第12話

「しのぶ……今なんて?」

悟くんの口元が盛大にひきつった。
笑顔を浮かべて必死に冷静を装おうとしているけれど、その顔からは焦りと、僅かながらの怒りが感じ取れた。
それでも私は、もう一度その言葉を口にした。

「私との婚約を破棄してください。」
「……ごめん。ちょっと耳の調子悪いかも。もう一回言って?」
「婚約破棄してください。」

がっと肩を掴まれたかと思うと、無理矢理体を反転させて、悟くんの方へと向かされた。
少々乱暴な手つきと力加減に痛みで顔を歪めた。
まあ、これを言ったら悟くんが怒ることは予想していた。
両想いになった筈なのに、恋人から突然別れるみたいな台詞を告げられたら、動揺もするし怒るだろう。
それでもこれは必要なことだった。

「落ち着いてください悟くん。」
「落ち着けるわけないでしょ。何で?何で突然こんな……僕のこと嫌いになったの?」
「違います。婚約破棄の件はずっと昔から考えていたことではありますが、別に悟くんが嫌いになったから別れたいと言っているのではないんですよ。」
「……別れるの?」
「別れませんよ。」
「えっ、じゃあどうして……」

別れたいのかという悟くんの問いを、即座に否定すれば、悟くんは私が何を考えているのか分からないと言いたげに困惑していた。
私はとりあえず落ち着けと目を見つめて伝えると、悟くんの私の肩を掴む手の力が少し緩んだ。

「私が資金を集めていた理由、まだ話していませんでしたよね。」
「それが婚約破棄と関係あるの?」
「というより、資金を集めていた理由が最初から婚約破棄をするためでした。」
「はあっ!?」
「悟くんとお付き合いする前からずっと、私が悟くんとの婚約に乗り気ではなかったことには、悟くんも気付いていましたよね?」
「……まあ、しのぶが段々僕に冷たくするようになっていたのには気づいてたけど、思春期なのかなって。」
「違います。あの頃の私は、婚約の件はご当主が悟くんと仲の良かった私をていよく当てがあったのかと思っていたんです。だから悟くんもてっきり婚約の件には納得していないと思っていたので、婚約破棄に協力して欲しかったんです。それなのにやたらと私に甘い言葉を囁いたり、デートに誘ってきたりと変なアプローチをかけてきたので、てっきり嫌がらせでもされていたのかと勘違いしてしまって、つい冷たく接してしまったんです。」
「ふーん、まぁ実際は、僕が親父に頼んで君を婚約者にしてもらったんだけどね。だって、子供の頃結婚しようって告白した僕の言葉に確かにしのぶは頷いてくれたし、僕ずーっと君のこと好きだったし。」
「……その件に関しては本当にすみませんでした。前世の記憶があった私は妙に達観してしまっていたので、あの時の悟くんの言葉を、子供特有のいつか忘れてしまう程度の約束だと思っていたんです。」
「えー、ひどーい!」

悟くんはまるでぶりっ子のように両手を胸の前に持ってきて、足と腰をくねくねとくねらせておどけて見せた。
その仕草に思わず吹き出してしまう。
悟くんなりに重くなってしまった空気を変えようと、気を使ってくれているのだろうか。
いつもは腹が立ってしょうがない悟くんのおふざけも、たまには救われると思ってしまうのだから、私は相当緊張していたようだ。

「私は五条家に買われた瞬間から、この身は五条家の所有物です。それは悟くんの婚約者になっても変わりません。資金を集めて婚約破棄をしようと思ったのは、最初は自由の身になりたかったからなんです。でも今は……」

そう言って悟くんの目を見るために顔を上げる。
見上げた悟くんの目はアイマスクで覆われてしまっているが、私にはあのどんな青よりも美しい瞳が見えたような気がした。
その目をまっすぐに見据えて微笑む。

「悟くんと対等の立場で、隣に立ちたいです。」
「しのぶ。」

悟くんがアイマスクを下に下ろして直に私を見つめてくる。
その瞳がきらきらと宝石のように輝く。
私の言葉に感動している?喜んでくれてる?
そのどちらでもあり、どちらも違う気がした。
ただお互いに、好きだと強く思う。
言葉だけじゃ足りない。目で、仕草で、全てで伝えたい。
いつの間にかこんなにもこの人を愛していた。
だからこそ余計に対等に立ちたいと願う。

