第51話「告白」(善逸視点)

善逸side

目隠しをした状態の小羽ちゃんを姫抱きしたまま、蝶屋敷の近くの裏山にある、とある場所を目指して歩いて行く。


「小羽ちゃん、もうすぐ着くからね。」

「……あのね、善逸くん。」

「うん?」

「私はいつまでこのままなのかな?」


どこか疲れた様にそう言った小羽ちゃんの言葉に、俺は「もちろん目的地に着くまでだよ」と当たり前のように答える。
早く小羽ちゃんにあの花畑を見せてあげたいな。
小羽ちゃんはどんな表情をするだろう。びっくりするかな。喜んでくれるかな。
笑顔を浮かべて喜んでくれる小羽ちゃんを想像して、気持ちがウキウキしてくる。
自然と目的地を目指す足取りも軽やかになっていく。
小羽ちゃんは最後まで目隠しをすることを渋っていたし、目隠しをした後も自力で歩いて行こうとしていた。
彼女からは恥ずかしがっている感情の音がずっとしていた。
だけど俺もそこは頑なに譲れなかったので、最後まで俺が抱っこして運ぶと言って我儘を通した。
歩いている途中で、小羽ちゃんが諦めたように小さくため息をついていたけれど、浮かれていた俺はあまり気にしなかった。


「……はあ」


また小羽ちゃんがため息をつく。


「小羽ちゃん疲れた?本当にもうすぐ着くからね!」


俺がそう言って声をかけると、小羽ちゃんが小さく頷く。
小羽ちゃんからは少し疲れたような音と恥ずかしそうな音。そして微かに怖がっている音がした。
恥ずかしがっているのはなんとなくこの状況が原因だろうなと分かっている。
俺も流石に目隠しした女の子を連れて歩くのを他の人に見られるのは嫌だったし、だから人の気配を避けて歩いてきた。
だけど何故小羽ちゃんから恐怖の音がするのかは分からない。
何処に連れて行こうとしているのか分からなくて怖いのだろうか?
俺は不安そうにしている小羽ちゃんを心配しつつ、先を急ごうと心に決めた。


「――着いたよ。」


ようやく目的地に着いたので、小羽ちゃんにそう声を掛けて彼女をそっと地面に降ろしてあげた。
すると途端に彼女から聴こえていた微かな恐怖の音は消え去り、安堵の音が聞こえてきた。
その事に俺はほっと安心したように息を吐くと、目隠しも外した。
すると急に視界が明るくなったからか、小羽ちゃんが眩しそうに目を細めた。
小羽ちゃんの視界が光に慣れた頃、彼女は目の前に広がる花畑を前に、息を飲んだのが分かった。
目を大きく見開いまま、目の前の美しい花畑をじっと見つめて固まる小羽ちゃん。


「――きれい。」


やがてそう、うっとりとした表情で呟いた。
目の前の花畑を前に、瞳をキラキラと輝かせる小羽ちゃんを見て、やっぱり連れて来て良かったと思った。
小羽ちゃんの鼓動もいつもより嬉しそうに弾んでいる。
小羽ちゃんが嬉しそうだと、俺も嬉しくなる。
小羽ちゃんが幸せだと、俺も幸せな気持ちになれる。
俺は小羽ちゃんの音が好きだ。人とも鬼とも少し違う独特の音。それは清隆も同じで、でも小羽ちゃんだけが発する小鳥が囀るみたいな可愛らしい声も、鈴を転がしたようか澄んだ音も、陽だまりのような包み込んでくれる優しい音が俺は何よりも大好きだ。
花畑をじっと見つめるキラキラと輝く薄紫色の瞳も綺麗だし、藍色の混じった艶やかな黒髪も好き。
一度好きだと、特別だと自覚したら、小羽ちゃんの全部が大好きになった。
俺が花畑に見とれている小羽ちゃんに見惚れていると、彼女が笑顔でこちらを見た。


