ラスト・ソロ:君のタクトで踊りたい


 



「なまえ!」

昼休みでにぎわうオフィス街の駅前。スーツを着た——普段と同じ装いの皆本が、一人の女性に声をかける。

「皆本さん!お疲れ様です〜」

ぱっと顔を上げて少しわざとらしく返事をしたのは、なまえと呼ばれた女性。
しっかりスーツを着た皆本に比べ、なまえはジャケットの下にパステルカラーのシャツを着て、オフィスカジュアルの装いだ。
2人とも、カバンは持ち合わせていない。首から社員証を下げ、財布とスマートフォンを持っている。

「相変わらず準備は完璧だね!ここに君の催眠能力ものれば、難なくこなせそうだ」
「油断大敵だよ!認識に干渉できても、堂々とふるまわなければ疑われるからね!」
「それもそうだ!…っと、今がゴールデンタイムだし、それじゃ、早速行こうか!」
「はい!」

駅前はちょうど昼休みのランチに繰り出すサラリーマンが行き交っていた。
オフィス街ということもあり、様々な企業の社員証が揺れ動く。
その人込みの中に皆本となまえは自然に溶け込み、とあるオフィスに向かった。


……



「(ここだね)」
「(ああ。…できるだけ証拠を押さえて、自然に切り上げよう。お互い無理はしないように)」

なまえのテレパシーで会話する。
2人はバベルではなく、一般企業が点在する大きなビルへ入っていった。
首から下げていた社員証でゲートをくぐり、オフィスエリアに足を進める。

「(まさか…頼みの綱の賢木さんが、大けがするなんてね)」
「(全くだ…うちの人選的に他に候補が出せず、フリーランスの君に協力してもらわねばならないなんて、少し情けないよ)」

エレベーターで移動しながらもテレパシーで会話する。
もともとは賢木が対応する潜入調査だった。
超能力に目覚めかけた社員による不正疑惑とパワハラの証拠を穏便に抑えるため、産業医として潜りこむはずだったが、
別任務で負ったけがにより対応できず、急遽皆本となまえが対応することに。

「(なまえがバベルに来てくれたら、僕も心強いんだけどね)」

皆本がなまえをみて口角を上げる。
皆本はバベルの職員だが、なまえはフリーランスの超能力者だ。
合法な限り、バベルであってもパンドラであっても依頼を請け負う。ただし、黒い幽霊と普通の人々を除いて。

超度5の催眠能力者ということで、その貴重な能力から局長直々にスカウトもされてきたが、なまえには思うところがあり、踏み切れずにいた。

「(ありがたいお話だけど、もう少し自由の身でいたいかな〜!
…あ、次の階だね)」

笑って流したところで、目的の企業があるフロアにたどり着いた。
限りなく、催眠能力で存在感を薄くし、周囲に溶け込むよう認識を操作している。
皆本となまえは目を合わせると、エレベーターを降りて目的地へ向かった。



……


調査は順調に進んでいた。
残念ながらパワハラの証拠は抑えられていないが、監視カメラやアクセスログが改竄された形跡があった。
機密情報の漏洩や不正アクセスの痕跡も確認できている。十分調査できたくらいだ。
パワハラの証拠もなんとか抑えたい。被害者のケアも今回の依頼に含まれているため、もう少し粘りたいところ。

皆本とみょうじは一度、休憩エリアで休息を取ることにした。

「はー、久しぶりにタイトスカートとハイヒール履いたから疲れてきた…!」
「それだけじゃないだろう?これだけ大勢の人に囲まれながら、催眠能力を使い続け、さらに精密機器の操作もしているんだ。…脳疲労も心配なんだ、十分証拠は集まったのだから無理せず撤退しよう」
「そうだねえ…一旦犯人を抑えられたら、吐かせればいいものね」
「あぁ。加害者が逮捕されたとなれば、被害を受けた人たちも声を上げやすいと思う。まずは証拠を揃えて確保できるよう進めるよ」
「…分かった。そしたら、退館記録も残さないといけないから、ビルの入り口に戻ろっか。
これから営業に出る人か、早上がりする人にしか見えないでしょ!」

全ての証拠を抑えられていない事に不満は残るが、余罪の追求はいくらでもできる。
まずは…今日の調査をまとめて、正式に特務エスパーたちが対応にあたるのが先決だ。

休憩エリアの椅子から立ち上がる皆本となまえ。
角を曲がった時、

「山田さん」

後ろから威圧的な声をかけられた。

なまえと皆本は一瞬強張る。
先に歩いていた皆本が振り返り、声をかけてきた人物を見ると眉が少し動いた。なまえはその反応を見逃さなかった。

なまえの本来の苗字はみょうじだが、首から下げている社員証には山田なまえと偽名が書かれている。

その名を呼ぶということは、催眠能力で極限まで薄くした存在感を感知した人物────超能力に耐性があるか、あるいは超能力者────ということだ。

なまえは静かに振り返った。平常心で。

「お疲れ様です。何かご用でしょうか?」

皆本も自然に会釈した。
握られた拳に力が入る。

なまえを山田と呼んだ人物は、まさに2人が追っていた男の社員だった。

「ちょっとこっちにきてくれますか?山田さんに、例の案件で大事な話があるので」
「承知しました」

(皆本さん、先に帰って)
(いや、2人きりは危険だ!!)
(ここで皆本さんがついてくる方が怪しいよ。
だからお願い…いざとなったらチルドレンを派遣して、助けてほしい)
(…分かった。くれぐれも無茶はするなよ…!)

