第41話「雀の涙」

「――え?小羽ちゃんが俺を見殺しにって……どういうこと?意味がわかんないんだけど……」


善逸くんがひどく困惑した表情で私を見つめてくる。
それに私は、やっぱり気づいてなかったのかと小さくため息をついた。
本当は、このまま誤魔化してしまいたいと言う気持ちもあった。
何もなかったかのように振舞って、今までのように接してなあなあにしてしまおうかとも思っていた。
けれどそんなことはやっぱりしたくなかったし、してはいけないと思う。
何よりも、そんなのは私自身が許せなかった。
だから、ちゃんと話そう。
私は善逸くんの目を真っ直ぐに見つめながら口を開いた。


「――善逸くんは、もしも私があの蜘蛛の鬼との戦いで私も一緒に戦っていたら、そんな重症にはならなかったとか……考えなかったの?
あの時私は君の傍にいたから、一緒に戦ってあげることはできたんだよ。でも……私はそれをしなかった。」

「でもそれは、何かそうしなきゃいけない理由があったんでしょ?」

「……どうしてそう思うの?単に死ぬのが怖くて見捨てただけかもしれないよ。」


なるべく感情を悟られないように平静を装おうと、淡々とした表情と口調になるようにそう言ってみた。
けれど善逸くんは全部分かってるみたいな落ち着いた様子で私に言うんだ。


「小羽ちゃんはそんな子じゃないよ。本当に俺を見殺しにしようとしていたのなら、そんな自分を責めるみたいな音させない。」

「ただの罪悪感かもしれないでしょ?」

「確かに罪悪感を感じてる音がするけど、でも小羽ちゃんは自分の命惜しさに誰かを見捨てるような子じゃないよ。」


どこまでも自分を信じようとする善逸に、小羽は苦しいくらいに胸が締め付けられた。


「……違うよ善逸くん。私は、君の命よりも鎹鴉としての役割を優先したんだよ。私はその判断をしたことを間違ってるとは思わないし、後悔は……少ししてるけど、あの時自分のやるべき事をしたと思ってる。」

「鎹鴉の役割って?」

「伝達と情報収集。鎹鴉はね、どんなことがあっても情報を本部に持ち帰ることが第一優先なの。だから私とお兄ちゃんは鎹鴉として動く時には絶対に戦闘行為をしてはならないときつく言われてた。
例え誰かの命を見捨てることになっても、生きて情報を本部に届けることを優先するように指示されてるの。だから私はあの時、自分が毒にやられることを恐れて、善逸くんが苦戦してるのが分かってたのに、手を貸さなかった。……善逸くんを、見殺しにしようとしたの。君の命よりも、役割を優先したから。」

「…………」

「……幻滅した ?」


善逸くんの中での私がどんな風に美化されているのかは分からないけれど、私が善逸くんの命よりも役割を優先したのは事実であり、その為に必要なら見殺しにだってした。
そうはっきりと説明すると、善逸くんは黙り込んでしまった。
俯いていて表情は分からないけれど、きっと私に対しての想いは最悪なものになっただろう。

そうだよね。私はそれだけ君に対して酷いことをしたから。
善逸くんからどんな罵倒や恨みつらみの言葉を言われたとしてもしょうがない。
必要なら殴られることだって甘んじて受け入れよう。

そう思って善逸が口を開くのを静かに待つ。
少しの沈黙の後、善逸が顔を上げた。
涙や鼻水でグチャグチャになった顔じゃなくて、普段見ないような真剣な顔。
真っ直ぐに小羽の目を見つめてくる善逸に、小羽は逸らすことなくその視線を受け止めた。


