第10話「星の呼吸」

「――んが?」
「――あっ、起きた?」

目を覚ますと、視界いっぱいに小羽ちゃんの顔が映った。
目の前に小羽ちゃんの顔が間近に迫っていて、その距離の近さに俺は悲鳴を上げた。
膝枕されてる!?俺、小羽ちゃんに膝枕されてるぅ!!?

「きっ!」
「き?」
「きぃゃぁああぁぁぁぁああぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!」

藤襲山に善逸の力いっぱいの悲鳴が響き渡った瞬間だった。
善逸は大音量の奇声を上げながら、耳まで真っ赤になった顔をそのままに素早い動きで尻餅をついたまま後ろに後退りした。
小羽はそのあまりの煩さに思わず両手で耳を塞ぐと、キーンと痛む頭に顔を歪めた。

「っ、善逸くんうるさい。」
「いやぁぁぁ!!俺なんで小羽ちゃんに膝枕されてたの!!?夢!?夢なの!?俺死んだ!?死んでこんな幸せな夢見てんの!?いやぁぁぁぁ!!女の子に膝枕されんのは夢だったけど!!夢だったけどぉ!!死にたくないぃぃぃぃーーー!!!」
「死んでない!死んでないから!大丈夫だから戻っておいでーー!!」

現実逃避して勝手に死後の世界に飛び立っている善逸を呼び戻して落ち着かせてやる。
最初は本気で死んだのかとかなり取り乱していた善逸だったが、小羽に膝枕されたのが現実だったのだと分かるや否やデレデレ顔になった。

「うへへへ。俺、女の子に膝枕されちゃった〜〜、ず〜〜と夢だったんだ。幸せ〜〜!」
「……それは良かったね。それにしても、善逸くんがあんなに強かったなんて驚いたよ。」
「……へ?何のこと?」
「いや、強いんだろうなとは思ってたけど、あそこまでの腕とは思わなかった。雷の呼吸が速いとは聞いてたけど、あそこまで凄かったなんて……雷の呼吸の使い手はみんなそうなの?それとも善逸くんが特別に速いとか?」
「……ごめん。ほんとに何の話?そう言えばさっきの鬼は小羽ちゃんが倒したの?」
「……へ?」

あれ?なんだか話が噛み合ってない。
てっきり俺が気絶している間に小羽ちゃんが一人であの鬼たちを倒したのかと思ったけど、何やら俺が強いとか変なこと言ってるし、すごく驚いた顔してるし、なんだか興奮してる音もする。
小羽ちゃんは俺の言葉にきょとんと目を丸くしながら呟くように聞いてきた。

「……もしかして、覚えてないの?」
「え?だから何のこと?」
「善逸くんが鬼を倒したんだよ。」
「俺が!?無理無理!!そんな訳ないじゃん!!俺、気絶してたし!!」
「いや、だから気絶したまま倒したんだってば。」
「何それ!?俺夢遊病かなんか!?いやいや、流石にないわ!!ありえないわ!!小羽ちゃん嘘ついてない?」

寝たまま鬼を倒すとか何!?
何それ?そんなのただのヤバイ奴でしょうが!!
小羽ちゃん嘘ついてない?
あれ?でも小羽ちゃんからは全然そんな音しない。
小羽ちゃんは俺の言葉にスっと目を細めると、静かに言った。

「……嘘ついてる音するの?」
「……しないけど。」
「じゃあ、私の言ってることが本当だって分かるでしょ?善逸くんはやっぱり強いんだよ。」
「そんなこと……」
「ないとか言わない。」
「……ハイ。」

小羽ちゃんの謎の威圧感に気圧されて、頷いてしまった。
俺が強いとか、小羽ちゃん何言ってんの?
俺は弱いよ。すごく弱い。
そんな言葉も言わせないくらい、小羽ちゃんは俺が強いと断言してくる。
心から俺に対してすごいって、尊敬するって音を響かせて。
俺に対してそんな音向けてくる人なんていなくて、初めての感覚に俺はどうしたらいいのか分からなくなってしまう。
俺の戸惑いなんて気づかない小羽ちゃんは、隣に腰掛けて楽しそうに笑う。

