なんてすてきな同族嫌悪(2/4)




 刺すような気配が満ちている。空は曇りなき青色、しかし道に満ちた空気はやはり濁ったように重い。鼻先をかすめて後ろに流れていく風を見送り、わたしは前に座る後輩の金髪に埋もれたつむじを見やった。ふわふわとなびく彼の毛先は短い。真っ白いうなじが見えた。

「ジャスティン」
「……」

 重低音が鎖骨に響く。前を見つめバイクを操縦している後輩はわたしの声に気づいていないようだった。それも仕方ないだろう。この大音量のなかでは、声を張り上げても届くかどうか。人気のない道路でよかったと、心底思う。
 後輩がごてごてと飾りつけたこのバイクのセンスはいまいち理解できない。エンジンをかけた途端流れ出した爆音のメタルも、である。そのあたりは個人個人で違うものであろうからとやかく口出しをする気はないけれど、否が応でも注目を集めそうだ。そもそも二人乗りを想定したタイプの型でもないのではないだろうか。ノーヘルだし。
 そういえば一度だけ、学生時代に免許も持っていないのに他人のバイクを乗り回して見事大破させたことを思い出した。あのころははっちゃけていた、というか、半ば自棄になっていたから……。マリーに知られぬように後始末をするのが大変だった。持ち主が涙目でスクラップと化した己の愛車を抱きしめていたのをよく覚えている。考えてみれば、あれを弁償した記憶がない。

(……どうしたんだったか)

 幼きかの日を思い出し、なつかしさというよりはうしろめたさに目を細めていると、ジャスティンがちらりとわたしのほうをふりかえった。運転中だというのに器用だなあとか思っていると、間延びした大声で呼びかけられる。

「そろそろつきますよオ」
「はいはい了解」

 彼の肩越しに見えてくるのは重厚そうな建造物たち。わたしたちがたどりついたのは、数々の神話で名高い存在、石や岩により形成されしゴーレムを今もなお精製している村、チェコはレーフビレッジだった。



 死神様がわたしたちに告げたのは、思っていたよりも急を要する仕事であった。
 鬼神復活の際、くだんの要因となった魔女は死んだ。けれど、その子である魔剣は生き残った。魔剣は鬼神化が進行していたものの、責任能力が疑問視される未成年だということで死武専に保護された。彼(もしくは彼女)は死武専の生徒となり監視下に置かれることが決定し、今日がはじめての課外授業だったのだという。それにスピリット先輩の娘である鎌職人とそのパートナーも同伴した。
 課外授業の内容は、『ちかごろ起きたゴーレム暴走事件の真相を突き止めること』。死人さんが初回の課題にはうってつけの難易度だろうと判断したそれは、この状況下───つまりは鬼神が復活し狂気が世界を侵食し始めている現在において、異様な事態そのものだった。
 ひとにつくられひとにつかわれるゴーレムが暴走するなど、前代未聞の異常事態である。それも何百年も昔につくられた最古のゴーレムだ、定められたプログラム以外のものが組み込まれているはずもない。ゆえに、その事件はひどく不自然なものだった。そんな異常な事件である、一星職人と死武専生になりたてほやほやの魔剣にはすこしばかり荷が重いと判断した死神様は、嫌な予感がすることもあって暇を持て余していたわたしたちふたり(おそらくわたしはおまけだろうが)に助っ人としてその地へ向かうことを命じたのだ。

「どう思う? ジャスティン」
「まだなんとも。しかしたしかにおかしいですね……。ゴーレムが組み込まれた基礎プログラムを無視し暴走するなど」
「それに、人造物に過ぎないゴーレムが狂気にあてられたっていうのも理屈にあわない……。ゴーレムに魂はないでしょう?」
「……つまりその最古のゴーレムはふつうではない、と」
「そうだね。なんらかの存在、悪に接する何かしらが関与しているといっていいだろう」

 とん、と地面におりたちふわりと空気をはらんだ外套の裾をおさえつけ、わたしはぐるりと周囲を見回す。
 エンチャンターの街・レーフビレッジ。さきほどからズドンズドンと響き続けている巨大なスピーカーからの爆音に、村人たちは怪訝かつ迷惑そうな顔でこちらを見ている。ごてごてした家屋が脇にならぶ道はあくまでも歩道程度の幅しかなく、ごついバイクは通れないだろうと判断しジャスティンは誰にも特に許可を取らずバイクを道のど真ん中に停めて、申し訳程度にちっぽけなバイクのキーを抜いた。それからスピーカーの電源を落としに向かった彼を見送り、わたしはてきとうにそこらに立っていた村人に声をかける。

「ドーモ」
「……」

 村人は愛想というものを知らないのか、声をかけたわたしを凝視しつつもなにもいわない。やれやれと肩をすくめる。胡散臭いといわれることにはなれていたつもりだったが、こういった反応も久々のように感じる。わたしも年をとったのかもしれない。
 わたしが話しかけた村人は、ここにいる村人全員の例に漏れず両腕におおきな手袋をはめていた。歯車のような文様が刻まれたそれで、彼らはゴーレムを製造するのだ。

「死武専のものだけれども……今日の午前、死武専の生徒がここにきた筈だ。どこに行ったか、教えてもらえるかな?」
「……知らんな」
「知らないってことはないでしょう? この村で起こったゴーレムの事件は死武専に報告されている。彼女たちはそれをきいて解決しに来たのだから」
「そんな事件も知らん」
「……ふうん。それは失礼」

 わたしはかたちだけの会釈をし、ジャスティンのもとへ戻る。ジャスティンは戻ってきたわたしを見、その青い目を瞬かせる。

「どうでした?」
「なにも知らないってさ。どこのエンチャンターの村もおんなじだね、閉鎖主義すぎて嫌になるよ。余所者に石を投げぬだけまだましか」

 閉鎖主義はのちの世になにも生まないというのに、まったく。

「それでは、どうしましょうか」
「探すしかないね」
「先輩は、魂感知ができるのでしたっけ」

 ジャスティンの問いに、わたしはまた肩をすくめた。

「実を言うとあまりとくいではない。ほとんど勘みたいなものさ。あんまり距離が離れているとおぼろげにしかわからないしね。精度も高いわけじゃないし、まあないよりましって感じかな」

 わたしはどちらかというと肉弾戦のほうが得意なのである。頭脳戦は博士とかに任せておけばいいだろうというのが正直なところだ。ただ、面倒な思考に陥りがちというのもわたしの厄介な悪癖のひとつであるので、もはやなにもいうまい。

「とりあえず奥へ進もうか」
「そうですね。行きましょう」

 ジャスティンが一歩を踏み出すと、その荘厳な気配のする神父服の裾がゆらりとゆらめいた。わたしはそれをぼんやり見つめて、やはり彼も姉とおんなじところに立っているのだなとなんとなく思った。それは、わたしがどれだけ願ったところでのぼることのできない高みだった。



銅貨