第39話「夜の訪問者」(小羽視点)

小羽side

善逸くんたちが蝶屋敷で療養を始めて今日で五日が経とうとしていた。
私はというと、その間毎日鍛錬を行い、みんなが寝静まる時間帯を狙って蝶屋敷を訪れるということを日課にして過ごしていた。
まあ、その、つまりは……みんなとはあれから一度も顔を合わせていないということだ。
毎日みんなの様子が気になって蝶屋敷を訪れてはいるものの、しのぶさんに容態を聞いては直接会わずに帰るということのみを繰り返している。

何でお見舞いに行かないかって?
そんなの、気まずいからに決まってる。

特に私は善逸くんを避けていた。
正直、今は会いたくない。
会えば絶対に鎹一族のことは話さないといけないし、そうなると、私が善逸くんを見殺しにしたことも話さなければならなくなる訳で……言える訳がない。

善逸くんにちゃんと話すと約束しておきながら、私は現状、それが嫌で逃げていた。
善逸くんに合わせる顔がなくて避けていたら、いつの間にか五日も経ってしまい、時間が経つにつれて気持ちが落ち着くどころか、余計に気まずくなって、会いに行けなくなるという悪循環を繰り返す。


「はぁ〜〜、どうしたらいいんだろ……」


盛大にため息をつく。
どうすればいいかなんて決まってる。善逸くんに会って、正直に話して謝る。
土下座でも何でもして赦しを請えば、優しい善逸くんはきっと笑って赦してくれるだろう。あの子はそういう子だから。
だけど、それを分かっていて善逸くんの優しさに甘えて赦されてしまうのも、なんだか良くないと思ってしまうのだ。
そして私は今日も覚悟ができずにみんなが寝静まった時間帯を狙って蝶屋敷を訪れる。




*************




「皆さん、寂しがっていましたよ。」

「――へ?」


帰り際にしのぶさんにそんなことを言われた。
何のことか分からなくて、きょとりと目を丸くして間抜けな声を出してしまった。
しのぶさんはいつもと変わらない綺麗な笑みを浮かべて言葉を続けた。


「――今日も、会っていかないんですか?」

「……会いたいんですけど、まだその覚悟ができないんです。」

「……小羽。貴女が何に悩んでいるのかは分かりませんけど、今日は様子だけでも見に行ったら?皆さんもう寝てるでしょうから……ね?」

「……そう ……ですね。」


しのぶさんの提案に少し躊躇いがあったが、ずっと会っていないみんなの様子が気になっていたので、こっそりと病室を覗くだけならいいかな?と軽い気持ちで頷いてしまった。




**************




カタリと小さな音を立てて戸を開く。
足音を殺して部屋の中に足を踏み入れると、四人がぐっすりと眠っているのが目に入った。
そのことにホッと一息つくと、足音だけでなく息をも殺して完全に気配を消した。
昔、元忍だという音柱の宇髄さんから教わったやり方をこんな形で活かすことになろうとは……
お兄ちゃん、炭治郎くん、伊之助の眠るベッドに近づくと、三人ともぐっすりと気持ちよさそうに眠っていて、元気そうな様子にホッとする。
大怪我をしていた割に、元気そうでちょっと安心した。


(――後は……)


ちらりと部屋の一番隅っこで眠る善逸くんのベッドに目を向けると、すっぽりと頭まで被った布団の間から、色鮮やかな金髪がちらりと見えた。
まっすぐに彼の眠るベッドに近付けば、スヤスヤと規則正しい呼吸が聞こえた。
蜘蛛の毒のせいで少し小さくなった彼の身体をじっと見つめる。

――善逸くんには、本当に申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
蜘蛛の毒は苦しかっただろう。痛かっただろう。
それでも彼は最後まで諦めずに戦って……生き残ってくれた。


(ありがとう。そして……ごめんなさい。)