「しのぶの言いたいことは分かったよ。でもやっぱり、婚約破棄はしない。」
「どうしてですか?」
「だって……だってしのぶはずっと僕の婚約者で、これからもずっと隣にいてほしいし、やっと、やっと恋人にもなれたのに……こんな……嫌だ。嫌だよ。婚約破棄なんて絶対に嫌だーー!!」

悟くんは突然私の腰にしがみつくと、叫びながら泣き出した。
整った顔をグシャグシャにして、目から沢山の涙を流しながらそれを私の腰に擦り付ける。
私は思わずドン引きしてしまって、悟くんを引き離そうと頭を手で掴んで押し出そうとした。
けれどまったくと言っていい程びくともしない。

「やだー!やだやだやだ!絶対に破棄なんてしないからーー!」
「子供みたいに駄々をこねないでください!」
「ぜったい!ぜーーったいに嫌だからね!」

この大きな子供をどうしてやろうか。
制服に涙と鼻水を擦り付けるのをやめて欲しい。
どうしてこうなる?
ここは普通納得して婚約破棄に同意してくれる流れではないのか?
そんな甘い雰囲気がほんの少し前まで漂ってませんでしたか?
そんなの幻覚だったと言わんばかりに泣かれてしまい、私はただただ困り果ててしまう。
本当に困った。婚約破棄を申し出たのは、なにも対等な立場になりたかったからなだけではないのだ。
私がこれからやりたいことを実行するためには、五条家との繋がりが非常に邪魔になるからだ。
私の身が五条家の所有物である以上、私は五条家から出ることができない。
そして悟くんの婚約者という肩書きのせいで、私まで呪詛師から懸賞金をかけられているのを私は知っている。
これまでは五条家や悟くんが影で守ってくれていたことも知っている。
けれど逆に言ってしまえば、五条家にいるせいで命が狙われているようなものである。
だから「一時的」に婚約破棄をして欲しかったのだが……

「絶対!ぜっったい、ぜぇーーったいに離さないから!しのぶは僕ので、僕だけのしのぶで、これからも死ぬまで一緒にいるの!やっと恋人になれたのに、婚約破棄なんてしたら、しのぶがまた遠くに行っちゃうかもしれないじゃん!そんなの嫌だよ!絶対に嫌だ!しのぶをまた失うくらいなら、何処かに閉じ込めて外に出さないからね!!」
「さらっと恐ろしいこと言わないでください!」
「婚約破棄はぜーったいにしないよ!」
「分かりました!もうそれでいいですから!」

半狂乱になって恐ろしいことを言い出した悟くんに、私は半端叫ぶようにそう言うしかなかった。
どうしても悟くんが婚約破棄に同意してくれなかったので、仕方なく計画を少しばかり変更せざるを得なくなった。

「分かりました。婚約は継続でいいです。ただし、私を買い取った時の契約を破棄させてください。形だけでも受け取っていただかないと、私もいつまでも肩身が狭いので。」
「わかった。お金は受け取るし、契約を破棄させる。」
「そうして頂けると助かります。それともう一つ、これから私はやりたいことがあるのですが……」
「ん?」



*****



――それから一ヶ月。
夏油先輩が帰国するまで残すところ三ヶ月となっていた。

「――でさぁ、僕たちやっと恋人になれたってのに、しのぶってば実験実験ばっかで全然僕のこと構ってくれないんだよ。ひどいと思わない?」
『ははは、胡蝶も忙しいんだろ。少しくらい我慢してあげなよ悟。日本(そっち)は災害がやたらと多くて呪霊の数が大変らしいじゃないか。』
「海外は呪霊少ないからねー。おっと、そろそろ圏外の場所に入るから切るね。」
『そうか。それならまた後でゆっくり話そうじゃないか悟。』
「ああ、分かったよ。傑。」

プッという電子音と共に悟くんが通話を切る。
同時にタクシーが山の中に入り、電波が悪くなったのか圏外の文字が表示された。
それを見て悟くんはふうっと小さくため息を吐き出した。
そんな彼を見て、私は声をかける。

「気乗りしませんか?」
「そりゃあね。これから連中をどーこーしに行くのは大いに賛成だけど。しのぶが僕だけを構ってくれなくなるのかと思うとちょっと複雑。」
「あら、もしかしたら、未来の悟くんの生徒になるかもしれない子達ですよ?」
「それでもだよ。」
「悟くんって子供ですよね。」
「ひどいな、いつまでも純粋な少年の心を持っているだけだよ。」
「はいはい。」