「すごい……裏山にこんな所があったんだ。」

「すごいでしょ?訓練をサボっている時に偶然見つけたんだ。ここを見つけた時、絶対に小羽ちゃんを連れて来たいって思ったんだ。」


少し興奮した様子で話す小羽ちゃんが可愛らしくて、喜んでくれたのが嬉しくて、俺はにこにこと上機嫌に笑顔を浮かべて正直に話した。
後になって余計なことをまで喋ったと後悔したけど、小羽ちゃんに訓練をサボっていたことはもうバレてしまっているので隠しても無駄だった。


「そう、なんだ……ん?サボってって……まあいいけど……」


案の定微妙な表情を浮かべた小羽ちゃん。
でも結構あっさりと流してくれたので、ほっとした。
それから少しの間花畑を見ていた小羽ちゃんが突然俺を振り返った。


「ありがとう、善逸くん。」

「あっ……えっと……えへへ。」


満面の、それはそれは可愛らしい笑顔を浮かべて俺にお礼を言ってくれた。
そのあまりの笑顔の可愛さに緊張して、体がピンと強ばった。
背筋を伸ばして固まる俺の顔が熱くなるのが分かった。
きっと赤くなっているであろう顔をにへらと情けなく破顔させて、俺は照れくさい気持ちを誤魔化すように笑った。
俺の笑顔が可笑しかったのか、小羽ちゃんはクスクスと口元に手を当てて笑い出す。
女の子らしく可愛らしい仕草と、やっぱりすごくすごく可愛い笑顔に、俺はますます体が熱くなっていく。
なんだかものすごく気恥しくなって、俺は慌てて口を開いた。


「あっ、あのさ!白詰草で花の輪っか作ってあげるよ!俺、本当にうまいの作れるんだ!」

「花の……輪っか?」


こてんっと、首を傾げて不思議そうな顔をする小羽ちゃん。
くっそう。そういう仕草も可愛いなぁ!


「花で輪っかなんて作れるの?どうやって?」

「あっ、えっと……ちょっと待ってて!」


不思議そうに首を傾げたまま問いかける小羽ちゃんに、説明するよりも実際に見せた方が早いだろうと思い立って、花の輪っかを作るためにしゃがみ込む。
待たせたらいけないと、いそいそと花を摘み始めた。
その様子を横からひょっこりと顔を覗かせて見てくる小羽ちゃん。
小羽ちゃんは気にしてないみたいだけど、その距離の近さに俺はめちゃくちゃドキドキしてます。
小羽ちゃんの息遣いが耳によく聴こえるから、妙に意識してしまって、変に緊張してしまう。
いつもよりもだいぶモタモタと手こずりながら摘んだ白詰草を編んでいく。
花の茎と茎を丁寧に編み込んで、徐々に出来上がっていく輪っか。
すると隣にいる小羽ちゃんが感心したように、ほうっと息を吐いた。


「こうやって花を編んでいって、輪っかにするんだ。」

「へぇ〜すごい。善逸くんって手先が器用なんだね。」

「いやぁ〜、まあね!俺、弱いし泣き虫だし、何もいいとこないけど、これだけは昔から得意なんだ。」

「善逸くん。自分をそんな風に卑下しないで?私は善逸くんの良いところ、いっぱい知ってるよ。」

「えっ。」


ちょお!待って!今なんて言った?
小羽ちゃん今なんて言った!?


「それで、その輪っかはどうするの?」


小羽ちゃんの衝撃的な言葉に一瞬手を止めて顔を上げた俺であったが、小羽ちゃんはさして深い意味はなかったのか、すぐに話題を花の輪っかに戻してきた。


ちょお!待って小羽ちゃん!その話もっと詳しく!ぜひ詳しく聞かせて欲しい!!


