第47話「最低な善逸」

――次の日――訓練場


「善逸さんは今日から訓練参加ですので、ご説明させていただきますね。」


善逸のみがビクビクと怯えながらも迎えた訓練の日。
今日から初参加となる善逸の為に、アオイが改めて機能回復訓練の内容を説明してくれた。
まずはきよ、なほ、すみの三人の見習い看護師である少女たちが、寝たきりで硬くなった体をほぐし、それからアオイかカナヲを相手にお互いに薬湯をかけ合うという反射訓練。
そして最後に鬼ごっこに例えた全身訓練という、三つの訓練方法だった。
その説明を聞き終えた善逸が、何故かとても険しい表情を浮かべていた。


「すみません、ちょっといいですか?」

「?、何かわからないことでも?」

「いや、ちょっと……来い二人共。」

「?」

「行かねーヨ。」

「いいから来いって言ってんだろうがァァァ!!」

「「!?」」


善逸が不意に立ち上がり、炭治郎と伊之助の二人を連れて何処かに行こうとしていた。
それに炭治郎はきょとりと不思議そうに首を傾げ、伊之助はどかりと座り込んだまま動こうとしない。
そんな二人に善逸が突然キレた。
血管が浮き出るほどブチ切れている善逸に、流石に小羽がギョッと驚いた。


「えっ、ちょっ!?どうしたの善逸くん?」

「あっ、小羽ちゃんは来なくて大丈夫だよぉ〜〜!俺はこのバカ二人にちょぉっと用があるだけだからぁ!」

「でも……」

「行くぞオイ!!来いコラァ!!クソ共が!!ゴミ共が!!」


善逸を心配して小羽が声を掛ければ、善逸は先程までの怒りに満ちた表情をコロッと笑顔に変えて、小羽に笑いかけた。
それでも尚小羽は食い下がるが、善逸はすぐに炭治郎と伊之助を無理やり引き摺るようにして外へと連れ出してしまったのであった。


「なんなんだろう……どうしちゃったのかな。善逸くん。」

「さあ?早く訓練を始めたかったのですが、何かあったんでしょうか?」

「う〜ん?」


そんな会話を残された小羽とアオイがしていた。



*****************



一方、場所は変わって訓練場の外では、炭治郎が何故か正座させられていた。
伊之助は頑なに正座を拒否し、善逸がキレた。


「正座しろ!!正座ァ!!この馬鹿野郎共!!」

「なんダトテメェ……」

ボカン!!


その時、突然善逸が伊之助を殴った。
しかも呼吸を使っての全力パンチなので、それはもう勢いよく伊之助は吹っ飛ばされたのである。


「伊之助ぇーー!!?」

「ぐぅ……」

「なんてことするんだ善逸!!伊之助に謝れ!!」

「ギィイイイイ!!」


あまりにも理不尽な善逸の行動に、炭治郎は怒り、殴られた伊之助もまたキレてジタバタと暴れまくっていた。
普段の善逸であれば絶対にこのような理不尽で意味不明な行動はしないだろう。
だが、今の善逸はおかしくなっていた。


「お前が謝れ!!お前等が詫びれ!!!天国にいたのに地獄にいたような顔してんじゃねぇぇぇぇぇ!!
女の子と毎日キャッキャッキャッキャッしてただけのくせに、何やつれた顔してみせたんだよ!!土下座して謝れよ!!切腹しろ!!」