今はやっぱり気まずくて、まだ会えそうにない。
帰ろう。そう思って、踵を返した。


「――待って!!」

「!」


踵を返して一歩足を踏み出した途端、羽織の裾を掴まれた。
誰かなんて決まってる。


「――ぜん……いつ、くん……っ」


――驚いた。本当に驚いた。
てっきり今日もいつもみたいにぐっすりと眠っていると思っていたから、完全に油断していた。
予想だにしていなかった事態に、私の心はどうしたらいいのか分からなくなって、ひどく動揺してしまう。
そんな私の心を他所に、善逸くんは真っ直ぐな瞳で私を見て名を呼んだ。


「……小羽ちゃん。」

「……最初から、起きてた?」


あまりにもタイミング良く起き上がったものだから、私の気配に気付いて起きたとは考えにくい。
きっと最初から寝たふりをしていたんだろう。


『……小羽。貴女が何に悩んでいるのかは分かりませんけど、今日は様子だけでも見に行ったら?皆さんもう寝てるでしょうから……ね?』


ふと、しのぶさんの言葉が脳裏に過ぎる。


「ああ……だからしのぶさんは……やられた……」


まんまと嵌められた。
全部しのぶさんの思惑通りだったのか。
しのぶさんが善逸くんに悪知恵を教えたのか、善逸くんが企んだのかは分からないが、どうやら前々から仕組まれていたことだったらしい。
しのぶさんが私に様子を見に行くように病室に行くことを促したのも、そしてそんな日に限って善逸くんが寝たふりをしていたのも、全部逃げる私を捕まえる為の計画だったのか。


「……ハア……」


思わず自然と深いため息が出た。
項垂れると、善逸くんが羽織を握る手に力を込めたのが見えた。


「……とりあえず、手を離してくれない?」

「嫌だ。」


手を離してくれる所か、より一層羽織を握る手に力を込められてしまった。
ぎゅうっと強く握られているせいで、着物にシワが寄った。
それを見て、スっと目を細めた。

ああ、これは……私が逃げようとしているのバレてるな。
今手を離したら、私が逃げるって警戒してる。

音でバレた?
やっぱり善逸くんの耳の良さは少し厄介だなぁ〜、こういう時、困る。
だって、何を言えばいいの?

ずっと隠していて、黙っていてごめん?
見殺しにしようとしていました?

何を言っても、善逸くんを傷つける。
まだ話せる覚悟なんて、全然できてない。怖い。
善逸くんに嫌われるのが、恨まれてしまうのが……すごく怖いの。

黙り込んだまま動けずにいると、善逸くんの瞳がうるうると潤んでいって、涙目になった。

――やばい。
サッと青ざめた。
善逸くんとずっと一緒にいたから、彼が次に何をしようとしているのか容易に予想できてしまって、私はすぐに動いていた。
泣く。絶対泣く。

今が夜中だとか、炭治郎くんたちが寝ているとか、きっと今の善逸くんは考えていない。
絶対に心のままに大声で泣き叫ぶ。
それはまずい。ひじょーーにまずい。
善逸くんが口を開こうとした瞬間に、両手で彼の口を咄嗟に塞いだ。


「小羽……もがっ!!」

「しー!静かにして!」


小声でそう言いながら、キョロキョロと周囲に目を向けるが、誰も起きていないようでホッとした。
しかしこのままにもできない。
ああ、結局は向き合わなければならないのか……

私は諦めて覚悟を決めることにした。
そうなれば此処から離れなければ。
覚悟を決めてからの行動は早かった。


「――ごめんね、善逸くん。」

「……へ?」


私は善逸くんの体を軽々と抱き上げた。
いわゆる横抱き。姫抱きとも呼ばれる抱き方で。
善逸くんは何が起こったのか理解できていない様子で、目をぱちくりとさせて私にされるがままに大人しく抱っこされていた。
静かなうちにさっさと人気のないところに移動することにする。
途中、善逸くんが恥ずかしそうに耳まで真っ赤になった顔を両手で覆ってなにやら嘆いていたが、私は触れないでおこうと思う。

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