悟くんの言葉に適当に相槌を打ちながら流す。
✕✕県✕✕市(旧✕✕村)
地図にも載らないような辺境のド田舎。
だからこそ、この場所を探すのに苦労してしまった。
時期的にこの村の任務が高専に届くのは、本来の未来ならば半年以上先のことになる。
夏油先輩が呪詛師に堕ちた決定的なきっかけになったのが、この村での出来事だった。
ここには、夏油先輩が後に保護することになる双子の女の子達がいる。
詳しいことは原作に描かれていないのでわからないが、呪霊が見えるその双子の女の子達は、村の人達に酷い暴力を受けているようだった。
ずっと守るべき対象だった非術師が、呪術師の素質を持つ子供を気味悪がって村八分にし、ただ見えるだけのなんの罪のない女の子たちを虐待したというその事実が、夏油先輩の最後の良心を粉々に砕いてしまったのだろうか。
あの人は責任感がとても強く、自分の正義を貫こうとしていたから。
だから思い詰めすぎて、あんな恐ろしい幻想を抱いてしまったのだろうか。
非術師を皆殺しにして、呪術師だけの世界をつくりあげるという、そんな無謀な幻想を……
原作の未来を変えると決めた私たちは、夏油先輩をこの村にだけは近づけてはいけないと判断した。
だから、夏油先輩よりも先に彼女たちを保護しようと考えた。
けれど私はその任務の前に死んでしまったので、詳しい情報を知らないし、悟くんは悟くんで当時は興味がなかったとかで、肝心の村の場所を覚えていなかった。
だから私たちは天内さんの件が終わった後すぐに、双子の女の子たちのいる村の情報を集め始めた。
それと同時に、私はある計画を実行するために悟くんに内緒で準備を進めていた。
それもやっと終わって、ちょうどタイミングよく双子の村の場所も特定することができた。
そして現在、私達は双子の女の子たちを保護すべく、二人でその村に向かっていた。

「にしてもさぁ〜、しのぶもひどいよね。どうして僕に黙って別居の準備なんて……」
「だって、悟くんに言ったら絶対に駄々をこねた上で邪魔するじゃないですか。」
「当たり前でしょ?」
「そこは否定してくださいよ。」

ふっと困ったように私が苦笑を浮かべると、悟くんはニヤリと口角を釣り上げて悪どい笑みを浮かべた。
嗚呼、これは派手にやってくれそうだなぁ〜と、これからひどい目にあうだろう、村の人達に少しだけ同情した。
まぁ、可哀想だとは微塵も思わないが。
あれから私は、悟くんに自分が買い取られた時の額の大金を支払った。
そしてご当主と母との間に交わされた誓約書が返還され、私はそれを悟くんの目の前で破り捨てた。
こうしてやっと、晴れて「五条家の所有物である婚約者」から、「ただの五条悟の婚約者」になることができた。
婚約者である以上、色々とまだまだ問題はあるが、悟くんが裏で手を回してくれたようで、私が五条家を出て自立すると言っても、文句を言われることはなかった。
そして、懸賞金に関してもどんな手を使ったのか、私の身の安全は保証されたようで、命を狙われることももうなさそうだ。
悟くんから聞いた話によると、私の懸賞金に関しては、中学の頃には既に手を打ってあったのだという。
私はどうやら自分が思っている以上に、悟くんに愛されているらしい。
そうして、婚約の件は破棄することはできなかったものの、晴れて自由の身になれた私は、集めた資金を使って東京のとある一角に広い土地を買った。
そこには築60年ほどの少し古いけれど、立派なお屋敷が建てられており、少し修繕すればまだまだ人が住めそうな感じであった。
かつての蝶屋敷に似た、その建物の雰囲気が気に入った私はすぐにその土地を買い取った。
そのお屋敷を第二の蝶屋敷として、私は高専を卒業したら小さな診療所を開こうと考えている。
それが私が立てていた計画である。
こうして着々と自立に向けて準備を進めていった私は、屋敷の修繕工事やらその他もろもろのやるべき業務を終えたのもあり、こうして動き出したというわけである。
双子の女の子たちを含め、私は伏黒恵くんと津美紀さんのことも引き取りたいと思っている。
まだ高校生の身に過ぎない自分に、後見人など務まるのかという不安はあるが、どうしてもあの子たちの境遇を知っていながら、このまま放っておくことなどできなかった。
双子の子たちは、新しい里親を探してあげた方がいいのかもしれない。
呪術師に理解のあるご家庭ならば、もっと違う幸せがあるかもしれない。
それでも、今もこうしている間に辛い思いをしているだろう子供たちのことを考えたら、他人に任せるというのはどうしても心配で出来なかったのだ。
引き取ると決めた以上は、絶対に幸せにしてあげたい。
私は心に固くそう誓って、問題の村へと足を踏み入れたのであった。



