序章


序章

「えーと、声替え薬の材料は……ドクダミの根、妖精の粉、雪解け水。簡易魔力回復薬は、凍結乾燥させたユグドラシルの葉、星の砂、聖水……鏡面通信化薬は……ムーンウォーター、人魚の涙……あと、えーっと……あっ! 深海の海藻!」
 教室の天井を見上げながらブツブツと呟いていた私は、喜々として手元の教科書に目を落とした。黄色の蛍光マーカーで引かれた文章に目を走らせると、先ほど口にした三種類の薬に必要な材料は見事に正解していた。教科書に書かれた「ココ、小テスト範囲!」の蛍光イエローの文字が、どこかピカピカと誇らしげに輝いているように見えた。
「おー、頑張ってんね、監督生」
「うん! 来週の錬金術の小テストは絶対良い点で合格したいんだ!」
「ふーん、まあ頑張〜」
「いや、エースも同じ小テスト受けるんだからね?」
 右隣の席でダルそうに突っ伏していたエースは「うへぇ」と顔を歪めた。
「それは言うなよ〜。折角現実逃避してんのにさ」
「勉強するのもしないのもエースの勝手だけどさ。あとで泣きついても知らないからね」
「へいへい。ま、なんとか赤点は回避してみせっから」
 エースはひらひらと手を振りながら私から視線を外し、ポケットからスマホを取り出して弄り始めた。
「ふなぁ……」
 左隣からは、グリムの穏やかな寝息が聞こえる。窓から日差しが差し込むその席は彼にとって絶好の昼寝スポットのようだ。机の上にまあるくなってスヤスヤしている寝顔は、まるでこの世の平和とか幸せとかを体現しているように安らかだった。
「……ラシル……な……み……」
ブツブツという切羽詰まった声が聞こえ、正面に視線をやる。一段下の、私の目の前の席に座っているデュースは、紺色がかった黒髪をぐしゃぐしゃと乱雑にかき回しながら教科書を開いて、何かをしきりにブツブツ唱えていた。耳を澄ませると、「魔力回復薬……ユグドラシル……砂……水……ああ、覚えらんねぇ!」と聞こえてきた。
 真剣な背中を後ろからちょんちょん、と突く。するとデュースがゲッソリした顔で振り返った。
「……監督生……僕はもう、ダメだ……」
「諦めるのは早いよ、デュース」
 今にも泣きそうな声を出したデュースの肩にぽんと手を置き、彼を励ます。彼は暗い表情のまま私の手元の教科書にチラリと視線を落とし、私を見上げた。
「……監督生はどうやってそれぞれの薬の材料を覚えてるんだ? エースに聞いたら、アイツは語呂合わせでやってるって言ってたんだが、肝心の語呂を教えてくれなくて……」
「語呂合わせもいいかもね! でも私はオリジナルの語呂を作るのが苦手だから、それぞれの材料を、目的とする薬に関連付けて覚えてるよ」
「関連付けるっていうのは……?」
 首を傾げたデュース。私は教科書の文字を指先でなぞりながら説明した。
「例えば簡易魔力回復薬は、魔力を補うためのものでしょ? だから全て魔力が宿っている材料で出来ているの」
「ああ、確かにユグドラシルも星の砂も聖水も魔力が込めてある物だな!」
「そうそう! 鏡面通信化薬は、元々海に住む人魚が、人間で言う所の携帯電話みたいな通信手段として用いていたものなの。だから材料が海由来の物とか、海中でも入手できるもので出来てるんだよね」
「な、なるほど! そうやって覚えれば良いのか!」
「私はそうしてるよ。その方が覚えやすいから」
「ありがとう監督生! これで僕も次の小テストはなんとかなりそうだ!」
 ホクホク顔でお礼を言うデュース。NRC生らしからぬ素直な様子にほっこりした。
「でも監督生、今回はどうしたんだ? いつもここまでテストに対して真剣だったか? ……あ、いや、いつもは頑張ってなかったとかサボってたって訳じゃなくて」
 軽く首を傾げたデュースがそう尋ねてきた。
 どうやって答えようか。少し逡巡して、曖昧な笑みを浮かべた。
「……うーん。ちょっと事情があってね。次の小テストで良い点取って、成績上げときたいんだ」
 歯切れの悪い返答だったが、デュースは特に気に留めていないようで、感心したようにウンウンと頷いた。
「そうか。勉強に励むのは良いことだよな。僕も優等生を目指してるからには、監督生に負けないくらい頑張らないと」
 エースと違い、真剣に頑張ろうといつも彼なりに努力しているデュースはそう言い、再び教科書に向き直った。それとほとんど同じタイミングで、分厚い教科書を持ったトレイン先生がルチウスと一緒に教室に入ってきた。先生が入ってくるなりデュースは慌てて背筋を伸ばし、エースは面倒くさそうに起き上がった。隣のグリムは起きる気配がなかったので、頭をぺしぺしと軽く叩き無理矢理起こしてあげた。


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