第23話「小羽の迷い」

「落ち着くんだ善逸!!」

「うるせぇーー!!羨ましいなちくしょうぅぅーーー!!」

「待ってよ善逸くん!禰豆子ちゃんは炭治郎くんの妹なの!恋人じゃないのよ!」

「……へ?」


小羽の言葉に善逸の動きがピタリと止まる。きょとりと目を丸くして振り返る。


「……妹?」

「うん。」


善逸の問いに小羽は何度もコクコクと頷いて肯定した。
そして再び炭治郎と禰豆子を交互に見る善逸。


「……妹?」

「ああ。」


炭治郎も小羽と同じように頷くと、そこで漸く善逸は納得できたのか、刀をそっとしまった。
そしてさっきまでの怒りはどこへやら、ヘラリと顔を緩めると、猫撫で声で炭治郎に話し掛け出したのである。


「なんだよもぉ〜!それならそうと早く言ってくれよぉ〜!そっかぁ〜、そっかそっか。妹なのかぁ。よろしくね禰豆子ちゃん!!」

「む〜?」


善逸のデレデレ顔に禰豆子は不思議そうに首を傾げる。


「(ハッ!)でも俺には小羽ちゃんという心に決めた人が!!今日再会できたのだって、きっと俺と小羽ちゃんが結ばれるという運命に違いないし!!」

「……いや、別に私と善逸くんは恋人でもなんでもないよ?」

「うふふ、小羽ちゃんと結婚〜!」

「聞いてないのね?」


小羽の冷静なツッコミは善逸の耳に届いていないようだ。
普段は異常なほど耳がいいくせに、自分にとって都合の悪いことには途端に耳が悪くなるらしい。
小羽はもう何も言うまいと小さくため息をつくが、一人だけ善逸の言葉を許せない者がいた。
それは小羽の兄の清隆であった。
可愛い妹への聞き捨てならない妄想を聞かされた上に、惚れた女の子へデレデレと鼻の下を伸ばす男を清隆が許す筈もなく……


「――おい、ちょっと待てよ。俺はお前なんか妹の相手として認めてないぞ。そして禰豆子ちゃんは俺のだぁーーー!!」

「禰豆子は清隆のものでもないぞ!!」


すかさず反応する炭治郎。自分の妹に関しては反応が早いようだ。


「……あのね、いい加減寝ようよ。伊之助なんてとっくに寝てるよ?」

「ぐおー!ぐおー!」

「「「…………」」」


小羽の冷静な言葉に、三人は騒ぐのをやめた。
イビキをかきながら気持ち良さそうに眠る伊之助を見て、急に頭が冷えたらしい。


「……寝るか。」

「「「ああ。」」」


こうして四人はやっと眠りにつくことになったのである。



************



梟がホウホウと鳴き、虫がさざめく丑三つ時に、清隆は目を覚ました。
そして炭治郎たちを起こさないように注意しながら、こっそりと布団から出ると、足音を殺して部屋を出るのであった。

清隆が向かった場所は外であった。
屋敷の門の所まで行くと、辺りに誰の気配もないのを確認し、清隆は鴉の姿になって森へと飛んでいった。
森の奥の方では、既に雀の姿の小羽が待っていた。


「カー?(待たせたか?)」

「チュン!(ううん、私も今来たところだよ。)」


どうやら二人は待ち合わせをしていたらしい。
真夜中にこっそり抜け出して来たのは二人っきりで話をするため。
そしてこんな森の奥まで来たのは、誰にも話を聞かれない為であった。
屋敷の外では耳のいい善逸に聞かれてしまう危険がある。
警戒するに越したことはないのだ。


「それでお兄ちゃん、話って何?」

「……炭治郎が鬼舞辻無惨と接触した。」

「――え……」 


その言葉に息を呑む小羽。
それもその筈、鬼舞辻と接触して生きて帰ってきた鬼殺隊の隊士は今まで誰もいなかったからだ。
だから柱ですら鬼舞辻の姿を見たものはいないし、奴は鎹鴉も見逃すことなく殺すので、鬼舞辻に関しての情報は全くと言っていい程無いのだ。
だからこれは、本当に異例の事態であった。


「お、お館様には……」

「もう報告してある。長にも。」


清隆は小羽に、鬼舞辻と会ってからのことを事細かに話した。
珠世と愈史郎という二人の鬼に出会ったこと。
その二人の鬼が他の鬼とは明らかに違う存在であり、炭治郎は今後、彼女たちと協力していくこと。
そして、もしかしたら禰豆子を人間に戻せるかもしれないことなどを小羽に話してくれたのだった。


「そう……そんなことが……」

「俺はあの二人の鬼は信じられると思う。炭治郎も信用したし、血を集めることには賛成だ。禰豆子ちゃんとはまた違った感じであの二人の鬼も他の鬼とは違う感じがしたし。」

「お兄ちゃんが信頼できると判断したなら、私もその鬼たちを信じてみるよ。禰豆子ちゃんも今のところは人を襲う危険は無さそうだし、異質な鬼が他にいても不思議じゃない。私も炭治郎くんと禰豆子ちゃんを信じると決めたから、お兄ちゃんと炭治郎くんがそうしたいのなら、応援するし協力するわ。」

「ありがとう。小羽……」


嬉しそうに微笑む兄に、小羽も嬉しい気持ちになる。
もしも本当に鬼を人間に戻す薬が完成すれば、鬼殺隊は大きく変わるだろう。
今まで殺すことでしか鬼を倒すことが出来なかったが、もしかしたら、鬼を人間に戻してやれるという新たな選択肢も生まれるかもしれない。
人を殺すことを楽しむ奴や、望んで鬼になった奴に救いなどは必要ないと思うが、禰豆子のように望まずして鬼になった者がいたとすれば、救ってやりたいとは思うのだ。
禰豆子という異質の鬼と出会い、少しだけ鬼への考え方が穏やかになったと思う。


(――まあ、もっとも私はいつ鬼殺隊として動くことになるかは分からないんだけど……)


鎹雀という役割に不満がないと言えば嘘になる。
けれどその役割の重要性を十分に理解しているから、ちゃんと誇りを持ってやれるのだ。
だけど自分は鎹雀にはとことん向いていないと思う。
鎹一族でありながら、鬼殺隊としても動きたいと思うのは、誰かを助けたいから。そして、鬼への憎悪だ。
その気持ちを抑えられない自分は、いつか役割を放棄してしまう気がするのだ。
そんなことはあってはならないのに……
小羽は微かな不安を抱きつつ、今も迷っていた。

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