Act-01 出会い
書斎でカルテを確認していると小さな足音がした。
今年、幼稚園に上がったばかりの可愛い娘の巳恩。
普通ならまだ幼稚園だが、アルファベットを間違える同じ年頃の子との交じっての勉強は退屈だとかで組織の家庭教師を付けて勉強をさせている。
トントン、とノックの音がしてどうぞ、と答えれば自分とよく似た黒髪をなびかせて入ってくると、私の前で膝丈程のスカートを撮んで腰を屈めてお辞儀をする。
その後から家庭教師が入ってきて丁寧に頭を下げる。
「今日のレッスンは終わったのかい? ダンスとハープのレッスンがあったんじゃなかったか?」
「ん、もぉ! お父様ってば! ダンスとハープの教授が来るのは毎週金曜日よ? 今日はまだ水曜日。 それよりも見て見て! 昨日の宿題と今日のテスト! 一つ98点だったけど、後は100点だったから見せにきたの! 教授も褒めて下さったのよ」
「ほぉ? どこまで進んだのかな?」
ウサギの柄のバインダーを見せる巳恩。
昨日出された算数の計算と歴史、理科の植物の育て方と漢字の読み書きに英語のスペル。
間違ったのは英語のスペルが一つ。
(なる程。これが98点か……)
だが、年齢を考えれば見事なものだ。
「本当に巳恩様の記憶力には驚くばかりです。 来週からは低学年の復習をしながら中学年の勉強にはいります。進み具合によりますが、1年もしたら高学年レベルにいけるとおもいます。」
「そうか?」
「はい。 このテストの結果でもお分かりのように小学校の低学年で覚える事は殆ど完璧です。 ここが海外でしたら飛び級で小学校に入学してても可笑しくありません。 流石はDr有間のお嬢様でございます」
「そうか…… 学習は私の予想よりも早くすすんでいるな」
家庭教師のスケジュールを確認してその結果に頬が緩む
褒めてほしいいわんばかりの顔で見上げてくる娘を抱き上げて膝に乗せると頭を撫でる。
褒める時には目一杯可愛がるため、ぴっとりと甘えてくる。
最も怒るような事をした事は一度もない賢い子だが
(可愛い可愛い私の巳恩……)
「お勉強を頑張っているご褒美をあげなくてはな。 何が欲しい? 新しいドレスか馬か? それともお前専用の車を買って運転手を雇うか?」
「えっとね、ピアノが欲しいわ! 音楽室におけるグランドピアノ」
「ピアノも習いたいのかい? 金曜日はダンスにハープ、1週置きに乗馬のお稽古もあるだろう?」
「……駄目?」
膝に乗ったまま上目使いに見上げてくる。
(あぁ… そんな目で見ないでおくれ)
父親は解けそうな顔を見せる
「ドイツにベーゼンドルファーというピアノの最高峰のメーカーがある。 そこに聞いてオーダーメイドができるかどうか聞いてみよう。 スタインウェイ社のも音がいいと評判だな。 本体は木で彫刻のしてあるようなロココ風のデザインがいいかな? それとも定番の艶のある黒か真っ白いのがいいかな?」
「どれも素敵! ありがとう、お父様!」
ぎゅっと抱き付いてくる。
「Drは本当にお嬢様にだけは甘くていらっしゃいます」
「あぁ。勿論。 この子は私の宝物だ。 アレは宝に成る前に我々を裏切ったがこの子は大切に上手に育てなくてはね」
「アレって?」
「巳恩が気にする事のない人の事だよ。 今日は低学年のお勉強が終わったご褒美にホテルにディナーに行こう。」
「本当!? お父様のお仕事は?」
「お父様の仕事も終わりだ。 明後日大きな手術があるから明日の昼にはでてしまうがお前と食事をする時間は十分ある。 ―……メイドに、巳恩をバラ香油入りのお風呂に入れて、ドレスに着替えをさせるように。 先日買った新しいフォーマルドレスとドレスと揃いの靴にバッグもある。 ああ、髪の毛も綺麗に結いあげて小さな貴婦人にしておくれ。 ホテルのリザーブは私がする」
「畏まりました。 車のご用意もさせましょう」
「さぁ、ドレスに着替えてお姫様になっておいで巳恩」
「はい、お父様」
すとん、と椅子から下ろせばスカートのすそを持つように挨拶をしてパタパタと駆けて行く。
「お嬢様! お待ち下さい!」
教師が慌ててあとを追おうとして軽く頭を下げると部屋を出ていく
ホテルでのディナー。
最高級の素材で最高級の食器で。
テーブルマナーは家でも教え込んでいるが、一流の場所で培うのが一番の勉強だ。
人前での上品な立ち振る舞いは子供の時から教え込まなくては。
「お父様。 ー……お父様!」
食事をしながら娘が満面の笑みで話かけてくる
「なんだい? 巳恩」
「巳恩も、お父様の様な医師になれる?」
「巳恩は医師に成りたいのかい?」
「うん! 組織の研究者になって、お父様の片腕に為るの!」
「其は頼もしい。 ー……お前は頭も良からな! 本気で医師に成りたいのなら 本部に申請して、医学部の教授を独り付けて上げよう。」
「本当!?」
「あぁ、本当だ」
「お父様、大好き!」
