日番谷冬獅郎


 




「みょうじ、頼む」
「は、はい」


書類を受けとった新米隊士みょうじなまえはわずかに眉をぴくりと動かし、一間あいてから執務室を出た。
縁側を歩きながら改めて書類を見てみる。やはり見間違いなどではなく、きちんと八番隊と書いてあった。

(どうしよう…また迷っちゃうけど今人手は足りないし…)

十番隊舎から八番隊舎へは、数字としては近く思えるが実際は距離がある。しかも少々入り組んだ道があり、新米かつ方向音痴のなまえは以前迷った事があった。


「今日こそは、迷わない…!」


藍染の一件で、人手不足が起こった。隊長がいなくなった三番隊、五番隊、九番隊の仕事を補わなければならなくなったのだ。特に日番谷は療養中の幼なじみである五番隊副隊長雛森桃の事を心配し、五番隊の仕事を引き受けている。

隊長も頑張っているのだから、道に迷うなどという事で足を止めている場合じゃない。

なまえは自分に言い聞かせると、十番隊舎を出、八番隊舎へ向かった。



***



なまえが書類を届けに十番隊の執務室を後にしてから半刻がたとうとする頃、日番谷はやっとの思いで探し出した自隊の副隊長である松本乱菊と共に書類に明け暮れていた。


「隊長疲れましたあ」
「それくらいでへばってどうする」
「なまえもいないから暇ですし」
「…なまえ?」
「やだ隊長ったら!この間配属された子、みょうじなまえですよ!最近はもっぱら顔覚えや道覚えの為に、隊長に書類持たされ走り回されてるあの子」
「ああ、あいつならさっき……」


(…そういやあ戻ってきてねぇな)

松本の説明を聞いて思い浮かんだなまえの姿。先程書類を渡し頼んだのに、まだ帰ってきてない事に気づき、机の上の書類を見直す。


「…隊長?」
「…八番隊か」
「え、隊長どこ行くんですか!」
「八番隊だ!」


(忘れてたな…!)

筆を置いて慌てて飛び出す日番谷。走りながら頭の中に流れていたのは、以前八番隊に行く時に迷って泣きながら京楽に送ってもらった、なまえの姿だった。



***



「すいません本当に…またも迷惑を…」
「謝らなくていいよなまえちゃん、まだ慣れてないからしかたないさ?」


一方のなまえは、つい先程やっと保護されたところだ。平隊士なのに隊長にご迷惑をとなまえは申し訳ない気持ちでいっぱいだが、京楽はお菓子とお茶を出して慰めた。迷った先が八番隊でよかったと、なまえは心から思う。


「まあそんな肩に力をいれなさんな、ほら」
「ありがとうございます、京楽隊長…」


なんて優しいんだろうかと涙が出そうになりながら、差し出された最中を一口食べた時。


「失礼する!!」


ばんっといきなり戸が開けられたと思えば、そこには日番谷がいた。
驚いたなまえは口にいれた最中をつまらせ、胸を何回かたたいた後落ち着き、再び日番谷を見る。


「日番谷、隊長…!」
「はあ…心配してきてみれば、最中を喉につまらせてたとはな…」


頭をかきながら言う日番谷の眉間にはシワが刻々と刻まれていく。
京楽はそんな日番谷を「まぁまぁ」と宥めると、なまえの肩をぽんと軽く叩いた。


「今日はもうお帰りなさいな。また今度遊びにおいでね」
「はい、ありがとうございました京楽隊長!」
「すまなかったな、京楽」
「いんやあ。」


深々と頭をさげたなまえは、日番谷と共に八番隊舎を後にした。











「…本当にすみません…また迷ってしまいました…」
「気にするな。まだ来たばかりだろ」
「でも…」


平隊士ごときが、二人の隊長に迷惑なんかかけて…

なまえはその言葉を飲み込むと、目の前の小さな背中を見つめる。


「…それに、」


ふと足を止めた日番谷は、振り返らずにこう続けた。


「ちゃんと案内とかしてやれてなかった俺の責任もある…今度案内してやるからな」
「あ、…ありがとうございます!!」
「その方向音痴直してやるよ」
「えっと、それはありがたいです…!」


わずかな肩の揺れをなまえは見逃したが、日番谷は小さく笑っていた。



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mokuji / clegateau