なんて、俺の心は小羽ちゃんに先程の発言について問いただしたくて仕方なかったが、彼女の問いかけに思考を戻して、慌てて説明する。


「えっと……小羽ちゃんはこういう遊びしたことないの?」

「うん。というか、同年代の子と遊んだこと自体ないかな。子供の頃から鎹一族としての修業ばかりしてて、遊ぶ暇なんてなかったし、両親が亡くなってからは鬼殺隊になる為の修業に明け暮れて、その後はずっとお兄ちゃんの鎹雀として働いてたし……だから遊びってよく知らないかな。花札とかおはじき?は知ってるけどやったことはないし。」

「えっ……そ、そうなんだ?」


小羽ちゃんの言葉にどう返したらいいのか分からずに、俺は言葉を詰まらせる。


そっか、小羽ちゃんも友達いなかったのかな。
……俺にもいなかったな。
俺みたいな捨て子を相手にしてくれる大人なんていなかったし、大人に見捨てられるような子供と遊んでくれる子供もいない。
虐めてくる糞ガキ共ならいたけどな。
だからこの歳になるまで、炭治郎たちと出会うまで、誰かと遊んだことなんてなかった。


俺は何か言わなくてはと、まごまごと手を動かして花輪作りを再開しながら口を開く。


「俺も……さ、ずっと友達なんていなかったから、遊んだことあんまりないんだ。この花輪作りだって、女の子達がやってたのを見て一人で覚えたし。」

「そうなの?」

「うん。花輪ってさ、色々あるんだ。冠だったり、首輪だったり、指輪だったりね。はいこれ。」


そう言って俺は小羽ちゃんの頭にさっそくできあがった花の冠を乗せてあげた。
俺の行動に小羽ちゃんが驚いたように見開く。


「――えっ。」

「うん。やっぱりすごく似合う。……綺麗だなぁ」

「……っ」


ほうっと息を吐き出すように言葉が出た。
見惚れるあまり、うっとりとした目で小羽ちゃんを見ていたと思う。
太陽の光の下で笑う小羽ちゃんは本当に綺麗で、俺があげた花冠がすごく似合ってた。
ああ、本当に小羽ちゃんは可愛いな。
可愛い上に綺麗ってずるくない?
天から舞い降りてきた天女かな?
俺、小羽ちゃんを好きになってからもうずっとドキドキしっぱなしで、好きすぎて死んじゃいそうだよ。
そんな気持ちで小羽ちゃんをじっと見ていたら、小羽ちゃんと目が合った。
ドクンッと小羽ちゃんの心臓が跳ねた音がした。
お互いになんとなく目が逸らせないまま、じっと見つめ合う。
小羽ちゃんの顔は耳まで真っ赤になっていて、それが俺はとても嬉しかった。
小羽ちゃんの心臓の鼓動がどんどん速くなっていく。
俺の鼓動ももう尋常じゃないくらい速音を奏でていて、どっちの心臓の音が分からないくらいだった。


(――ねぇ、小羽ちゃん。そんな音させてたら俺……勘違いしそうになるよ。)


じっと見つめ合ったままでいると、小羽ちゃんがなんだか誤魔化すように慌てて口を開く。


「あっ、えっと……これ、貰っていいの?」

「勿論だよ!だって小羽ちゃんのために作ったんだから!」


にっこりと少しわざとらしく微笑んでみる。
けれど小羽ちゃんはそれには気付かずに嬉しそうにはにかんだ。
小羽ちゃんを想って、小羽ちゃんの為だけに編んだ花冠。それは本当だけどさ、そんな嬉しそうな顔しないでよ。
本当に勘違いしちゃうよ?本当に、俺、小羽ちゃんのこと好きだから。


「私の……ため?」

「うん!小羽ちゃんのことを想って編んだんだ!」

「そっ、そっか……ありがとう。」


頭に被せられた花の冠に小羽ちゃんが愛おしげに触れる。
ドクンドクンと、嬉しげな音をさせて。
その音の中に、幸せそうな音と、そして……好意を持った音が混じっていたのを、俺は聞き逃さなかった。
頬を赤く染めて、嬉しそうに微笑む小羽ちゃんから、恋の音がする。

その音を向ける相手は誰?もしかして、俺だったりするの?