「お父様も、巳恩が大好きだよ。」
―……… そんな会話をした数日後、お父様は本当に医学の家庭教師を雇ってくれた。
まだ難しい理論を模型や図解で分かりやすく。
普通の勉強では物足りない私の為に。
覚える事が楽しくて、私は、次々と課題をクリアしていった。
お父様の手術を待つ患者は沢山居る。
世界を飛び回って留守がちだったけど、スカイプで連絡を取ってるし、住込の家庭教師とメイドが1人、通いの家庭教師が2人と週2日来る通いのメイドが1人居たので寂しく無かった。
そして、5歳になった時、お父様は銃や護身術を覚えるようにと、組織の本部に連れて行かれて射撃に優れた幹部と引き合わせた。
其は、お父様が留守がちなのを良いことに勉強ばかりで邸に閉じ籠りがちで、ダンスや乗馬のレッスンだけでは体力が付かずに時々寝込んでしまう私の基礎体力を付けるためだった。
「こんな餓鬼に教えるのか? ちっこい上に細すぎる。こんなんで銃を持てるのか?」
銀色の長い髪の男性が見下ろして云う
「餓鬼とは何よ! 私には巳恩って名前があるのよ!」
「シオン?」
「そうよ。 私は、大きくなったらお父様の片腕の医師に為るの。 でも、其はとても危険度が高いから、護身術として、今から銃に慣れておけって」
「ふ……ん。 一人前な事を」
「悪い?」
「いぃや。その自信は組織の幹部候補生に必要な物だ。」
「幹部? 私が?」
「父親から聞いてねぇのか? 」
「うん」
銀髪の男性はお父様を見る。
「娘に云うにはまだ時期尚早だと思ってね。 息抜きを兼ねてダンスや乗馬を習わせているが勉強の方が好きみたいで幹部に必要な体力がない。 本気で勉強に集中してるから、今日は家庭教師のランクを上げる申請をしに来たところだ。」
「ふーん? まだ小学生だろ?」
「まだって何よ! 確かにまだ高学年のレベルだけど、聞き捨てならないわ!」
「高学年?」
「あぁ。 時期に中学レベルに入れるが。 だが、年齢的には早い方だろう?」
「そうだな。 Drの娘は天才だときいていたが、そこまで進んでいるのか」
「今の処、教育は上々喜という所だな。数年後が楽しみだ」
「なる程、Drの跡取り、という事か」
「私が今日、本部まで来たのは助手たちの研究もレポートを確認する為だ。報告は出させているが、動画だけでは物足りないのでね。 確かに、お前は幹部候補生の中に名前が載ってる。 このまま頑張ったら、後数年でコードネームを貰えるだろう。」
「本当!? じゃあ、お父様たちのように黒いスーツを着れるようになるの!?」
「あぁ、本当だ」
「素敵! 有り難う、お父様!」
「おいおい。 まだ決まった訳じゃ無いぞ。だが、若くしてコードネームを貰うと、妬みに嫌がらせを受けるかも知れない。 だから、其に負けない体力と精神力を補うんだ。 ジンが、手伝ってくれる」
「ジン? この人は新しい先生なの?」
「そうだ。ジンも、幼くてコードネームを貰った。 組織の中で一流の狙撃手だ。」
「解った! でも、お父様が持っている銃は重すぎてまだ持てないわ」
「大丈夫。ジンがお前に相応しい選んで教えてくれる」
「…… うん。 頑張る! お父様以上の医師になって見せるわ」
「ははっ! 楽しみにしているよ」
「えっと…… ジン教授、って御呼びすればいいのかしら?」
「くっ…… 」
ジン、と呼ばれた男性がくしゃりと私の頭を撫でる。
「俺は教授なんて柄じゃねぇ。 ジンと呼べ。俺もお前の事を巳恩と呼びすてる。」
「年上の幹部を呼び捨ててもいいの?」
「構わねぇよ。本人の俺が許す。」
「解かりました。」
「じゃあ、ジン。本部に居るときは銃と護身術を頼んだよ。」
「承知した。週に一度でいいんだな。」
「あぁ。月に一度の練習では少ないし目を放すと部屋で勉強ばかりするんでね。 知識を増やすのが悪いとは思わないが運動不足で体力がない。初日の今日は30分… いや、20分、銃を構えていられたら持てれば合格ラインだがまぁ、10分という所だ」
「10分だぁ? 俺がコイツの年にはベレッタなら1時間近く持ってられたぞ?」
「基本文系の子供だからね。初日は勘弁してやってくれ」
「まぁ…… あの方の命でもある事だ。文武にひいでた幹部の育成と思って協力してやる」
「助かるよ。私は手術で留守をする事が多い。普段は住込みの家庭教師とメイドに任せているが来週からは週に一度つれて来させる。 組織外の世界を知る勉強にもなるだろう。訓練の予定は彼等と相談して決めてくれ。 君が居ない時は代理でも構わない」
「承知した。……今日から、でいいんだな?」
「勿論だよ。 夕方6時に迎えをやる。 いつものホテルで夕食を一緒にどうだ?」
「いいだろう。 幸い、今日は躰が空いている」
「じゃあ、巳恩。頑張りなさい」
「はい。お父様」
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