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ウィルは、ついにその口から、自分が知る“あの日の真実”を話すことを決意した。
今までずっと、その唇を固く閉ざしていたのは、エマが全て思い出すしてしまうことへの恐怖からだったが、その配慮さえ、今となっては無駄でしかない。

彼はエマに、謝らなくてはならないことがある、と言って話し始めた。


「9年前のあの日、私の娘アメリアと、私が息子のように思っていたその夫ベルナルドは……島に上陸してきた海賊に襲われ、殺された」
「……はい……」
「実は、な。海賊が来ることは分かっていたことだったんだ。海賊の狙いが、最初からあの二人であるということも」
「え……?」


エマには理解が出来なかった。一体それは、どういうことなのだろう。あれは、自分の両親の死は、止められたはずの悲劇だったということなのだろうか。
エマがひとり悶々としている中でも、彼は言葉を進めていく。


「……訳あって、私には海軍にひとり、知り合いがいてな。その男から連絡があったのさ」
「海軍から連絡だと?」
「なんだなんだ、話が全く見えねェ」

訳が分からないと頭を抱え込むルフィ達に、ウィルは「黙って聞いていろ」と一蹴する。


「あの日、私は知り合いのその男からの連絡で、こう言われた」


“あんたの娘夫婦の存在を消すために、海賊を連れて向かっている。そこに残すもそこから逃がすも自由だ。だが、そこに娘夫婦ターゲット
がいなかったら……見せしめにその島ごと消すように言われてる。……これはおれの本意じゃねェんだが……まァ、そういうことだ。もうすぐ、島に着く。せめて……好きな方を選んでくれ。



ウィルは苦しそうに目を伏せて言った。電伝虫の相手が相手だった為、それが冗談でないことは一目瞭然で、海兵に言われたというその言葉は、究極の選択ともいえる内容だった。ベルナルドとアメリアの命が助かる方を選ぶか、それとも、その二人の命を引き換えに島を守る方を選ぶか。
今、この現実からもう既に結果は見えていたが、当時、ウィルはベルナルドとアメリア……そしてその娘であるエマの命が助かる方を選んだのだと言った。


「私は一度、この島を見捨てようとしたのだ。何の関係もない、何の罪もない島の人々を、見殺しにする方を選んだ。どれだけの命を引き換えにしても、大切な娘達だけは……守りたかった」

彼の声の中に、罪悪感と一緒に無念が存在するのが見える。
それから彼は、どうにか娘達を逃がすべく、彼女らの家に走った。当時、エマはいつものようにひとり海に遊びに出ており、幸か不幸か、家にはアメリアとベルナルドだけがいた。ここで、エマは本来泳ぐのが好きだったことが明かされたが、今はそれどころではない。

ウィルは、電伝虫で聞かされた話の内容をそのまま伝えてしまえば、娘達が迷わずここに残る決意をしてしまうだろうと思い、なんとか言葉を濁し、とにかく島から出ていくようにと説得しようとした。しかし、どれだけ言ってもやはり納得してくれる様子もない二人に、ウィルはわざと傷付けるような言葉を強く浴びせたりもした。

それでも二人は冷静だった。そしてベルナルドは、ウィルに言った。


――何があったのか、話してください。お義父さん。あなたは無暗に人を傷付けるような人じゃない。何があったんです?


彼の言葉に同意の気持ちを表すように、真っ直ぐな眼差しを持ってアメリアも頷く。ウィルは二人に負け、電伝虫で言われた内容を涙ながらに話した。
どうか、どうか、頼むから、逃げてくれと。そう言って泣いた。自分の娘に、土下座までして。
しかし二人は、そんなウィルに対して困ったように笑い、首を横に振った。彼の願いを、それはできない、と拒否したのだ。
それはつまり、二人はこの島に残り、もうじきやって来るであろう海賊にその人生を強制的に終わらせられることを意味する。
嫌だ嫌だと、まるで子供のようにウィルは泣いた。島など捨てて逃げてくれと、何度も、何度も。
それでも、愛する娘達は、それを受け入れてくれなかった。


――あの子は……エマのことは、どうするんだ!? あの子のことも殺されていいと言うのか!!?
――いえ。聞けば、狙いは僕等二人だと言うじゃないですか。それでこの島も、あの子も助かるなら、僕は本望だ。……君はどうかな、アメリア。

声を持たない彼女は、サラサラとスケッチブックに文字を書き、それをウィルとベルナルドに見せる。

――『私もです。パパ、親不孝な私をどうか許してください。』
――……ッ、いいや、許さない……お前達二人とも!! 死んだら、死ぬまで!! 許さないからな!!



「私は、最後まで甘い父親だった。力づくで逃がすこともできたはず、なのになァ……」


ごめんな、ごめんな、と何度もエマに謝る。
今にも泣きだしそうなエマの手を、何度も何度も、優しく撫でるウィル。
そんな二人の様子を後ろで話を聞きながら見つめているルフィ達は、痛々しそうに表情を歪めていた。人の痛みが分かる彼等だからこそ、それが自分達には関係のない話だとしても、心苦しくならずにはいられなかった。
まだ終わっていないウィルの話が、その後も続く。


ウィルは船着き場付近の海で遊んでいたエマに、「もっと奥の、あっちの方の海で遊んでいなさい」と言いつけ、海賊とエマが遭遇しないように、そしてこれから自分がとる非道な行いを見ずに済むように、彼女にできるだけ遠くの海辺で遊ぶように指示をした。自分の言うことを何一つ疑わず、笑顔で返事をしたエマに、胸が締め付けられる思いだった。

そしてしばらくして、ついに海賊が島に訪れたのだ。
ウィルは事前に島の人々に絶対に娘達の家、そして海には近づくなと強く注意だけして、現れた海賊ひとりと、海兵ひとりを、その身一つで迎え撃った。


――ここから先は通さん!! 娘達を、殺させはせんぞ!!!


