第14話「帰宅」

炭治郎はふらふらになりながら、藤襲山を降りていた。
近くに落ちていた木の棒を杖代わりにして、一歩一歩と重い足取りで歩いていた。

(甘かったなぁ〜)

炭治郎は深いため息をつきながら、己の考えの甘さに後悔していた。
最終選別で鬼に会ったら、禰豆子が人間に戻る方法を知らないか訊こうとしていた。
だけど実際は、八人の鬼に会ったけれど、皆まともに会話できる状態ではなかった。
餓えた鬼たちが問答無用で殺しにかかってきたからだ。

(……ごめんな禰豆子。ごめんな。)

一刻も早く禰豆子と鱗滝さんが待つあの家に帰りたいのに、体中が痛くて歩くのが辛い。
ああ、心が挫けそうだ……
思わず足を止めてしまった。その時だった。
不意に体が軽くなった気がした。
疲れきった意識で横を見ると、そこには小羽と清隆がいた。
二人は炭治郎の左右に立ち、それぞれが炭治郎に肩を貸すような形で彼の腕を肩に回して立っていたのだ。

「……大丈夫?炭治郎くん。」
「小羽?」
「ほら、肩貸してやるからもう少しがんばって歩け。」
「清隆?何で?今まで何処に……」

炭治郎は突然現れた二人にきょとりと目を丸くして驚いた。
そんな炭治郎に小羽は労るように微笑むと、言った。

「私たちもこれから先生の所に合格したこと報告しに行くの。だから、一緒に帰ろう。」
「小羽……ああ、帰ろう。」

炭治郎はふわりと微笑むと、二人に肩を借りながら、三人でゆっくりと歩き始めたのであった。
先程まで落ち込んでいた炭治郎が笑ってくれたことに、小羽は少しだけホッとしつつ彼を労うように言葉をかけた。

「――その様子だと、鬼から何も情報は得られなかったみたいだね。」
「……ああ。倒すのに精一杯で、話を訊く処じゃなかったよ。」
「そっか……」
「――なあ炭治郎。多分、雑魚の鬼にいくら訊いても、何も知らないと思うぞ?知っているとするなら十二鬼月か、鬼舞辻無惨本人くらいだと思う。」
「十二鬼月?鬼舞辻?」
「……先生からまだ説明されてないの?」
「ああ、知らない。」
「そうか。鬼ってのはな……」

本当にまだ何も知らされていないらしい炭治郎に、小羽たちは自分たちが知る限りの鬼に関する情報を説明してあげた。
鬼舞辻無惨という最初に生まれた鬼のこと。その無惨に付き従う鬼の中でも、十二鬼月と呼ばれる柱並みに強い鬼たちがいることなど、今分かっている情報を炭治郎に教えてやぅた。
すると、先程まで落ち込んでいた炭治郎の瞳にまた光が宿る。

「――そうか。なら、強い鬼ほど禰豆子を人間に戻す方法を知っているかもしれないってことだな。」
「……まあ、そうなるね。」
「教えてくれてありがとう二人とも。俺、がんばって十二鬼月を探す!」
「ああ、そうだな。……その為には、柱を目指せるくらい強くなれ。炭治郎。」
「ああ!」

それは口で言うのは簡単なことではあるが、決して楽な道ではない。
とても辛く苦しい。逃げ出したくなるくらい厳しい道であろうことは、きっと炭治郎自身が一番分かっている。
だから、あえて二人は何も言わずに、炭治郎を応援することしかできなかった。
三人が山小屋に辿り着いたのは、すっかり日も暮れて、辺りも真っ暗になった夜のことであった。

******

「もうすぐ着くよ。炭治郎くん。」
ミシッ……ドガっ!!

山小屋が見えてきたあたりで、突然ミシッと音を立てて、鱗滝の家の扉を蹴破って誰かが出てきた。
その人物を見て、炭治郎は思わず体が痛いのも忘れて叫んだ。

「あーーっ!禰豆子ォ、お前っ……起きたのかぁ!!」
「!!」

なんと小屋から出てきたのはずっと眠り続けていた禰豆子であった。
彼女は炭治郎の存在に気付くと、駆け足でこちらに向かってくる。
それに炭治郎も駆け寄ろうとして、足を無理に動かし、転倒した。

「おい大丈夫か!?」
「炭治郎くん!」

小羽と清隆が慌てて炭治郎に駆け寄って起こしてやると、丁度こちらにやって来た禰豆子が炭治郎をぎゅっと抱き締めたのである。
久しぶりに起きた妹との再会に、炭治郎は今までずっと泣くことを我慢してきたのであろう。
盛大に顔を歪めて、ボロボロと涙を流した。
そして抱き締める禰豆子の背に自分も手を回すと、声に出して泣き叫んだのである。

「わーーっ!!お前、何で急に寝るんだよぉ!ずっと起きないでさぁ!死ぬかと思ったろうがぁ!!」

――子供みたいに、炭治郎が泣くところを初めて見た。
余程禰豆子が心配だったのだろう。
そりゃそうだ。彼女は炭治郎にとって、残されたたった一人の家族なのだから……
小羽たちは空気を読んで、炭治郎と禰豆子を二人っきりにしてやろうと離れようとした。
しかし、不意に小羽達もろとも大きな温かい手が四人をぎゅっと包み込んだのである。
その人物が誰かなんて、見なくても分かる。
温かくて、優しくて、まるでお父さんみたいな大きな手。大好きな鱗滝先生の手だ。
先生は腕の中に収まりきらないにも関わらず、私たち四人をぎゅっと抱き込むように腕を回して泣いていた。
お面越しでもそう分かるくらい、手が震えていたから……
そして、喜びと安堵と、色んな感情が混じったような震える声で、絞り出すように言ってくれたのだ。

「よく生きて戻った!!」
「……っ」

その言葉を聞いて、急に現実味が湧いてきたのか、ああ、帰ってきたんだと思った。
そしたら私まで鼻がつんと痛くなってしまって、視界まで歪んできて、炭治郎くんに負けないくらい声を出して泣いてしまったんだ。

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