第7話「求婚されました」

「……落ち着いた?」
「うん……」

目から涙を、鼻から鼻水を垂れ流しながら、ずっと泣き続けていた善逸。
ひたすら情けないくらいに小羽に「結婚してくれ」と懇願してきた彼を何度も何度も説得し、漸く彼が落ち着いた時には、すっかり朝になってしまった。
小羽は見つけた川から汲んできた水の入った竹筒を善逸に渡しながら、自分の名を名乗った。

「私は信濃小羽。君は?」
「……我妻……善逸……ぐすっ」
「善逸くんね。歳は?私は14。」
「16」
「えっ!?(年上!?)」
「……何?」
「う、ううん。何でもないよ!?」

まさか年上だとは微塵も思っていなかった小羽は、善逸の歳を知ってちょっと驚いた。
てっきり同い年か年下かな?くらいの認識だったのである。
小羽は木にもたれ掛かっている善逸の隣に座り込むと、疑問に思っていたことを尋ねた。

「善逸くんは、どうしてそんなに結婚したいの?」
「俺……家族が欲しいんだ。俺は捨て子だから親がいなくて、だから死ぬ前に一度でいいから結婚して幸せになりたい。」
「家族を作るのはいいとして、どうして死ぬなんて……」
「俺、すごく弱いんだ!ものすっごく弱いんだ!だからきっとこの最終選別で死ぬ!きっと死ぬ!絶対死ぬ!死ぬ死ぬ死んじゃう!イヤァァァーー!」
「善逸くん落ち着いて!大丈夫!善逸くんは死なないよ。だって君はとても強いもの!」

気が動転して奇声を上げる善逸の肩を掴み、小羽は彼を落ち着かせるために必死に揺さぶって声をかけた。
すると急に彼は真顔になって、またシクシクと涙を流し始めた。

「俺……強くないよ。寧ろ小羽ちゃんの方が強いよ。」
「で、でも、善逸くんは……」
「ありがとう。お世辞でも嬉しいよ。」
「いや、そうじゃなくて!」

何でこの人はこんなにも自分の実力を卑下するんだろう。
謙虚とかそんな話じゃない。
自分の実力を隠してるの?……いや、違う。
まさか自分が本当は強いことに気付いてない?
……あっ、なんかそんな気がする。
小羽は昔から妙に勘の鋭い子供であった。
不気味なくらいその勘が当たるので、一時期は予言者か何かと騒がれたことさえあった。
その自分の勘がひしひしと伝えてくる。
彼はとても強い。なのにこんなに死ぬ死ぬと騒いで怯えているのは、きっと自分の本当の実力に気付いていないからだと。

(……そんなことってあるの?)

小羽は善逸の態度に戸惑いつつも、どうにかして彼を落ち着けなければと思っていた。

「ぜ、善逸くん。落ち着いて、とにかく落ち着いて。」
「うわぁーー!死にたくない!死にたくないぃぃ!まだ結婚もしてないのに死にたくないよぉーー!」
「大丈夫!大丈夫だから!」
「イヤァァァーー!きっと死ぬ!鬼にむしゃむしゃ食われて死ぬんだぁーー!」
「善逸くん!」
パシッ!
「!」

小羽は奇声を上げて怯えまくる善逸の右手を取ると、ぎゅっと両手で握り締めた。
途端に善逸は顔を赤らめて慌て出す。

「うわわ、こ、小羽ちゃん!?」
「大丈夫。善逸くんは死なないし、とても強いよ。」
「あ、あの……」
「一人じゃ不安なら、私と組もう。」
「――え?」
「私が善逸くんを守ってあげるから。」
「ほ、本当に?……や、いやいや、駄目だ。いくらなんでも女の子に守ってもらうなんて男として情けなさすぎる!でもでも、俺一人だと確実に死ぬし……それにこんな可愛い子と一緒にいられるなんておいしくないか?いやいや、でもな……いやいや……わ、分かった!俺もがんばって小羽ちゃんを守るよ!」

何やらぶつぶつと長ったらしく呟いていたが、彼は小羽と行動を共にすることに決めたらしい。
正直、小羽の今の実力では自分一人なら兎も角、誰かを守りながら七日間を生き抜くのはとても難しいことであった。
それでも彼に共に行動することを提案したのは、放っておけなかったからだ。
実力は確かにあるのに全然頼りなくて、ここで彼を見捨てたらなんだか見殺しにしてしまう気がして放っておけなかった。
それに……善逸とはなんだか妙な縁を感じたのだ。
小羽は善逸の手を取ると、今度は両手を包み込むようにして握り締める。

「――良かった。これからよろしくね、善逸くん!」
「小羽ちゃん!」

満面の笑みで微笑むと、途端に善逸の顔が耳まで真っ赤に染まる。

「お、おお……」
「お?」
「俺と結婚してーー!!」
「またそれなのー!?」

そして再び善逸を説得する頃には、あっという間に二日目の夜を迎えてしまうのであった。

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