第58話「祝福はしてやるが、認めるかは別問題である」
「――ということでぇ〜〜、俺たち、付き合うことになりましたァ〜〜!!」
デレ〜っとみっともないくらい緩んだ顔で炭治郎たちに報告する善逸。
それに炭治郎は笑顔で「良かったなおめでとう!幸せにな二人共!」と人のいい彼らしく心から祝福してくれ、伊之助はどうでも良さげに「ふーん、お前ら番になったのか?」とか言っていた。
そんな伊之助の言葉に善逸はますます嬉しそうに顔を破顔させて、「えへ〜〜!実は〜〜」とか勝手に語り出した。
「俺たち、結婚を前提にお付き合いすることになって〜〜!」
「……はっ?」
善逸がうっとりとした顔でそう言った瞬間、今まで静かに事の成り行きを見守っていた清隆がぽつりと声を漏らした。
その声はとても低く、まるで怒りを押し殺したような声であった。
しかし、小羽と両想いになれたことに有頂天になっている善逸はその事に気付いていない。
「つまりは俺たちは婚約者で、将来を約束した仲!!しかもしかも!!な・ん・と!!小羽ちゃんの方から俺に求婚してくれて〜〜!!うひひひひひ!!俺幸せ!!ものすご〜〜〜く幸せぇぇーーー!!うひひひひひ!!うふ、うひひひひひ!!えへへへへへ!!」
「何だコイツ。気持ちわりぃな。」
「伊之助!本当のことを言ったら可哀想だろう!」
「2人共ごめんね。なんか、返事をしたあたりからずっとこんな調子で……」
「小羽もこれから苦労するな。」
「覚悟はしてるよ。」
「ちょっとそこぉ!!俺に対して酷くない!?聞こえてるからねぇ!!小羽ちゃんまでぇ!!俺たち恋仲だよねぇ!!?あっ!!でも可愛いから小羽ちゃんは許す!!えへ!!」
善逸がいつものように煩いくらいの声で騒ぐ中、とても、とても静かな声が響いた。
たった一言、「善逸」と彼は名を呼んだだけである。
それでも、やかましい善逸を黙らせるには十分すぎるくらいの迫力があった。
善逸の名を呼んだ時の清隆の声には、それだけの威圧感があったのだ。
そして、血液の流れる音から心音まで聴くことのできる優秀な耳を持つ善逸には聞こえてしまった。
まるで地面の底から噴き出そうとする火山のように、清隆は静かに、けれど確実に怒っていた。
善逸はたらりと首筋に冷や汗をかきながら、ゆっくりと振り返る。
「っ、清隆……ひっ!!」
清隆は笑っていた。
見た目だけなら、とても優しく、穏やかににっこりと微笑んでいた。だけど目がまるで笑っていなかった。
そして心音の聴こえる善逸には分かる。分かってしまう。
奴が激しい嫉妬と怒りに心を燃やしていることに。
善逸は情けないことに、小羽の背に隠れてガクガクブルブルと体を震わせて、怯えきった目で清隆を見つめていた。もう涙目である。
「よかったなぁ〜〜善逸ぅ!おめでとう!俺も可愛い可愛い妹が幸せそうでよかったよ。でもなぁ?付き合うことは許したが、婚約までは許してねぇぞ?」
「お、お兄ちゃん!それは私から言い出したことで!」
「なあ小羽?兄ちゃんはお前の幸せを心から願ってるけど、それで嫁にやるかは別問題なんだわ。簡単に可愛い可愛い妹はやれねぇよなぁ?善逸くんよぉ?」
「ひっ!!ひぃぃぃ!!?」
にっこりと善逸を見ながら微笑めば、善逸はビクリと肩を跳ね上げた。
まるで借りてきた猫のようにブルブルと体を震わせている。
しかし、善逸だって生半可な気持ちで小羽と付き合うつもりは毛頭ない。
これからは自分が小羽を守ると決めたのだから。
善逸は覚悟を決めると、震える心を無理やり奮い立たせて、清隆の前に立った。
意外にも自分の前に出てきた善逸に、清隆は少しだけ感心した。足も手も全身がガクガクと震えていて、全く格好はつかないが。
「お、俺は本気で小羽ちゃんが好きなんだ!!だから、清隆にも祝福して欲しい!!認めて欲しい!!」
「……まあ、祝福はしてやるよ。」
「――へ?いいの?」
なんともあっさりと、清隆は二人の交際を認めてくれると言った。
善逸はあまりにも呆気ない清隆に、目をパチクリと丸くさせて、意外そうに彼を見た。
「俺だって、小羽には幸せになって欲しいんだよ。妹が心から惚れて、相手が俺も信頼してる男であれば、認めてやるしかないだろ?正直、すっげー嫌だし、寂しいけどな。」
「お、お義兄さん……!!」
善逸は感激していた。
大好きな女の子の、大切な家族が自分みたいな情けない男でも受け入れてくれたのだ。
あのめちゃくちゃ妹に過保護な炭治郎とも並ぶ、妹大好きな清隆がだ。
うるうると瞳を潤ませて、善逸は涙を流して喜んだ。もう大号泣である。感動して前が見えない。
今なら嬉しさのあまり清隆に抱きつきそうである。やったらぶん殴られそうなのでやらないけど。
そんな善逸に、清隆はにっこりと満面の笑みを浮かべて言った。
「認めてやる。だから一発殴らせろ。」
「――へ?……ぐぶはぁっっ!!」
それはとても、とても綺麗な笑みだったと、善逸は後に語る。
にっこりと整った顔立ちで、綺麗に邪のない笑顔で微笑んだ清隆は、次の瞬間には、善逸の顔面に思いっきり、全力で、拳を叩き込んだのである。
そして美しい円を描くように、空中に鼻血を撒き散らしながら、善逸はぶっ飛んだのであった。
その場にいた清隆以外の全員が、唖然とした表情でそれを見ていた。
そして、ぶっ飛んだ善逸は部屋の壁に叩きつけられると、ぐったりと座り込んだのであった。
「ぜ……善逸くーん!!!??」
誰よりも事態を早く理解し、大慌てで青ざめながら善逸に駆け寄る小羽。
小羽の悲鳴を合図に、一瞬止まっていた時間が動き出す。
「……ふっ、これで許してやるよ。今はな。」
そう、どこかやり切った顔で満足気に呟く清隆であったが、この後小羽にそれはそれはこってりとしぼられ、その日丸一日ずっと口を利いてもらえなかったらしい。