第20話「猪の剣士」

「チュン!チュン!」
「善逸さん!」
「……え?」 

小羽たちはあれから運よく外に出ることができたのだが、善逸が二階の窓から落ちた拍子に頭から落ちて気を失ってしまった。
小羽と正一が何度か呼び掛けると、漸く目を開けた善逸に、二人は心底安心したのである。

「あ〜、何か頭いったぁ〜!」
「大丈夫ですか?頭から血が出てますよ!?」
「えっ!?うそっ!?」
ドタドタドタドタ バキィィッ!!
「猪突猛進猪突猛進!!」
「!!?」

けたたましい足音と共に、玄関の戸を蹴破って現れたのは、屋敷の中で善逸たちが遭遇した猪の頭の被り物をした男であった。

「アハハハハハ!!鬼の気配がするぜ!!」
「あっ!あいつ……今、声聞いてわかった。六人目の合格者……最終選別の時に誰よりも早く入山して、誰よりも早く下山した奴だ!!せっかち野郎!!」
(――ああ、そういえばこんな人いたな。説明もろくに聞かずにさっさと山を降りていった困った合格者。……確か彼の担当の鴉は初日で二回も食べられそうになったとか……)

善逸の説明に、小羽もすっかり忘れていた彼のことを思い出した。
小羽は最終選別最終日に一度彼を見掛けていたのである。
確か、名前は嘴平伊之助と言ったか……
何故彼がここにいるのだろうか?
もしかして、善逸くんたちと同じく任務を受けたのかな?
小羽がそんなことをぼんやりと考えていると、伊之助が突然ある場所を目指して走り出した。
彼の視線の先には禰豆子の入った木箱。

(――そういえば、彼はさっき鬼がどうとか言ってなかったか?)

そう理解した瞬間、小羽は嫌な予感がしてさっと顔色を青ざめた。

「見つけたぞォォォ!!」
(――まずい!!禰豆子ちゃんが!!)

彼の狙いは鬼である禰豆子だ。
今、彼女は日の下に出ることができないから、逃げ出すこともできない。
小羽がなんとしても彼を止めなければと思った矢先、誰よりも早く動いたのはなんと善逸だった。

「やめろーー!!」
「!!」

善逸は木箱を庇うように両腕を広げて伊之助の前に立ち塞がったのである。

「この箱に手出しはさせない!!炭治郎の大事なものだ!!」
「オイオイオイ何言ってんだ!!その中には鬼がいるぞ分からねぇのか?」
「そんなことは最初から分かってる!!」
「!(善逸くん……最初から気付いてて黙ってくれてたの?)」

そういえば善逸は耳がとてもいいから、鬼の気配がわかるのだと、最終選別で行動を共にしていた時に言っていた。
それなら、彼の言っていることは本当なのだろう。
善逸は、最初から全部わかってて何も言わずにいてくれたのだ。
鬼殺隊でありながら鬼を連れている炭治郎に、きっと疑問を抱いたことだろう。
それでも、善逸は炭治郎を信じて黙っていてくれた。聞かずにいてくれた。
そして今、炭治郎に代わって禰豆子の入った木箱を守ろうとしてくれている。
それはきっと、炭治郎があの箱を命よりも大切なものだと言ったから……

「俺が……直接炭治郎に話を聞く。だからお前は……引っ込んでろ!!!」

善逸は覚悟を決めた眼差しでそう叫ぶ。
すると伊之助は癪に障ったのか、とても不機嫌になって善逸のことを蹴り上げたのである。

ドガ、ドガ、バキッ!! 
「ぐっ!!」
「オラ退け!!退けよ!!同じ鬼殺隊なら戦ってみせろ!!」

それは一方的な暴力であった。
無抵抗の善逸に伊之助は何度も何度も蹴りを入れ、善逸はひたすら耐えて木箱を守り続けた。
骨の折れた音がした。
善逸の顔から血が飛び散る。
顔は痣だらけになり、鼻から血も流れている。

「チュンチュン!!(もうやめてよ!!)」

見るに耐えきれなくなった小羽が思わず伊之助の顔に張り付いて、嘴でつつきを入れる。

「ああ!?何だこの雀!!邪魔だ!!」
バシィッッ!!
「チュン!!」
「ああっ!!チュン太郎!!」

小羽が煩わしくなったらしい伊之助が右手で彼女をはたき落とすと、その衝撃のまま小羽は地面に落下した。
それを見ていた善逸は青い顔で小羽を心配してくれるが、今は箱を守るのに必死で駆け寄ることができずにいたのである。すると……

「やめろっ!!」

誰かの怒声が響いた。それは炭治郎だった。
どうやら鬼を倒して外に出てきたらしい炭治郎が、この状況を見て何かを察したらしい。
怒りに震える形相で、伊之助を睨み付けると、そのまま彼に突進していって伊之助の腹に一撃拳を叩き込んだのであった。
炭治郎の全力の腹パンを食らった伊之助の肋骨がボキリと嫌な音を立てて折れる。

(うわっ!骨折っちゃった!!?)

小羽がヨロヨロと起き上がって状況を見ると、それはもう、なんとも言い難いカオスな状況になっていた。
炭治郎が隊員同士でのいざこざはご法度に触れると説明しているにも関わらず、伊之助は炭治郎に喧嘩を吹っ掛けるは、炭治郎は暴走する伊之助を止めるために頭突きを食らわせるは、その後に伊之助の素顔が実は女の子のようにとても綺麗だったことが発覚したり、頭突きの影響で伊之助だけが脳震盪を起こして倒れたりと、もう本当にカオスであった。

*******

伊之助が気を失っている間に、小羽と清隆はある場所へ向かっていた。
そこは藤の花の家紋を持つ屋敷であり、小羽たちは今日の戦いで負傷した炭治郎の治療と休息も兼ねて体を休める場所を頼みに来たのであった。
その屋敷のお婆さんに事情を説明すると、ひささんは快く引き受けてくれた。
その後は炭治郎たちが屋敷に残された清同様に鬼に連れ去られ、食い殺されたらしい人たちの埋葬を済ませ、下山した。
稀血である清には藤の花の匂い袋を鬼除けとして持たせ、正一と離れることをごねた善逸は気絶させられ、三人の子供たちと別れた炭治郎たちは、なんとも騒々しく清隆と小羽の案内で藤の花の家紋の屋敷へと案内されたのであった。

- 37 -
TOP