血走った目でそんなことを大声で叫ぶ善逸。
その会話はもちろん訓練場にいる小羽たちにもばっちり聞こえていた。
彼の声がそれだけ大きすぎて筒抜けなのである。


「……最低ですね。」

「……善逸くん。」


アオイの目が冷ややかなものに変わり、小羽はそっと片手を額に当てて天を仰いだ。


「……小羽、今からでも遅くないぞ。担当変えてもらおう。」

「お兄ちゃんまで……あの、でもね。善逸くんにだって良いところはいっぱいあるんだよ?」


小羽の両肩を掴み、真剣な表情でそう言ってくる清隆に、小羽は苦笑しながらもなんとかフォローしようと口を開いた。


「なんてこと言うんだ!!」

「黙れこの堅物デコ真面目が!!黙って聞け!!いいか!?」


キレて暴走した善逸は、炭治郎でも止めることが出来ないようで、完全に目が血走って眼孔をかっぴらいている彼はとても恐ろしかった。
物凄い勢いで炭治郎に詰め寄り、善逸は炭治郎の髪を一房掴むと、毟り取るんじゃないかという勢いでグイグイと引っ張りながら説教を始めた。
鼻息も荒く、声もただでさえ大きいのに更に大声で叫びまくり、血走って充血した目はギョロリとしていて、いつもの数倍気持ち悪い善逸になっていた。


「女の子に触れるんだぞ!!体揉んでもらえて!!湯飲みで遊んでる時は手を!!鬼ごっこの時は体触れるんだろうがァァァ!!」

「女の子一人につきおっぱい二つ!!お尻二つ!!太もも二つついてんだよ!!
すれ違えばいい匂いするし、見てるだけでも楽しいじゃろがい!!」


そして善逸は炭治郎の掴んでいた髪をついに勢いよく毟り取ると、凄まじい身体能力で高々とジャンプして見せた。
それには炭治郎も伊之助も驚きながらもドン引きした。


「幸せ!!うわあああ幸せ!!」


――嗚呼、これはもうダメだ。

流石にこの発言は宜しくない。善逸くんを庇いきれない。

小羽は等々、両手で頭を抱えて俯いた。
アオイやきよちゃんたちの目が物凄い軽蔑の眼差しに変わるのを見てしまった。
清隆は同じ男としても理解できないのか、信じられないと言いたげな目をして絶句していた。


「……あいつ、何言ってるんだ?頭大丈夫か?」

「お兄ちゃん……」

「小羽。悪いことは言わないから、善逸とは縁を切った方がいいぞ。あんな年中発情期の獣みたいな男の傍にいたら、兄ちゃん心配でしょうがない。」

「えっ。」

「同感ですね。恋人である小羽さんには申し訳ありませんけど、あんなケダモノとお付き合いを続けるのはやめた方がいいと思います。身の危険を感じます。」

「えっ!?ちょっ、待って私は……「断じて小羽は善逸の恋人じゃないぞ!!」


アオイの「恋人」という言葉を小羽が否定するよりも早く、清隆が彼女の言葉を否定した。
相変わらず妹の事になると行動が早い男である。
否定する割にはほんのりと頬を赤らめて慌てていた小羽の態度が引っかかる。
清隆の言葉にアオイは怪訝そうな顔をして小羽を見る。
そんな小羽も同意するように首を縦に頷いた。


「……本当に、恋人ではないんですか?随分と献身的に善逸さんの看病をされていたので、私はてっきり……」

「違う違う!私と善逸くんはそんな関係じゃない!」

「そうだぞアオイ!!小羽があんなケダモノを好きになったりしたら俺が死ぬ!!」

「えっ!?」

「……清隆さんは相変わらずですね。」


シスコンを隠すことなく堂々と曝け出す兄に、小羽は恥ずかしそうに縮こまり、アオイは呆れたように目を細めた。
そして、訓練場でそんな会話がされているとは知らない炭治郎たちはというと……


「わけわかんねぇコト言ってんじゃネーヨ!!自分より体小さい奴に負けると心折れるんダヨ!!」

「やだ可哀想!!伊之助女の子と仲良くしたことないんだろ!!山育ちだもんね!!遅れてる筈だわ!!あー可哀想!!」

カッチーン!!

「はああ"ーーーん!?俺は子供の雌踏んだことあるもんね!!」

「最低だよそれは!!」


こうして、いいのか悪いのか、善逸の参加により士気が上がった。
非常に気合が入ったのである。
一人だけ置いてきぼりにされた炭治郎を除いて。

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