テレパシーで会話をする。
なまえは例の社員の後ろをついていき、歩いてきた道を戻って行った。

角を曲がった先には自販機スペースがあるはず。そこで話があるのだろうか…

今までも修羅場はあったが、なまえはなぜかやけに緊張していた。鼓動がうるさい。無意識に唇を噛む。

角を曲がった次の瞬間。前を歩いていた男がなまえの腕を掴み、
自販機スペースに無理やり連れ込んだ。

「────ッ」

そのまま壁に押し付けられる。腕と背中が痛い。

「…君、俺のことを探っているだろう?」

覗き込むように目を見開いた男の顔が迫る。
恐ろしさと、何かの違和感でなまえは動揺を隠せない。

(、この感じは…?)

「どうした?何も言わないなら、身体に直接聞いてもいいが…」

なまえの腕にさらに痛みが走る。
なまえは一か八か、その違和感を口にした。

「あなた…催眠能力を使ってる?それも私より超度が高いなんて、妙だわ」

冷や汗が首から鎖骨にかけて流れる。
数秒見つめあってから、男は鼻を鳴らした後にクククと笑い始めた。

その男のビジュアルがぐにゃりと歪んで変化する。フィルターが外れるように催眠が解けると、そこにいたのは兵部京介だった。

「京介さん!!」
「なんだ、すぐ見破られちゃったか。もうちょっとごっこ遊びがしたかったな」
「もう、バレたかと思ってヒヤヒヤしました!」

少し緊張が緩む。ニコニコ笑う兵部だが、なまえの腕を掴んだまま離さない。
なまえは恐る恐る尋ねた。

「あの、京介さん…?」
「ん?あぁ…」

兵部がスッと目を細めて、さらに体を近づけてくる。
タイトスカートを履いたなまえの脚の間に片足を捩じ込み、もう片方の手が顎に伸びてきた。

「妬けるじゃないか。
なまえと皆本さ、ずいぶん距離が近かったし?
…特に皆本。なまえへの好意がバレバレだ。君も満更でもないのかい?」

ねっとりと顎に添えられた手に力が入る。顔を背けられないようにするためか。

「なあ、バベルの…皆本のものになるなら、僕のものにおなり」
「そんなんじゃ…っ
でも…京介さんだって、私の能力を買ってるだけでしょう?催眠能力者は貴重だし、黒い幽霊に対抗できるかもしれないものね」

少し寂しそうに言ったなまえの感情を兵部は見逃さなかった。
フリーランスという働き方をしている以上、能力を買ってもらえるのはむしろ本望だ。
だが、そもそもなまえがフリーランスで活動するのは、一組織の思想に固執して本心から超能力者を想う行動が制限されることが嫌だったのだ。
その信念を曲げることはできない。それを受け入れてくれる場所に、身を置きたい。


「能力だけじゃない。
…ずっと直向きに、己の信念を持って仕事をこなすなまえに惹かれてたんだ。皆本にも、バベルにも渡したくない」

兵部が囁く。いつもの飄々した言い方ではなく、真剣さが伝わってきた。
なまえはバベルだけではなくパンドラからも仕事を請け負ったことがある。
確かにパンドラからも熱烈なオファーを受けていたが、他にもフリーランスとして受けていた仕事もあったため、断り続けていた。
ちくりと胸が痛むことで、毎回それが本心ではないことは、自覚していたつもりだった。

「…京介、さん」
「なまえ…」

うっとり目を細めるなまえ。
兵部はなまえに唇を近づけた────

が、それはなまえの空いているもう片方の手で阻止された。

「…待って!応えたいのは山々なの。でもお願い、バベルから受けた仕事はちゃんと最後までやり切りたい!それが私の信条だから!」
「…ははっ。根負けだ。
…でも、なまえのそういうところに惹かれたんだ。そうではなくてはむしろ困るね」
「ありがとう、京介さん…!」

抑えていた腕も、両脚の間に挟んでいた脚もそっと解放する。
兵部はやれやれといった形で少し身なりを整えると、瞬間移動でUSBメモリを手元に呼び寄せる。

「え?これは…」
「君たちが休憩している間に、僕が集めた証拠さ。
…これ、辿り着けていないだろう?」

テレパシーで大まかな内容が送られてくる。
パワハラの証拠もあったが、不正・情報漏洩についてはマークしていた男だけではなく、役員も関係しているという新事実がそこにはあった。

