第42話「過去語り」

「――そっか。お偉いさんの命令で鎹鴉と鬼殺隊を同時にやることになったんだ。」

「うん、まあ……最終的には自分で納得してやってるんだけどね。」


あれから善逸には、小羽が何故鬼殺隊と鎹鴉の役割を二重に行うことになったのかなどの経緯を話した。


「前に……私が鬼殺隊になったのは家族を鬼に殺されたからって話したの覚える?」

「うん、勿論。」

「私の家族を殺したのは、十二鬼月だったんだ。」

「えっ。 」

「十二鬼月と言っても、下弦の弐だったんだけど……あっ、その鬼は義勇兄さん……今の柱の一人で私の兄弟子にあたる人が倒してくれたよ。
だから多分、今は別の鬼が新たな下弦の弐に在籍してると思う。
私のお父さんは元水柱でね、お母さんはお父さんの鎹鴉だったの。だけどお父さんは過去に上限の鬼との戦いで両足に右手を失ってて、とても戦える状態じゃなかった。
だからあの日、私たちはろくな対抗もできずに鬼に襲われた。」

「小羽ちゃん……」


小羽ちゃんの音が、さざ波を立てるように少しずつ荒ぶっていく。
表情は落ち着いているし、口調も淡々としているけれど、音はすごく痛々しくて、苦しそうでとても悲しい音だった。
心の中で小羽ちゃんが泣いているようで、俺はもう聞いていられなかった。


「……小羽ちゃん、もういいよ。辛いなら無理に話さなくても……」

「ううん、大丈夫。善逸くんにはちゃんと話しておきたいんだ。」

「……でも、すごく悲しい音がしてる。」

「……うん。思い出すと、すごく心が痛いし、苦しいよ。」

「だったら……」

「でも、最後まで話させて。」


小羽ちゃんはまっすぐに俺を見てそう言った。
だから、俺は黙って小羽ちゃんの言葉に耳を傾けた。


「私たちを守ろうとしたお父さんが殺されて、お母さんが殺されて、私を庇ったお兄ちゃんが鬼の爪に引き裂かれるのを、私はただ見ていることしかできなかった。私自身も鬼に背中をざっくりと爪で引き裂かれてね、意識が朦朧としてた。」

「だけど、時間が経つにつれて温かったお父さんとお母さんの体が段々冷たくなっていくのを、私は今もしっかりと覚えてるの。あの時、必死に手を伸ばしてお母さんとお父さんの手を握ってたから……」

「お母さんはね、あの時身篭ってたんだ。私とお兄ちゃんには、弟か妹がいたんだよ。
鬼さえ来なければ、もうすぐ産まれてくる筈だった。」

「そう……鬼がいなければ、私たちの家族はきっと今も……」

「……小羽ちゃん、もう……」


小羽ちゃんの音が、悲しみからドス黒い憎しみに包まれた音に変わった。
俺がそう言うと、小羽ちゃんは俺を見ずに話しを続けた。


「善逸くん、私は鬼が嫌いだよ。大っ嫌いだ。禰豆子ちゃんみたいな人を襲わない特殊な鬼は初めてだから、正直に言えばとても複雑な気持ちだけど、でも禰豆子ちゃんは信じてる。今はそう思う。でも……他の鬼は駄目。どうしても許せないの。」

「どうしても、自分の手で殺したかった。だから、鬼殺隊になったの。
勿論、鬼に苦しむ人たちを少しでも助けたいって気持ちはあるけれど、私の理由はただの復讐だよ。」

「家族を殺されてから、お兄ちゃんの元でずっと鎹雀をしていた頃からずっとずっと、鬼が憎くてしょうがなかった。
だけどいくら鬼を斬っても、全然気持ちが安らぐことはないの。喉がカラカラに渇いたみたいにずっとずっと苦しいの。ちっとも、憎しみが消えてくれない。」

「小羽……ちゃん……」


小羽ちゃんの音が、初めて聞くような複雑な音を奏でる。
不協和音みたいな、色んな雑音が混じったような音がしてる。
俺はそんな音聴いていたくなくて、どうしても止めたくて、小羽ちゃんの名を呼んだ。


「でもね。」


やっと俺の目を見た小羽ちゃんは、とても穏やかに笑っていた。
音が、少し変化した。


「炭治郎くんと禰豆子ちゃんに会って、少しだけ考え方が変わってきたの。
鬼だからって理由だけで憎んではいけない気がした。
私と同じように鬼に家族を殺されたのに、鬼に情をかける炭治郎くん。鬼になったのに人を襲わない禰豆子ちゃん。
あの二人を見ていると、そんな気がするの。」

「鬼は相変わらず大っ嫌いだけど、禰豆子ちゃんは私……好きだよ。」


小羽ちゃんはそう言って笑った。
「それにお兄ちゃんの好きな人だしね。」と苦笑しながら、穏やかに微笑んでいた。
小羽ちゃんの音は、いつの間にか柔らかな朝の日差しのように優しい音になっていた。

ああ、良かった。
いつもの小羽ちゃんの音だ。
俺の大好きな小羽ちゃんの音……
なんだか妙に安心してしまって、身体から力が抜ける。


(――あれ?)


突然くらりと目眩がした。
そのまま俺の身体はゆっくりと前に倒れていった。
意識を失う途中で、小羽ちゃんが必死に俺の名を呼んだ気がしたけれど、ぼうっとした意識のせいで答えることができない。
俺はそのまま眠るようにゆっくりと瞼を閉じていった。

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