第53話「認めたくない想い」(善逸視点)

善逸side

小羽に一生に一度の決意でがんばって告白をした善逸であったが、彼女にフラれた上に全力で逃げられた。
そんな善逸は一人でトボトボと蝶屋敷に帰って来ると、膝を抱えて泣き崩れるのであった。


「うう、な"ん"でだよ"ォ〜〜小羽ぢゃぁん"!!」


涙も鼻水も顔から出るもの全部出し切る勢いでおいおいと泣き続ける善逸。
小羽の為に想いを込めて作った花冠をぎゅっと握り締めながら、善逸は悲しみに暮れていた。
せっかく小羽の為に作った花冠は置き去りにされ、けれどそのままにも何となくできなくて持ち帰ってきてしまった。
花冠をじっと見つめながら、善逸はまたポタポタと目から涙を流していた。
寂しい。心がとても苦しい。何でなんだよぉ小羽ちゃん。


「両想いだって思ってたのは、俺の勝手な勘違いだったのかなぁ〜〜……」


はあっと大きなため息をついて項垂れる。
その時、善逸のいる部屋に足音が近づいてきた。その足音は止まることなく真っ直ぐにこちらにやって来る。
一瞬小羽かと思い、顔を上げた善逸であったが、それは違うとすぐに気付いてがっくりと肩を落とした。
そして障子をガラッと開けて人が入ってきた。


「――あれ?善逸こんな所で何やってんだ?」

「……清隆……」

「えっ!お前泣いてんのか!?……ああ、また訓練でカナヲにボロ負けしたのか。」

「……俺ってお前の中でそんな印象しかないの!?」


部屋に入って来たのは小羽の兄である清隆であった。
清隆は部屋の隅で壁に寄りかかり、膝を抱えて泣いている善逸を見て、ぎょっと目を見開いた。
しかしどうせいつもの事だとすぐに落ち着いて、冷たく見放したのである。
あまりにも酷い印象に、善逸は清隆に噛み付いた。
そんな善逸を適当にあしらおうとしていた清隆であったが、善逸が手に持っている花冠を見て固まった。


「……善逸、それどうしたんだ?」

「は?……ああ、これ?裏山に花畑があってさ、そこで小羽ちゃんに作ったんだよ。」

「善逸が作ったのか!?」

「……そうだけど?」 

「お前って手先器用だったんだなぁ〜〜!」


何で清隆が花冠なんて気にするのか分からずに、怪訝な表情をする善逸。
そんな彼を無視して、清隆は花冠をマジマジと見つめる。
その瞳は何故かキラキラと輝いていて、興味津々と言った様子だった。


「なあ善逸。その花冠の作り方俺にも教えてくれないか?」

「えっ?何で?」

「決まってんだろ?禰豆子ちゃんに作ってやりたいんだよ!」

「ああ。……まあ、いいけど……」

「ほんとか!?じゃあさっそく行こう!!」

「はっ!?いや……悪いけど今は……」

「どうした?」

「いや……そんな気分になれないというか……悪いけど、今は一人にしてくんない?」

「……善逸?」


いつもは煩いくらい騒ぐ善逸がなんだか大人しい。
そこで漸く清隆は善逸の様子がおかしいことに気付いた。


「どうした?元気ないな?何かあったのか?」

「……別に。」

「……小羽と何かあったのか?」

「っ!?何で……」

「いや、何となく?善逸は小羽のこと好きだろ?だから小羽のことでよく一喜一憂してるし、だからそんなに落ち込んでるのは小羽が関係してるのかなって思ってさ。」

「…………」


図星だった。善逸は清隆の言葉に思わず黙り込むと、「あのさ……」とぽつりぽつりと話し始めた。
小羽に思い切って告白したこと。小羽からは確かに喜びの音がしたのに、何故か急に怯えた音になったこと。そして小羽を泣かせてしまい、喧嘩別れのようになってしまったこと。
花畑で起きたことを善逸は兄である清隆に事細かに話していた。
そんな善逸の話を、清隆は黙って静かに聞いていた。
そして善逸が話し終わると、深いため息をついて困ったように後ろ頭を掻いたのである。


