第48話「訓練開始」

「ウフフフフフ」


訓練場に善逸の気持ち悪い笑い声が響き渡る。
善逸はきよたちに体を揉みほぐされる中、どんなに激痛が走っても笑い続けていた。
普段の善逸であればちょっと足の小指をぶつけただけでもすぐに泣き叫びそうなのに、この時の彼は違った。


「あいつ……やる奴だぜ。俺でも涙が出るくらい痛いってのに、笑ってやがる。」

「……いや、単にあいつが馬鹿で女好きなだけだろ?」


珍しく伊之助が善逸を認めたのに対して、清隆は冷ややかな眼差しを善逸に向けてそう言った。
それに炭治郎と小羽はなんとも言えない微妙な表情を浮かべるしかなかった。

善逸の暴走はまだ続く。
その後の薬湯ぶっかけ反射訓練ではアオイに見事勝ち。


「俺は女の子にお茶をぶっかけたりしないぜ。」


キリリとした顔でそう言って、カッコつけて見せた。
しかし、裏で話していたことは声が大きすぎて筒抜けだったのもあり、アオイたち女性陣の目は厳しかった。
更に、全身訓練の鬼ごっこでも善逸は勝ち星を上げた。
元々ずば抜けて瞬発力のある彼は、容易くアオイを捕まえることができた。
けれどあのセクハラ発言のせいもあり、アオイの体に抱きついた善逸が、アオイにタコ殴りにされたのは致し方ないことだろう。
そうして負けず嫌いの伊之助もまた、善逸に続くようにして反射訓練、全身訓練でアオイに勝った。
炭治郎だけがアオイに勝つことができずにいたのである。
しかし、善逸と伊之助が順調だったのはここまでであった。
栗花落カナヲ。蟲柱、胡蝶しのぶの継子である。
彼女には誰も勝てない。
誰も彼女の湯呑みを押さえることができないし、捕まえることができない。
炭治郎たちと同期でありながら、彼女と炭治郎たちには明らかに実力差があったのである。


「紋逸が来ても、結局俺たちはずぶ濡れで一日を終えたな。」

「改名しようかな。もう紋逸にさ……」


今日の分の訓練を終えた炭治郎たちは、カナヲに薬湯をかけられたせいでずぶ濡れになりながら廊下を歩いていた。
自分と同じ同期であり、小柄な女の子のカナヲに圧倒的実力差で完敗したのもあって、三人共しょんぼりと肩を落として落ち込んでいた。


「同じ時に隊員になった筈なのに、この差はどういうことなんだろう。」

「俺に聞いて何か答えが出ると思ってるなら、お前は愚かだぜ。」

「……」


真顔でそんな情けないことを言う善逸に、炭治郎は無言になる。


「そりゃあそうだろう。」

「カナヲは炭治郎くんたちよりもずっと前から修業してるからね。」

「二人はあの子のことを知ってるのか?」


清隆と小羽の言葉から、随分と少女と親しいことが伺えた。
炭治郎は素直に疑問に思ったことを口にする。


「ああ、俺たちって鎹一族だろ、母さんの代から柱の鎹鴉を育てる機会が多くてさ、現水柱である義勇兄さんの鴉は母さんが育てたし、しのぶさんや霞柱の鴉も俺と小羽が育てたんだ。勿論カナヲの鴉もな!そんな訳で柱とは俺等が小さいガキの頃からの知り合いでさ、昔からしのぶさんとも仲良くさせてもらってるんだわ。」

「カナヲはね、3、4年くらい前だったかな?正確な年は忘れちゃったけど、しのぶさんとカナエさんが連れて来た子なんだ。それくらい前からずっと修業してるから、炭治郎くんたちよりも実力差があるのはしょうがないよ。」

「そうだったのか……そういえばカナエさんて誰だ?」

「カナエさんは……しのぶさんのお姉さん。元花柱で、もう亡くなってる。」

「えっ」


小羽の言葉に炭治郎が息を呑む。
おそらくは何か察したのだろう。顔が強ばっていた。


「それは……もしかして鬼との?」

「ああ、十二鬼月との戦闘でな。」


小羽の代わりに清隆が答えると、炭治郎は少ししょんぼりと顔を俯けて、「そうか」とだけ呟いた。


「……まっ、三人共そう落ち込まないで。何度も挑めば何か感覚を掴めるだろうし、努力あるのみだよ!」


小羽がしんみりしてしまった空気を変えるように敢えて明るくそう言えば、炭治郎はすぐに気を持ち直して、「ああ、がんばるさ!努力することは得意なんだ。なんてったって長男だからな!」と気合十分に答えた。
拳を握りしめてやる気十分な炭治郎とは対照的に、善逸と伊之助はなんだかげっそりとしていて、しょんぼりと落ち込んだままであった。


――それから五日間、三人はカナヲに挑んでは負け続ける日々が続いた。
三人の中で一番遅れていた炭治郎は何とかアオイには勝てるようになったものの、やはりカナヲには全く歯が立たず、アオイには余裕で勝てた善逸は勿論、伊之助もカナヲの髪の毛一本すら触れられなかったのである。
負け慣れていない伊之助は不貞腐れてへそを曲げた。
努力することが嫌いな善逸もまた、早々と諦める態勢に入る。
彼曰く、「俺にしてはよくやった」だそうで、諦めた彼は訓練そっちのけで遊びに出かけて行った。
そして翌日から二人は訓練場に来なくなったのである。

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