「嘘、この人も…?!」
「こっちの方が奴より超度が高いし、閲覧も操作権限も広い。共犯がいてこそ成しえるってわけさ」
「なるほどね…」


盲点だった、本当にありがとう
そう言って受け取ろうとしたが、なまえの手が空中を撫でる。


「…ん?!」
「…手伝うとは言ったけど、タダとは言ってないぜ?」

またしても兵部がククク、と笑う。

「…それに?なまえは気づいてなかったかもしれないけど?
存在感を薄くしても、君の美貌に本能的に気づいた男は何人かいたのさ」

全く、誰のものか分からないとはいえジロジロなまえをみやがって…

USBを持った手で握り拳を作る兵部。
なまえはデータが破損しないか気がかりで、なんとか抑え込もうとあたふたしている。




次の瞬間、2人は瞬間移動でビルの外にいた。
なまえは反射的に空中で正座をするように脚を畳んで、タイトスカートの中を死守する。

「自衛できて偉い。自分に魅力があることを自覚するんだよ。
…そう、普通人に加担してなまえを狙う男がうじゃうじゃいる会社なんて…」
「え?!ちょ、待っ────」

兵部がビルに手をかざす。超能力を発動したのは分かった。
なまえの制止は間に合わず、兵部による制裁────会社が、爆発した。


「なッ…?!」


爆発した瞬間、皆本はちょうどビルのエントランスから外に出たところだった。
爆発音に驚いたのももちろんだが、皆本の目前に大量のサラリーマンたちが瞬間移動されてきたのだ。

「え、ええぇ?!?!」

もちろんなまえもそれに気づいた。
おそらく無関係な従業員を非難させたのだろう。
しかし…関係者────犯人たちと、なまえに惹かれていた男性たちが無事かどうかは、分からない。

「フン、この程度で済んだことをありがたく思って欲しいくらいだな」
「ちょっと…流石にやりすぎじゃないの…?」
「いいんだ。」

意地を張る子供のように強めに言われる。
兵部は言い出したらキリがない。無関係な人が無事なら、となまえは諦めることにした。

「それよりも、対価を貰おうか」
「対価の話、してないと思うんだけど?」
「いいや、した。なまえ、君が欲しいってね。その答えも…聞かせてくれるんだろう?」

先ほどとは打って変わって、優しい声色だ。なまえの頬をそっと撫でて愛おしそうに見つめている。
流石のなまえも、顔を赤らめた。


「…私、」
「うん?」
「別に、…本当は嫌じゃない、です」
「へえ?」


言葉に詰まりながらも答えるなまえは、自分の頬に添えられた兵部の手に自分の手を重ねる。
兵部がしめたと意地悪そうに笑った。


「〜〜!!もう!とりあえず、じっくり話を聞かせてもらいますから!よほどいい条件なんだよね!
ほら、早くカタストロフィ号に行こうよ!!」
「…ふふっ今日は盛大に祝わないとな」


根負けしたなまえが、そのまま兵部の手を握って上下に振りまわした。
ぽんぽんと頭を撫でてると、なまえがすんっと鼻を鳴らす。まだ少し照れくさいようだ。


「…私、20歳超えてるんで、あんまり子供扱いしないでよね。ちゃんと仕事もするから」
「抜かりないなぁ。そういうところが好きなんだ」


なまえの手に唇を落とす兵部。
そして2人はその場から瞬間移動で消え、
ビル前でバベルに連絡を入れる皆本の目の前には、「彼女はもらった」と付箋がついたUSBメモリが瞬間移動で現れた。


「あ、あの野郎ーー!!!」


皆本の虚しい叫びが、ビルの谷底に響き渡った。




……



「あれ?ちゃんと答え聞いてない気がするなぁ?」

ソファに座るなまえが兵部の言葉に紅茶を喉に詰まらせ、咳き込んでいた。

「…え?なんのこと?」
「本当は嫌じゃない、しか聞いてないな。それってパンドラにくること、だろ?」

僕のことは?

向かい側に座っていた兵部がなまえの隣に座る。逃さないと言わんばかりだ。

「…」

カタストロフィ号にきて少し落ち着きを取り戻したなまえは、爆発時の同様に比べ冷静に振る舞ってみせる。
しかし、その頬はほんのり色づいていた。

「…京介さんのこと、好きですよ」
「敬語、嫌だな」
「きょ…京介のこと、好きだよ」
「それが聞きたかった」

優しく頭を撫でられる。
なまえがふふっと笑い、兵部が少し驚いて頭を撫でる手をとめた。

「なんか、慣れない感じ。
…フリーランスは今日で卒業かな。改めてよろしくね、京介」
「ようこそ、パンドラへ」


立ち上がったなまえは手元に残っていた名刺を海へ投げ捨てる。
なまえの新しい門出を祝うように、カタストロフィ号が汽笛を夕陽煌めく海に響かせた。


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2026.4.26

mokuji / clegateau