第2話「会いに行きました」

鱗滝の住む山小屋に小羽たちが辿り着いたのは、翌日の昼過ぎであった。
日はすっかり上り、太陽の光が薄暗い森の中をほんのりと照らしていた。
そんな森の中で、カンカンと棒同士がぶつかり合う音が響いていた。
炭治郎と鱗滝が木刀で稽古をしていたのである。
そんな二人の様子を、木の上から小羽たちは隠れて見ていた。

「チュン!(あの子が炭治郎かな?)」
「カー!(多分な。接触してみるか?)」
「チュン!(そうだね。)」

鳥語でそんな会話をした後、二人は森の奥へと飛んでいき、こっそりと人の姿に戻ったのであった。

「――先生。」
「……来たか。」

小羽たちが修業が一段落したところを見計らって鱗滝に声を掛けると、匂いで二人の気配に気付いていた彼は、特に二人の登場に驚くことなく出迎えてくれた。

「……鱗滝さん、この人たちは?」
「ああ……こいつ等はワシの弟子でな。お前の兄姉弟子になる。」
「信濃清隆だ。こっちは妹の……」
「信濃小羽です。よろしくね竈門炭治郎くん。」

小羽が炭治郎の名を口にすると、炭治郎は少し驚いたように目を見開いた。

「どうして、俺の名前……」
「先生から貴方のことは聞いてるの。……鬼になった妹さんのことも……」
「――っ、その腰の刀……」

小羽が含みのある言い方をすると、炭治郎はハッとして清隆の腰に差してある刀を見て、顔色を変えた。
どうやら小羽たちが、鬼斬りと呼ばれる鬼殺隊の人間だと気付いたらしい。

「まさか……禰豆子を!?」
「安心しろ。今日はただの様子見だ。」
「!、禰豆子は人を襲ったりなんかしない!」
「どうだか。今まで誰も襲わなかったとしても、これから先襲うかもしれないだろ?」
「俺が!俺がさせない!俺が必ず禰豆子を人間に戻す!」
「……信用できない。妹を見てから判断する。」
「清隆!」

清隆はあくまでも冷静に、淡々とした口調で炭治郎を冷たく見つめ、そう言い放った。
それを見ていた鱗滝は、静かに口を開いた。

「……よし、中に入れ。そこに禰豆子はいる。……今は眠っているがな。」
「鱗滝さん!」
「……眠っている?」

鱗滝の意味深げな言葉に兄妹は怪訝そうに眉をひそめるのであった。そして……

「……妹の禰豆子だ。」
「……本当に眠ってる。」
「…………」

鱗滝の山小屋に案内された小羽たちは、布団にスヤスヤと穏やかに眠る禰豆子を見て、きょとりと目を丸くした。

「……昼間だから寝てるの?でも鬼って不眠なんじゃ……」
「禰豆子はどうやら普通の鬼とは違うらしい。ここに来て半年以上経つが、ずっと眠り続けているのだ……」
「ずっと……ですか?食事も取らずに?」
「ああ。」
(それは確かに妙だな……)
「お兄ちゃんはどう思う?」
「…………」
「……お兄ちゃん?」

先程からずっと沈黙し、声をかけてもまったく返事をしない清隆に、小羽は不思議に思って彼の方へと視線を向けた。

「う……」
「う?」
「美しい……」
「……へ?」
「なんて綺麗な子なんだろう……」
「えっ……お、お兄ちゃん?」

小羽は兄のその言葉に戸惑った。
思わず何言ってるんだこいつとでも言いたげな目で、清隆を見つめる。
その視線に気付いた清隆は、ハッと我に返ると、こほんと一つ咳払いをして誤魔化した。
だがその頬はほんのりと赤らんでおり、明らかに様子がおかしかった。

「お兄ちゃん……まさか……」
「べっ、別に!禰豆子ちゃんが可愛いとか思ってないぞ!」
「……はあ……」
(しっかり惚れちゃってるじゃない……)

小羽は心から呆れたような深いため息をつくと、やれやれと言いたげにこめかみを押さえて頭を左右に振った。

「……しょうがないね。見たところ、禰豆子ちゃんは本当に他の鬼とは違うみたいだし、まだ何とも言えないけれど……今は炭治郎くんの言葉を信じるよ。」
「!、あ、ありがとう!小羽さん!」

信じると言ってくれた小羽の言葉が余程嬉しかったのか、炭治郎は小羽ににじり寄ると、その手を取って力強く握り締めた。
その時、小羽は炭治郎の手が傷だらけなことに気付いた。

(……この子、手が豆だらけだ。)

鱗滝さんの修業はとても厳しい。
それをつい半年前までは普通の生活をしていただろう男の子がついてこれるなんて、とても凄いことだ。
きっと弱音も吐き出したいだろう。逃げ出したいと何度も思っただろう。
それでも、彼はちゃんと逃げずにここに残って修業に励んでいる。
それは全て、たった一人残された妹を人間に戻す為なのだろう。

「……小羽でいいよ。炭治郎くん。」
「ありがとう小羽!」
「おいコラてめぇ!俺の妹に気安く触んな!」

小羽の手を握り締める炭治郎にすかさず反応したのは、妹を溺愛している清隆であった。
額に青筋を浮かべ、必死になって小羽の手から炭治郎の手を引き剥がそうとしていた。
――炭治郎の修業は、まだまだ始まったばかりである。

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