だったらとても嬉しい。俺、女の子が大好きだから、ずっと一方的に気持ちをぶつけるばかりで、誰からも愛されたことなんてなかったから。
俺に恋の音を向けてくれる女の子は今まで一人もいなかった。
もし、もしも………大好きな小羽ちゃんが、俺のことを想ってくれてたら?
幸せすぎて本当に死んでしまうかもしれない。

小羽ちゃんの本音を確かめるのがとても怖い。
でも、ずっと聴こえるこの愛おしく心地の良い恋の音が誰に向けられているのかも知りたい。
小羽ちゃんが、俺を好きになってくれたらいいのに……


「――小羽ちゃん。」

「えっ、何? 」


名前を呼んだら、小羽ちゃんが俯いていた顔を上げて俺の方を見た。
すると小羽ちゃんとまた目が合った。
ドクンッと、また小羽ちゃんの心臓が大きく跳ねる。

――ああ、この音好きだなぁ。

聞こえ続ける恋の音に、うっとりと耳を傾ける。
目を細めて小羽ちゃんに微笑めば、小羽ちゃんの顔は耳まで真っ赤に染った。
その表情を見て、俺は決意を固めた。
男になれ、我妻善逸。告白するなら今しかない。
ゴクリと喉を鳴らして唾を飲み込む。緊張で喉はカラカラだったけど、今はそんなこと気にしてられなかった。


「――俺ね。すっげぇ弱いの。雷の呼吸だって壱の型しか使えないし、すぐ泣くし、情けないし。でもさ……」


そう言って小羽ちゃんの手をそっと取る。
小羽ちゃんの手は、毎日刀を握っているからか、刀だこまみれでがさついていて、硬く、荒れていた。
街の女の子みたいに手荒れひとつなくて、柔らかい手なんかじゃ決してない。
だけど細くて、小さくて、ちゃんと女の子の手だ。
こんな小さな手で、いつも誰かを守るために刀を振るってる。
小羽ちゃんは本当にすごい女の子だ。
俺なんて鬼が怖くて、任務の度に毎回泣いてばかりで、本当に情けない。
そう思いながら、小羽ちゃんの手をぎゅっと包み込みながら、小羽ちゃんの目をじっと覗き込む。


「俺……小羽ちゃんを守るよ。誰よりも大切で、大好きな君のことを、俺が守りたい。
小羽ちゃんが好きです。大好きです。俺に……小羽ちゃんの傍にいる権利をください。」


――言った!ついに言ったぞ!
多分俺の顔は今、尋常じゃないくらい耳まで真っ赤になっていて、情けない顔をしているだろう。
最後の最後まで、肝心な時までダメダメで泣きそうになるけど、今は泣かない。
小羽ちゃんに、ちゃんと自分の気持ちが伝わるまでは。
ちらりと顔を上げて小羽ちゃんの顔を見ると、俺に負けないくらい真っ赤な顔をしていた。
ドクンドクンと、俺の心臓の音に負けないくらいの速音の音が小羽ちゃんの心臓からする。

――嗚呼、良かった。喜んでくれてる。

小羽ちゃんからは嫌悪感や不快感の音は一切しなかった。
寧ろ好意的な音がしていたし、喜んですらいるようだった。
まずは嫌がられたりしなかったことにひどく安堵した。
それは即ち自分は小羽ちゃんにとって嫌われてはいないという事だから。
ほっと安堵の息を吐いたのとほぼ同時だった。


(――あれ?)


小羽ちゃんから聴こえる音が変化したことに気付いた。
小羽ちゃんから、ひどく怯えた、恐怖にも近い感情の音がする。


(えっ?えっ?何で??)


突然の変化に戸惑う。
俺、何かしちゃったの?
さっきまでは確かに幸せそうな音がしていた。小羽ちゃんは喜んでくれていた。
なのに、何で……
戸惑う俺を他所に、小羽ちゃんが口を開く。


「……ごめん……なさい。」

「――えっ。」


小羽ちゃんがそう口にした瞬間、俺の心は絶望に突き落とされた。
顔が引きつって、強ばる。余程酷い顔をしているのか、小羽ちゃんが悲痛そうに顔を歪ませた。


「ごめんなさい。私は……善逸くんの気持ちに応えることはできない」


もう一度、小羽ちゃんがそう言った。
今度は迷いのない、はっきりと分かる拒絶の言葉で。
小羽ちゃんの音にはもう迷いはなかった。彼女は俺の想いを拒絶したのだ。
俺は暫く小羽ちゃんの言葉の意味が理解できなくて、茫然としていた。
やがて頭と心がゆっくりと現実を受け入れてくると、じわりと情けなく涙が目に溜まった。
思わずいつものように泣きそうな顔をした俺を見て、小羽ちゃんも泣きそうに顔を歪めた。