「ん〜〜、小羽がねぇ〜〜」

「俺……嫌われた。もう駄目だ。」

「らしくねぇこと言うなよ善逸。毎日うざいくらい小羽にしつこく求婚してたお前はどこいった?」

「……だってさぁ、俺、小羽ちゃんを傷つけたんだ。絶対に嫌われた。こんな事なら、告白なんてしなきゃ良かった。」

「いや、それは……はあ〜〜、あのな、善逸。小羽はお前のことが好きだと思うぞ?」


重度のシスコンであり、小羽に対して過保護すぎる清隆からのまさかの言葉に、善逸は絶句した。
そして適当なことを言うなと言いたげに善逸は涙目で清隆をキッと睨みつけた。


「おい清隆!!適当なこと言うと怒るぞ!!今俺、本気で傷ついてるかんな!!泣き叫ぶかんな!!」

「適当じゃねーって。兄としての勘というかさ、小羽から直接聞いたわけじゃないから本心は分かんねーけど、善逸が嫌いで告白を断ったんじゃねー気がする。
あいつ、ちゃんとお前のこと好きだよ。見てれば分かる。ここ最近の小羽は妙に女らしくなってるっていうのか?なんか、雰囲気変わってきてたし、前より楽しそうに笑うようになった。」

「えっ……」

「兄として面白くないから、あんま言いたくなかったけど、お前と会ってからは小羽は俺にはお前の話ばっかするぞ。」

「えっ、ほんとに?」

「こんな嘘言ってどーするよ?最近の小羽はお前といるとやたらとその……恋してますって顔してたし、お前のことが好きなのは間違いないと思う。だからさ、多分、お前の気持ちに応えられないのは別の理由があるんじゃねーのかな?」

「……別の理由って何だよ。」

「そこまでは知らねーよ。小羽に直接聞け。」

「それが出来たら苦労しねーーわ!!!」


「うわーん!!」と再び泣き出した善逸に、清隆はやれやれと言わんばかりに眉尻を下げた。
今の善逸はかなり情緒不安定になっていて、何を言っても納得しなさそうだ。
暫く一人にしてやった方がいいだろう。そう思った清隆は、わんわんと泣き喚く善逸を放っておくことにした。



***************



あの後もずっと泣き続けていたら、いつの間にか清隆はいなくなっていた。
清隆は良い奴だけど、ちょっと冷たい。炭治郎だったらきっともっと励ましてくれただろうに。
まあそれでも話を聞いてくれて、俺を励ましてくれたことにはとても感謝していた。
お礼に後で何か奢ってやろうと思う。
泣いて泣いて、少しだけ気持ちが落ち着いた俺は、花畑で摘んできた花を持ってある場所に向かっていた。


「ね〜ずこちゃ〜ん!」


そこは禰豆子ちゃんの為に用意された空きの病室だった。
鬼の禰豆子ちゃんは他の隊員たちにその存在を知られるとまずいので、俺たちのいる病室からだいぶ離れた所に部屋を用意されていた。
昼間は自由に出歩けない禰豆子ちゃんは、きっと寂しい思いをしているかもしれない。
ひとりぼっちは辛い。その寂しさを俺は知ってる。
だから、少しでもその寂しさが紛れるように彼女にも花をあげようと思ったんだ。
俺が禰豆子ちゃんのいる病室に入ると、部屋の中央に置かれた木箱から禰豆子ちゃんの呼吸音が聞こえてきた。
良かった。起きてるみたいだ。
俺は木箱に近づいて声をかけると、禰豆子ちゃんは扉をゆっくりと開けてひょっこりと顔を出してくれた。


「禰豆子ちゃ〜ん!禰豆子ちゃんにもお花のお裾分けだよぉ!」

「うー」


俺が摘んできた花を禰豆子ちゃんに渡すと、彼女は嬉しそうに受け取ってくれた。
にこにこと嬉しそうに笑って花の匂いを嗅いでいる禰豆子ちゃんは大変可愛らしい。思わず頬が緩んでしまう。


