透き通った声で誰かが自分のことを呼んだ。
いやこの声には聞き覚えがあるぞ。嫌な気持ちが込み上げて来るのを無視して振り返ると、そこにはやはり馴染みのある青年がいた。
黒のタートルネック、黒いズボン、黒い靴というまるで葬式帰りかのような服装をしているなあといつも思う。
「こんにちは」
「やあ
「企むだなんて。僕はちょっと鷹尾さんに忠告をと思って」
忠告? 不思議に思いそのままそっくり鸚鵡返しをすると、祗雨は真剣な面持ちで人差し指をぴっと立てた。
「呼ぶ声です」
「呼ぶ声」
「鷹尾さんはさっき、僕の声だとわかったから振り返った。それは構いませんが、もし僕じゃなかったら? 西洋には親しい人の声を真似て誘き出す怪物がいることをご存知ですか?」
知らん! どうしていきなりそんな話を振ってきたのだろうか。これまた不思議に思っていると、祗雨は俺の肩の辺りにふっと息を吹きかけた。黒い靄のようなものがはらりと消えていくのが薄らと見えた。
「鷹尾さんはね、好かれやすいんですよ。物の怪に。だから気をつけてほしいんです」
「……相変わらず遠回しだなあ……」
「僕がいなさそうなところで、僕じゃない僕に呼ばれても振り返らないでくださいね」
念入りにそういうと、祗雨は手をスッと前に差し出してきた。
「お祓い料、たい焼きお願いします」
にっこりと無邪気に笑う。
「頼んでもないのにぃー」
気持ち軽くなった肩を意識しながら、俺は行きつけの鯛焼き屋へと連行されるのであった。
終