「……小羽ちゃんは、やっぱり可愛いねぇ。」

「……はい?」


善逸はふにゃりと締まりのない笑顔で笑うとそう言った。
あまりにも予想外な斜め上の発言に、小羽の目が点になる。
けれど善逸はそんなこと気にしないで言葉を続けた。


「可愛いし、優しいし、天女様かな?」

「ぜっ、善逸くん?私の話聞いてる?」


何を言ってるんだ?と言いたげに戸惑う小羽。
そんな小羽に善逸はふわりと優しく微笑むのだ。


「聞いてるよ。小羽ちゃんの声はいつだってちゃんと聞いてる。聴き逃したくないしね。」

「私、善逸くんを見殺しにしようとしたんだよ。怒らないの?恨まないの?」

「何で?」

「だって……酷いことしたんだよ。それに、雀に化ける人間なんて気持ち悪いでしょ!?怖いでしょ!?」


小羽の脳裏に過ぎるのは、化け物と罵る人々の記憶。鎹一族の秘密を公にしない理由の一つは、彼等が持つその特殊な能力故に、昔から人々から迫害されてきた歴史があったからだ。
それに、小羽自身もそのことで過去になじられたことがあった。


「はぁぁっ!!?小羽ちゃんが気持ち悪いなんてあるわけないでしょ!!雀になるくらいなにさ!!可愛いじゃない雀!!小鳥みたいに可憐な小羽ちゃんらしくて!!それにこれからもずっと小羽ちゃんと任務で一緒にいられるって事でしょ!?最高じゃない!!うわーー!!幸せ!!幸せすぎて死にそう!!……それにさ、小羽ちゃんは俺を助けてくれたじゃない。毒におかされて動けなくなった俺を助けるために、しのぶさんを呼んで来てくれたし、俺の為に泣いてくれた。」

「そ……そんなの当たり前だよ!だって善逸くんに死んでほしくないもの!善逸くんが死んだらどうしようって、本当に怖くて……」

「ほら、やっぱり小羽ちゃんは優しい。」


にっこりとなんてことのないように微笑む善逸に、小羽は思わず押し黙る。


「小羽ちゃんは俺を見捨てなかった。俺を助けるために必死になってくれた。そんな君に、感謝はしても怒ったり恨んだりなんてしないよ。」

「…っ」

「ありがとう、小羽ちゃん。」


善逸のどこまでも優しい心に、その言葉に、小羽の頬に一筋の涙がつたった。
それをきっかけに、小羽の目からポロポロと涙が零れ落ちた。
突然泣き出した小羽に、善逸はぎょっとする。


「えっ、えええええ!!こ、小羽ちゃん!?どうして泣くの!?俺何かした!?何かしちゃった!?」

「…っ、善逸くんが……」

「ああああっ!!やっぱり俺!?俺なの!?ごめん!!ごめんねぇ!!」

「ちがっ!善逸くんが……優しすぎるから……」

「え?」

「ごめん……ごめんねぇ!!」

「わあぁぁぁあっっ!!泣かないでぇぇ!!」


自分の手で何度も何度も涙を拭うが、止めどなく溢れてくる涙に小羽はぐすぐすと泣き崩れる。
善逸はオロオロしながらも自分の服の袖で何度も涙を拭ってくれた。


「小羽ちゃんはさ、自分の役割を全うしようとしただけで、俺を見殺しになんてしてないよ。だってずっと俺を心配してくれてたし、助けようと必死になってくれた。それだけで充分だから、だからもう自分を責めるのはやめてよ。」

「で、でも、お兄ちゃんは伊之助や炭治郎くんを助けるために刀を取ったよ。みんなを助けるために、戦った。それなのに私は……」

「清隆がしたことも間違ってないし、きっとこういう事に正解なんてないんだと思う。だってさ、もしも小羽ちゃんが俺と一緒に戦って、小羽ちゃんまで毒にやられてたら、助けなんて呼びに行けなかった。そしたら俺たち蜘蛛になってたよきっと。だから、小羽ちゃんはもう気にしないでよ。俺も気にしてないから……俺は、小羽ちゃんには笑ってて欲しい。だから……お願いだよ。」

「……っ、ありがとう、善逸くん。」

「うん。やっぱり小羽ちゃんは笑ってる方がいいよ。可愛い。」


そんなことを言う善逸くんの言葉に応えるように、へにゃりと笑ってみたけれど、泣き笑いみたいな情けない笑顔になってしまった。
それでも、善逸くんは穏やかに笑ってくれたんだ。

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