「昼間に行った花畑に咲いてたんだ。綺麗だから禰豆子ちゃんにもあげるね。」

「うー!うー!」

「そっか!喜んでくれて俺も嬉しいよぉ〜〜!」


嬉しそうに笑う小羽ちゃんに釣られるように、俺もにこにこと笑う。

――もしも、小羽ちゃんよりも先に禰豆子ちゃんに出会っていたら、俺は禰豆子ちゃんを好きになっていたのだろうか。

ふとそんな考えがよぎった。
俺はすごく惚れっぽい奴だと思う。自分でも自覚してる。
きっと可愛くて優しくしてくれる女の子だったら、誰でもすぐに好きになったと思う。
だからきっと小羽ちゃんが俺に優しくしてくれなければ、あの選別の日に出会わなければ、俺はもしかしたら違う女の子を好きになっていただろう。そう……例えば禰豆子ちゃんとか。

女の子は昔から大好きだし、それは今も変わらない。
女の子と喋ると楽しいし、近くにいるとすごくドキドキする。
でもさ、最近の俺は変なんだ。
小羽ちゃんといると胸がドキドキする。そして楽しくて楽しくて、すごく幸せな気持ちになるんだ。
ワクワクして、胸がきゅんとして、時々切ないくらい苦しくなる。
こんな気持ちは、他の女の子には抱いたことが無い感情だった。
これが本気で恋をするってことなんだって思った。
小羽ちゃんの好きなことや嫌いなこと、彼女のことを知れば知るほど好きになっていったし、もっともっと知りたいと思った。
小羽ちゃんの抱えている苦しみや悲しい過去を知った時は、俺が支えてあげたいと思ったし、力になりたいと思った。
もう悲しい想いはさせたくない。幸せにしてあげたいって強く思ったのを覚えてる。
できることなら、俺が幸せにしてあげたい。ずっと隣にいたいって思ったら、もう本気で好きになってた。

俺はもう、小羽ちゃんじゃないと駄目なんだ。
それくらいもう、小羽ちゃんを本気で好きになってる。
もしも小羽ちゃんが俺以外の男を好きになって、その男と結婚なんてことになったら、想像しただけで気が狂いそうなくらい嫉妬した。
相手の男をぶん殴るだけじゃ済まないかもしれない。
彼女の幸せを願っているけれど、できればそれは俺が傍で叶えてあげたい。
他の男なんかにその権利は渡したくない。
そんな考えたくもない未来を想像して、醜い嫉妬を抱く。

――何、考えてるんだ。俺は……

ハッと我に返ると、醜い嫉妬心を振り払うように慌てて頭を振った。


(――ん?)


頭を振ったことで一度冷静になった。そこでやっと気付く。
すぐ近くで小羽ちゃんの音がした。
この優しくて小鳥が囀るみたいな可愛らしい音は間違いなく彼女だ。
何でここに居るんだろう?とか、まさか俺を探しに来てくれたのか?とか、色々と思うことはあったのだが、そんなことよりも俺は小羽ちゃんから聴こえてくる強い嫉妬の音に驚いた。
思わず振り返ってしまうと、小羽ちゃんと目が合った。


(……あっ!)


そしてばっちりと絡み合う視線。思いっきり目が合ってしまった。
その瞬間、小羽ちゃんが素早く踵を返して逃げ出そうとした。
だから俺は咄嗟に小羽ちゃんの手首を掴んだ。
すると小羽ちゃんは諦めたように振り返った。
その表情はひどく怯えていて、けれどその瞳に確かに怒りを宿していた。


「……善逸くん。」

「何でまた逃げようとするの?」

「……」


沈黙が重く感じる。
小羽ちゃんからは怯えた音がし続けていて、また逃げられるんじゃないかと俺はしっかりとその手を握る。
だけど小羽ちゃんは逃げようとはぜず、その場に立っていた。
小羽ちゃんから強い決意の音がしたから、もしかしたら話をしてくれる気になったのかもしれない。
俺は少しだけ手首を掴んでいた手の力を緩めた。けれどその手だけは決して離さなかった。
だって、小羽ちゃんからは今も怯えた音がするから。
小羽ちゃんはずっと俯いたまま、黙っていた。
小羽ちゃんから話すのを待っていたかったけれど、俺が痺れを切らした。