そう叫び、海賊と海兵に向かって、交互に拳銃を突き付ける。
海賊はどこか苦しそうに表情を歪めており、海兵は眉をひそめ、ため息を吐いた。


――あらら……そんな無茶な選択肢与えた覚えはねェんだけど。


「海兵のその言葉を聞いてから、エマを見つけるまでの記憶はない。あの海兵に何かされたんだと思うが……一瞬のことで何も分からなかった。次に意識が戻った時は、全てが最悪の状況だった」
「最悪の、状況?」

ナミの呟きに頷き、ウィルの口から語られたそれは、まさに最悪だった。


――……なん、だ……これは……

両手を縛られ、何故かアメリア達の家の中のソファに腰掛けた態勢で目を覚ましたウィルが目にしたもの。
それは、無残に斬り捨てられ、血の海の中で永遠の眠りについている、愛しい、愛しい娘夫婦だった。受け入れ難い現実は、少しずつ意識が覚醒していく彼の中に、どろどろと入りこんでくる。視覚と嗅覚が、血腥さに襲われる。
自分のすぐ近くで何故か季節外れに仕事をする暖炉が、ひどく熱くて鬱陶しい。こんな状況でそんなことを思ってしまうほど、頭の中は現実逃避を始めようとしていた。

そんな彼の背後から、冷たい声が降りかかる。

――二人とも死んだよ。おれが連れて来た海賊この男
に斬られて即死だ。……おれはこの二人のこと嫌いじゃなかったんだがなァ……残念だ。
――っ貴様等ァ……!!!!
――あらら……なんて顔してんだよあんた。

ぼろぼろと大きな涙をいくつも溢れさせながら、その目はしっかりと自分、そして手を下した張本人である海賊を殺したいとでも言うように睨んできているウィルの顔を見て、海兵は無表情にそう言った。海兵の後ろに立つ海賊は、意気消沈しているように見える。

――本意じゃないと、そう言ったろ。……おれにだって一応、立場ってもんがあるんだ。
――そんなこと関係あるか!! 娘達が死んだことに、変わりはない……!!! 娘を……娘達を返せ……ッ……

大の男が、声を上げて泣く。その様子を、海兵はただ黙って見つめていた。
しばらくして、海兵は背後に立つ海賊に先に家を出るようにと耳打ちし、ウィルが泣いている間に海賊を外へと出て行かせた。そして海兵は、何かを思い出しだようにわざとらしく声を上げた。

――あ、そういやあの子供……

そう言いながら海兵が指をさす先には、血の海の中、アメリアの近くに横たわる幼い頃のエマがいた。ウィルはそれを見ると目を見開き、再び抑えようのない殺意を海兵に向け、両腕は縛られている状態だというのに、今にも襲い掛かりそうな勢いを見せる。

――あの子供は生きてる。……まさか、娘夫婦ターゲット
に子供がいるとはなァ……本来なら、あれも殺しておくべきなんだがー……

その言葉を聞いたウィルは、すぐにエマの側へと駆け付け、海兵からエマを隠すように立ち膝をつく。真っ先に孫を庇うその姿に、海兵はため息をついた。


――はァ……。おれは何も見ちゃいない。任務は完了、あとは帰るだけだ。うん。


そういうことで、と吐き捨て、海兵はその家から出て行った。ウィルは慌てて後を追うが、彼が外に出た時には、海兵の姿は既になかった。いつの間にか海賊もいなくなっていることに気付き、ウィルは船着き場の方まで駆けたが、やはり既に、そこには何者もいなかった。
浜辺で膝をつき、言葉にならない感情を吐き出すように、ただ大声で叫んだ。狂ったように、叫んだ。
今すぐにでも死んでしまいたい。彼はそう思った。生きていても、自分にはもう何もない。何の希望も、ないのだから。

そして、まるで何かに誘われるように、海へゆっくりと入っていくウィル。どんどん深くなり、海の高さが己の腰辺りになった時だった。
ふと、エマの笑顔が脳裏に過った。


――おじいちゃん! 貝殻でネックレス作ったんです! おじいちゃんにあげます! ママが教えてくれたんですよ、作り方!


そう言って無邪気に笑う、大事な、大事な孫。
ああ、そうだ。自分にはまだ、たったひとつ。生きる理由がある。あの子だけは、あの子だけは、絶対に守るんだ。あの子は自分と、愛する娘達の、何より大切な……宝なのだから――




ウィルの口から話される、あまりにも凄惨な過去に、一同は言葉を失った。
ついに、我慢しきれなかったエマの瞳から零れた大粒の涙が、頬を伝う。


「ごめんなァ……私は何一つ守れず、憎い相手に傷一つ付けられなかった……不甲斐ないじいちゃんで、本当にごめんなァ……」
「うっ……う〜……っ……」


エマはただ、首を横に振ることしか、できなかった。




さよならばいばい、またねはナシよ
(一番優しい言葉だけが許されないなんて)


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