第5話「絶対に生き残ろう」

お館様から最終選別を受ける許可を許されてからの小羽は、兄の仕事を手伝いながら、その合間に修業をするようになった。
清隆も休日には稽古をつけてくれたりと、積極的に協力してくれたお陰で、だいぶ昔の感覚を取り戻せた。
それ以前にもっと強くなれた気がする。
――修業を開始して一年半が経った。
今日は、待ちに待った最終選別の日である。

「心の準備はいいか?」
「うん。」
「……絶対に、生き残れよ。」
「うん。大丈夫だよお兄ちゃん。」

最終選別が行われる藤襲山の入口で、清隆は何度も何度も小羽に声をかけていた。
余程心配してくれているのだろう。小羽は安心させるように微笑むと、力強く言った。

「――絶対に鬼殺隊になるから、信じて待ってて。」
「……ああ。勿論信じてるよ。」

お互いにしっかりと見つめ合うと、小羽は力強く頷いて、山の中へと一人進んでいった。
そんな妹の後ろ姿を、清隆は少しだけ心配そうに見つめていたのであった。

*******

藤襲山の藤に覆われた道を通り抜け、階段を上りきると、そこには約二十人以上の若者たちが集まっていた。

(――今年は結構多い方……かな。)

鬼殺隊を目指す者の多くが、鬼に何かしらの理由で遺恨を抱く者ばかりだ。
だけど鬼と戦える者はとても少なく、毎年多くの候補者がこの最終選別で命を落としている。
合格者は精々三人もいれば優秀な方らしい。

(絶対……生き残る。)

小羽は心の中でひっそりと改めてそう決意を固めると、キョロキョロと周囲を見回した。

(確か炭治郎くんも今年の選別を受けるって先生から聞いてたんだけど……あっ!)

炭治郎を探して周囲をキョロキョロと見回していると、丁度階段を上ってきたであろう炭治郎を見つけた。
思わず嬉しくなって駆け寄る。

「炭治郎くん!」
「――あっ、小羽!?何でここに……」
「私も最終選別を受けに来たんだよ。」

知り合いがいて安心したのか、炭治郎は笑顔で小羽を歓迎してくれた。

「そうなのか。お互いがんばろうな。」
「そうだね。絶対に生き残ろう。」
「……そう言えば、炭治郎くんもそのお面貰ったんだね。」
「ん?ああ。小羽たちも鱗滝さんから貰ったことあるのか?」
「うん。私とお兄ちゃんのお面は残念だけど鬼との交戦中に壊れちゃったんだ。」
「そうなのか。それは残念だったな。」
「本当に。先生から貰った大切なお面だったんだけどね……」

これから死に物狂いの七日間を過ごさなければならないというのに、小羽と炭治郎の周りだけ、空気がとても和んでいた。
すると、炭治郎がやって来たことで全員揃ったのか、二人の子供たちが最終選別の説明を始めた。

「皆様、今宵は最終選別にお集まりくださってありがとうございます。この藤襲山には鬼殺の剣士様方が生け捕りにした鬼が閉じ込めてあり、外に出ることはできません。」
「山の麓から中腹にかけて鬼共の嫌う藤の花が一年中狂い咲いているからでございます。」
「しかし、ここから先には藤の花は咲いておりませんから、鬼共がおります。この中で七日間生き抜く。」
「それが最終選別の合格条件でございます。では、行ってらっしゃいませ。」

そう言って、二人の子供がペコリと頭を軽く下げた瞬間、候補者たちは一斉に山の奥に向かって駆け出したのである。

「それじゃあ七日後にまた会おう。炭治郎くん!」
「ああ、小羽もがんばるんだぞ!」

小羽と炭治郎はそれだけ言葉を交わすと、二人とも別々の道へと進んでいったのである。

*******

藤の花の咲かない山の中に入って数十分後、小羽の前にさっそく一人の鬼が現れた。

「ひひひ、肉だぁ〜〜、久しぶりの人肉。それも女の肉……俺はついてるぞぉ〜〜」
「……気持ち悪。」

小羽を見ながら長い舌を蛇のようにだらりと伸ばし、余程餓えているのか、口からボタボタと涎を垂れ流している。
あまりにも汚ならしくて、思わず顔を盛大にしかめて本音を呟いた。
鬼はそれが癇に障ったのか、不愉快そうに顔を歪める。
ピキピキと血管が浮き出て、額に青筋が浮かんでいた。

「んだとてめぇ!死ねやぁーー!!」

鬼は獲物を狙う血走った目で、小羽に襲い掛かってくる。
長い爪で今にも小羽の体を引き裂き、その柔らかな肉に歯を突き立てようとするだろう。
小羽はとても落ち着いていた。
鬼を斬るのは今回が初めてではない。
兄の仕事を手伝う中で、何度か戦闘を経験させてもらっていたのだ。
だから、こんな隙だらけの鬼など、まったく怖くない。
負ける気など、これっぽっちもしなかった。

「――星の呼吸、弐ノ型・天狼!」
ザシュッ!!
「ガッ!!」

小羽は刀を構えると、素早く横に切り裂いた。
素早い一線はまるで獲物の喉元に食らいつく狼のように、鬼の頸をきれいに切り落とした。
ゴトリと、鈍い音を立てて鬼の頸が地面に転がる。
小羽はそれをちらりと一瞥することなく、スタスタと先を目指して歩き出した。
小羽の後ろでは、頸を切り落とされた鬼の体が灰のように空気に溶けて消えていった。

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