「ねぇ、朝まではまだ時間があるし、良かったら善逸くんの話をもっと聞かせてくれない?」
「えっ……い、いいよ。」
「ありがとう。」

ふわりと柔らかく微笑む小羽ちゃんの笑顔は本当に可愛くて、なんだか包容力があるのかな。
すごくすごく安心するんだ。小羽ちゃんがそう言ってくれるなら、俺は本当に強くなれた気になれるから不思議だ。
……いつか、本当に強くなれたらいいな。

******

「――そっか。雷の呼吸って、壱ノ型が全ての型の基本になるんだね。」
「うん。でも俺、その壱ノ型しか出来なくてさ……兄貴……兄弟子は壱ノ型は出来ないんだけど、残りの型は全部習得してて、ほんと、俺とは大違いでさ……」
「善逸くんだって充分すごいよ。あの速さは私でも無理だもの。」
「え?小羽ちゃんでも?」
「うん。善逸くんの速さは多分、一般隊士の実力を軽く飛び越えてすごいと思うよ。」
「ええ〜、流石にそれは大袈裟に褒めすぎだよぉ!」
「本当なんだけど……」
「俺よりさ、小羽ちゃんは星の呼吸を使うんだっけ?」
「ああ、うん。そう。私のは自己流なんだよね。」
「え?自分で型を作ったってこと!?そっちの方が凄いじゃん!」
「いや〜、どうなんだろ?」

小羽ちゃんの目が泳ぐ。
なんだか歯切れが悪いけど、何かあったのかな?
自己流で呼吸を作っちゃうなんて、それこそずっと凄いことだと思うけど……

「……私には兄がいてね、呼吸の修業は同時期に始めたの。私の師匠である育手の人は元水柱だった人で、とても厳しいけれどとても優しい人でね。私も初めは先生の元でお兄ちゃんと同じように水の呼吸の修業をしてたんだ。水の呼吸は全部で拾ノ型まであって、私も一応全部の型は習得出来たんだけど、めきめき成長を遂げたお兄ちゃんに比べて全然ダメだったの。とても鬼に通用するよう威力にはならなくて、思い悩んでたんだ。そんな時にね、ふと空を見上げてみたの。」
「空を?」
「そう、空。夜空に沢山浮かんだ星をずーと眺めてたの。星は月や太陽に比べたらその光はとても小さくて、存在感も薄いけど、自分の力で輝ける。私もそんな風になりたいなって思った。
だから星のことを考えながら試しに頭に浮かんだ技をやってみたら、これがびっくりでね。水の呼吸よりもずっと自分に合ってたの。それからかな。水の呼吸を元に星の呼吸を独自に作り上げていって、今の型ができたの。」

夜空を見上げながら話す小羽ちゃんの音は、とても穏やかで柔らかな音だった。
静かに凪いだ海の音に似ていた。
小羽ちゃんは頑張ったんだな。きっと想像もできないくらい頑張ったんだ。
俺なんか修業はいつも逃げてばかりだった。
何でそんなに頑張れるんだろ。鬼殺隊になるため?
俺は理由が気になって、気がついたら深く考えずに声に出していた。

「……小羽ちゃんは、何でそんなに頑張ってまで鬼殺隊に入りたいの?」
「――え?」

瞬間、俺は何も考えずにその言葉を口にしたことを後悔した。
だって俺が質問した途端、明らかに小羽ちゃんの顔がこわばったんだ。
凪いでいた音が静かに波面となってさざ波を立てていく。
だから分かってしまった。これは触れてはいけないことだったのだと。
瞬間的に俺は理解して青ざめた。

「……あっ、ごめん!俺……」
「ううん、大丈夫。私が鬼殺隊になりたいのはね、家族を鬼に殺されたから……かな。鬼殺隊を目指す人なら珍しくない理由だよ。ほんとに、よくある話。」
「……小羽ちゃん。」

確かによくある話だ。けれどそれは、簡単の流せるような話ではない。
小羽ちゃんは笑っていたけれど、俺は分かってしまった。
小羽ちゃんの心が、悲しい、苦しい、悔しいと沢山の悲痛な音を立てている。
俺は軽い気持ちで迂闊なことを聞いてしまった自分に、心底嫌になったんだ。

- 27 -
TOP