には、妹がいる」
「妹…おいくつですか?」
「今年で十八だ。だが中身はまだ十六…だな」
「それは…?」
「…事故に遭った」
「……」
「怪我も何もないが、ずっと昏睡状態だった。一週間前だな、目を覚ましたのは」

一週間、前。
その日は。

「写真を見せた。チームのな。そうしたらあいつはお前に会いたいと言ってきた」
「オレに、ですか」
「ああ。顔で人間を判断するような性格じゃあない。丁度お前がおかしくなったのも一週間前、まさかとは思うがな」

車が停まる。降りるように促された。
大きな病院だ。が、人は少ない。平日の夕方だからだろうか。

監督に着いていく。受付とは知り合いなのか、軽く会話を交わして監督はエレベーターに乗り込んだ。

7階。静かに上がるエレベーター。外の夕日が綺麗だった。

「氷室」
「はい」
「私が先に行くから、呼んだら来い」
「はい」

エレベーターを降りて、アイボリーの廊下を進む。まるでホテルみたいだ。最近の病院は無機質な感じがしない。

「入るぞ」

廊下を曲がったところで、監督は部屋に入って行った。712号室、標札は荒木玲子と一つだけだった。

「レイコ…」

呟く名前の響きは、愛しいあのおばけとよく似ていた。

「氷室、入れ」

監督が出て来る。扉に掛けた手が震えた。この中にはアラキレイコがいる。そして彼女は、一週間前に目を覚ましたばかり。

期待と不安を背負って、扉を開けた。

「こんばんは」

一人部屋にしては広い内装。開いたカーテンの側のベッドで上体を起こした少女が、顔は窓に向けたまま声だけをこちらにやった。

「Good evening」
「綺麗な発音…」
「それほどでもないさ」

このやり取りには覚えがある。オレの部屋でやったんだ。ベッドに近づく。長い黒髪が綺麗な人だった。

「レイ」
「それは、どちら様でしょう。私は玲子です」
「そうだね、ごめん。大切な人に似ていたから。良かったら顔を見せてくれないかな?」
「…仕方ありませんね」

少女はこちらを向く。切り揃えられた前髪、長く艶のある黒髪、綺麗な瞳。彼女の姿は以前より鮮明に見えた。

「会えましたね、辰也さん」
「そうだね、レイ」
「私、死んでなかったんです」
「…幽体離脱みたいなものかい?」
「はい。事故に遭って、身体に記憶を残したままに幽体離脱をして。教会でお会いした日、あれから引き寄せられるようにここに着いて、眠る私を見た瞬間、全部思い出しました」
「心配、したよ」
「突然でしたからね」
「全然、すぐじゃなかったじゃないか」
「ごめんなさい、体が寝てばかりで鈍っていたもので」
「謝らないで」

膝立ちになって、彼女の体を抱きしめる。二年眠りこけていた身体は細く、壊れそうだった。

「辰也さん」
「ん?」
「私、まだ未練があるんです」
「なに?」
「辰也さんは、」

レイがオレの身体を抱きしめた。

「幽霊じゃなくなった私のことも、愛してくださいますか?」

不安そうな声。教会にいたときと同じだ。

「オレは、レイが幽霊だから好きになったわけじゃない」
「………」
「今もオレの気持ちは変わらない。結局は、君っていう人間が好きなんだよ」

本心からのありのままの気持ち。レイは、レイコはオレにしがみつく腕の力を強くした。

「大好き」
「オレも」

それからオレたちは夕焼けの中、監督が呼びにくるまでずっと身を寄せ合っていた。

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情交と街