――何で?何で小羽ちゃんがそんな顔をするの?
泣きたいのは俺の方だよ。
なのに、何で小羽ちゃんからひどく罪悪感に包まれた音がするんだろう。

――嗚呼、そっか。優しい小羽ちゃんは、俺を振るのに心を痛めてくれてるんだな。
俺なんかのために申し訳ない。ごめんね。

小羽ちゃんから恋の音を聴いて、てっきり両想いなんじゃないかって、浮かれてしまった。
先走って告白なんてするんじゃなかった。
こんな、こんな苦しい気持ちになるくらいなら……

ツンっと鼻が痛みを感じ取って、等々俺は目からボロボロと涙を流してしまった。
――嗚呼、情けない。情けなくて死にたくなる。

グズグズと泣き出した俺を、小羽ちゃんは心配そうに見つめていた。
いつもなら俺が泣いたらすぐに手を差し伸べてくれて、涙を拭ってくれるのに、その様子はない。
それが余計に悲しくて、涙の量が増した。

小羽ちゃんからは俺を心配する音がする。そして罪悪感でいっぱいな音の中に、やっぱり恋の音がする。
そしてそんな複雑な音の中に、ある感情の音があるのに気付いた俺は、はたと泣くのをやめた。
顔を上げて思わずじっと小羽ちゃんを見つめた。


「……善逸くん?」


小羽ちゃんが心配そうに、そして不思議そうに俺を見る。


「……本当に?」

「え?」

「それは、本当に小羽ちゃんの本音?」

「っ!」


俺がそう言うと、小羽ちゃんがヒュッと息を飲んだ。
明らかに小羽ちゃんの顔が強ばったのを、俺は見逃さなかった。


「……そうだよ。」

「それは嘘だよね?」


目を逸らしつつそう言った小羽ちゃん。
図星なんだ。炭治郎ほどじゃないけれど分かりやすい。
俺が冷静に嘘だと指摘すると、小羽ちゃんが焦った様子で口を開く。


「なっ!嘘なんかじゃ…!」

「……小羽ちゃん。」


いつもより低い、感情を抑えた声で小羽ちゃんの名を呼んだら、小羽ちゃんの顔が強ばったのが分かった。
あっ、まずい。俺今、怖い顔してるかも。
けれど俺は言葉を止められなかった。少しだけ怒っていたから。


「……小羽ちゃんから、嘘をついてる時の音がする。」


そう俺が口にすると、小羽ちゃんは息を飲んだ。


「う、嘘なんてついてない!」

「はい、それも嘘。ねぇ何で?なんで俺に嘘つくの?嘘ついてまで俺を拒絶するの?」

「違っ!善逸くんを拒絶した訳じゃ……!」

「じゃあなんなんだよ!!」

「っ!」


思わず声を荒らげてしまう。
普段の俺が出さないような荒々しい声と、明らかに怒っているという態度に小羽ちゃんがビクリと肩を跳ね上げた。

――ああまずい。小羽ちゃんを怯えさせてしまう。
だけど、自分の感情を抑えられない。


「ねぇ、本当のことを言ってよ。小羽ちゃん!」

「……私は……恋愛なんてしないの!」

「はあ?」


小羽ちゃんは半場逆ギレなのか、じわりと涙目でそう叫び返すと、突然雀の姿になった。


「――あっ!待って!!」


小羽ちゃんはそのまま踵を返すと、何処かへと羽ばたいていってしまった。
俺は慌てて手を伸ばして小羽ちゃんを呼び止めようとするが、彼女は全速力でその場から逃げるように飛び去ってしまったのだった。

伸ばした手が虚しく空を切る。
目の前には、小羽ちゃんのために編んだ白詰草と蒲公英の花の冠が、虚しく置き去りにされていた。
それはまるで、置き去りにされた俺の心の様だなと、ちょっぴり思ってまた泣きたくなった。

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