「ねぇ、小羽ちゃん。何か言って。」

「……随分と、楽しそうだったね。」

「え?」


小羽ちゃんがポツリと呟いた。予想とは違う言葉に、きょとりと目を丸くして小羽ちゃんを見る。


「禰豆子ちゃんにも花送ってたし、結局善逸くんは、女の子なら誰でもいいんじゃないの?」

「……小羽ちゃん?」

「デレデレしちゃって、私のことを好きだとか言ってたのに!」


小羽ちゃんから、激しい怒りと戸惑い、そして明らかな嫉妬の音がした。
これは……もしかして……


「……小羽ちゃん、嫉妬してくれたの?」

「っ!」


思わず口に出してしまうと、図星だったのか小羽ちゃんの顔が耳まで真っ赤に染まった。
そんな小羽ちゃん表情に、俺はひどく嬉しくなった。
だって、小羽ちゃんが禰豆子ちゃんに嫉妬してくれた。
それはつまり、俺に気があるからで……
彼女から向けられた、確かな好意の証とも言えるその感情の音が、俺は嬉しくて嬉しくて堪らなかった。
やっぱり小羽ちゃんは俺のことを好きなんじゃないかって。
思わず顔がにやけてしまう。
俺が締りのない顔で笑うと、小羽ちゃんからキュンっと甘いときめきの音がした。
だけどそれはすぐに苦しげな音に変わる。
俺がその音の変化に気付いて戸惑うと、小羽ちゃんの瞳からポタリと一筋の涙が頬をつたって落ちた。


「……えっ。」


思わず戸惑って声を漏らした。
あまりにも突然のことに動揺して、小羽ちゃんの手首を掴んでいた手の力を緩めてしまった。
すると小羽ちゃんはその隙を見逃さずに、俺を全力で突き飛ばした。


「うわっ!」


油断していたせいで、体がよろめいた。
小羽ちゃんはその隙に逃げ出していた。
俺は小羽ちゃんを引き止めたくて、必死に名前を呼んだ。


「小羽ちゃん!……っ、小羽!」

「っ!?」


一瞬だけ、ほんの一瞬だけ小羽ちゃんが足を止めたけれど、またすぐに駆け出した。


「――待って!!」


俺は必死に追い掛けた。
禰豆子ちゃんを置いてきてしまったけれど、今はそれどころじゃなかった。
小羽ちゃんはかなり身軽なのか、足が速かった。
俺も駆け足には自信があったけど、小羽ちゃんも負けてない。
小羽ちゃんが曲がり角に差し掛かった所で誰かとぶつかった。


「――小羽?」

「――あっ!」


そこに居たのは清隆だった。
突然ぶつかったきた小羽ちゃんにひどく驚いている様子だった。
そして目からポロポロと涙を流している小羽ちゃんを見て、驚いていた顔から心配そうな顔になる。
ああ、俺、後で清隆に殺されるかも。
でもこれは絶好のチャンスだ。
清隆は泣いている小羽ちゃんの目に溜まった涙をそっと指で掬い上げる。


「……泣いているのか?」

「っ、これは……」


小羽ちゃんの足が止まっている間に俺は全速力で走りながらその距離を縮めようと叫んだ。


「清隆!!そのまま小羽ちゃんのこと捕まえて!!」

「!!」

「はっ?善逸??」


俺が叫んだことで、小羽ちゃんは俺がすぐ近くまで追いかけて来てるのに気付いたらしい。
このままでは追いつかれる。そう思ったのか、小羽ちゃんは突然雀の姿になった。
そしてあの時と同じように、また俺から逃げるように空へと飛び立ってしまったのである。


「――ああっ!!」


俺はまたその背を見送ってしまった。
全速力で走ったせいで、軽く息を切らしていた。
苦しい呼吸を整えながら、俺はまた小羽ちゃんに逃げられて、ひどく落ち込んでいた。
そんな俺を、清隆が何か言いたげな目で見つめてくる。


「………おい、善逸。」

「…………」

「…………はあ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜、しょうがねぇなぁ。協力してやるよ。」

「――へ?」


俺ががっくりと項垂れてショックで何も言えずにいると、清隆は何を思ったのか、深く、それはふかーくため息をついた。
そしてどういう風の吹き回しか、そんなことを口にしたのであった。

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