第26話「那田蜘蛛山」

「星の呼吸、壱ノ型、流星!」

ザンっ!

「があっ!!」


鬼の頸を刎ねると、刀についた血を振り払うように刀を軽く振るう。
キンっと軽やかな音を立てて、刀を鞘に収めた。


「――今日で一ヶ月になるのか……」


黒姫の報告によると、炭治郎くんたちの怪我はほぼ完治していて、もうすぐ任務に復帰できるそうだ。
今はもう元気に町を探索したり、走り回っているらしい。
それだけ元気になったのならば、私もそろそろ彼等と合流するべきだろう。
鎹雀として、再び動く必要がある。


「私の鬼殺隊としての仕事もまた暫くお休みになるのかな……」


一体いつまでこんな半端な状態が続くのかと、考えずにはいられない。
けれど今はまだ、はっきりと自分の中でも答えが出せないのだ。

鬼殺隊として戦いたいというのは、私の我儘だ。

お館様は私のやりたいようにと仰ってくれているが、長や兄は私が鎹鴉として動くことを望んでいる。
かく言う私もまた、自分が本当はどうしたいのかわからなくなっていた。

両親を殺した鬼を一人でも多く殺して、人を守りたいという、鬼殺隊としてありたいと願う自分。

兄を心配させたくない故に、戦闘から離れて鎹鴉の役割に戻るべきだと考えている自分。

どちらの考えも自分の中でくすぶっていて、未だに悩んではっきりと答えが出せないでいる。


「私って本当、中途半端……」


お兄ちゃんはどう思っているのだろうか。
お館様の命令で私と同じように鎹鴉と鬼殺隊の二重の役割を背負うことになった兄。

迷ってばかりの私と違って、お兄ちゃんはずっと鬼殺隊として戦ってきた。
今は炭治郎くんと禰豆子ちゃんの監視のために鎹鴉をやっているが、いずれはまた鬼殺隊に戻るのだろう。


「私も……早く決めないと……」


昇り始めた朝日を見上げながら、小羽はどこか不安げにそう呟いた。



**************



――夜になった。
早朝に炭治郎たちと合流した小羽と清隆は、彼等に緊急の指令を伝えた。

三人共々、那田蜘蛛山へ一刻も早く向かうようにと。

お世話になったひささんにお礼を言い、炭治郎たちはさっそく任務に向かった。
そして今、小羽たちは目的地である那田蜘蛛山付近まで来ていた。


「待ってくれ!!ちょっと待ってくれないか!!」


突然キリッと真剣な表情を浮かべて、善逸が叫んだ。


「怖いんだ!!目的地が近づいてきてとても怖い!!」


一瞬とても真剣な表情を浮かべて呼び止めたから、何を言い出すかと思えば、あまりにも情けないことだった。
善逸は地面に座り込むと、膝を抱えて動かなくなってしまった。
そんな彼を炭治郎は呆れた眼差しで見つめ、清隆は冷ややかな視線を向け、小羽は困ったようにため息をつき、伊之助は被り物のせいで表情はわからないが、引いているようだった。


「何座ってんだこいつ。気持ち悪い奴だな……」

「お前に言われたくねーよ猪頭!!気持ち悪くなんてない!!普通だ!!俺は普通で、お前等が以上だ!!」


善逸が泣きながら叫ぶ。
その時、炭治郎が何かに気付いたように突然顔をしかめた。


「……何だこの匂いは……」

ダッ!!

「炭治郎!?やだ待って!!俺をひとりにしないで!!俺をひとりに!!」


炭治郎は山の方角を険しい表情で睨みつけたかと思えば、突然山に向かって駆け出した。
それに伊之助も無言で続き、置いていかれた善逸も慌てて立ち上がって追い掛ける。

山の入口付近まで来ると、そこには人が倒れていた。
よく見ると、その男は鬼殺隊の隊服を着ていた。


「隊服を着てる!!鬼殺隊員だ!!何かあったんだ!!大丈夫か!!どうした!!」

「たす……助けて……」


炭治郎たちが倒れている隊士に駆け寄ると、その隊士の男の身体が突然宙に浮いた。

――いや、身体が宙に浮いたと言うよりも、まるで何かに引っ張られるように、隊士の身体は山の方へと吸い寄せられる。


「!!?」

「アアアア!!繋がっていた……俺にも!!助けてくれぇぇ!!」

ザザザ!!


隊士の男は、そのまま山の中へと吸い寄せられるように消えていった。

しんと辺りが静まり返る。

あまりにも突然目の前で起きた出来事に、善逸はもちろん、炭治郎や小羽、清隆や伊之助までも言葉を失って青ざめた。

暫しの重い沈黙が続いた後、炭治郎が呟くように言葉を発した。


「………………俺は……行く。」


炭治郎の声は少し震えていた。
その一言はまるで、恐怖に負けそうになっている自分を奮い立たせるかのように言った言葉のようだった。
実際に炭治郎は冷や汗が凄かったし、手も少しばかり震えていた。


「俺が先に行く!!お前はガクガク震えながら後ろをついて来な!!」


そんな炭治郎を押しのけて、伊之助が一歩前に出る。


「腹が減るぜ!!」

「伊之助……」

「腕が鳴るだろ……」


伊之助の強気な態度に、炭治郎は背中を押された。
伊之助にそんな気はないだろうが、なんだか励まされた気持ちになったのだ。


「ヒャッハーー!!行くぜーー!!」

「あっ……」


そして気合十分に山の中へと入っていく伊之助と、そのあとに続いて行く炭治郎。


「カー!(小羽、お前も気をつけろよ!)」

「チュン!(わかってる。お兄ちゃんたちもね!)」


小羽と清隆はそんなやり取りをすると、清隆もまた、炭治郎たちを追って山の中へと飛んで行った。

そして善逸は……たった一人道端に置き去りにされたのである。

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