*****



ざわざわと村の住民たちが騒ぎ出す。
突然現れた長身の男と、それに対極するかのような小柄な娘が、小さな村の中を堂々と歩いているからか、皆、見かけない余所者が突然村にやって来たことに警戒して遠巻きに私たちを見ていた。
そんな沢山の視線を無視して、悟くんは堂々と歩いていく。
迷いなくある場所に向かって歩いて行く悟くんの隣を、私もまた彼を信じてついて行く。
双子の女の子たちがこの小さな村の何処に閉じ込められているのか、私にはわからない。
けれどあの子たちには呪力がある。
悟君がいれば彼女達の呪力を辿って、彼女たちの居場所まできっと導いてくれるだろう。
現に悟くんには彼女達の居場所がわかるのだろう、その足取りには迷いがなかった。
やがて悟くんはある小さな小屋のような場所に辿り着くと、そこで足を止めた。

「ここにいるね。」
「そうですか、早く入りましょう。」

私は小屋に手をかけようとすると、扉に鍵がかけられていることに気づいた。
女の子達を監禁しているだけあって、やはり鍵はかけられているよなと思い、悟くんなら壊せないだろうかとふと考えた。
彼の方をちらりと一瞥しようとすると、後ろから誰かに声をかけられた。

「おい!あんたら何してんだ!」
「ちょうどいいですね、ここの鍵はご存じありませんか?」
「そこは村人以外立ち入り禁止だ、余所者が何してんだ!」
「ここに女の子がいるでしょ、双子の。」
「なっ!?しっ、知らねーぞ!」
「私たちはその子達を保護しに来たんですよ。」
「あっ、あの化け物の知り合いなのか、アンタ等!」
「化け物……ですか。」

私が含みのある言い方をすると、村人の目つきが鋭くなった。
やはりこんな閉鎖的な村では、見えてしまう子はそれだけで化け物扱いされてしまうのだろうか。
今の時代、神やら幽霊なんてものを信じている人間は少ないだろう。
見る力があるのならばまだしも、何の力もない者が信じるのは難しい。
それでもこの村のように、人里離れた閉鎖的な村では、未だに信仰心のようなものが強く根付いている。
小さな村で何か一つ不幸が起きて、それが立て続けに起きようものなら、祟りだの呪いだのと何かしら得体の知れないもののせいにする。
そんな時に見えるだの何だのと言い出す奇妙な子供がいれば、その原因を全てその子供達のせいにしてしまうのが、人間の醜いところだ。
きっと双子の女の子達もそんな感じで、村人たちに目をつけられて虐待されてしまうことになったのだろう。
この村に入ってすぐに、一級の呪霊を見た。
おそらくそれが村に良くないことを引き起こした原因だったのだろう。
その呪霊は、一瞬で悟くんに瞬殺されていたけれど……
私はふうっと小さくため息をつくと、話しかけてきた男の人を無視して、持ってきていた小刀を取り出した。
突然刃物を取り出した私に、男の人は「ひっ!」と、驚いて引きつった声を出したが、どうでもいいので無視した。
私は扉にかけられていた南京錠目掛けて渾身の突きの一撃を繰り出すと、南京錠は真っ二つに割れた。
そのままガシャンと小さな音を立てて、地面に落ちる。
後ろの男の人が尻餅をついたような気配を感じた。腰でも抜かしたのだろうか、どうでもいいな。
私が鍵を壊した瞬間、悟くんが勢いよく扉を開けた。
すると目の前に飛び込んできたのは、天井に届くくらいの大きな檻。
その檻の中で、五歳ぐらいの年頃の幼い女の子が二人、お互いを守るように抱き合っていた。
この子達が例の双子の女の子だとすぐにわかった。
女の子達は可哀想に、村人から相当殴られたのか、顔は原型をとどめないくらいに頬や目元が腫れ上がり、口元は切れたのか血が滲んでいた。
女の子たちはひどく怯えた様子で、こちらを見つめていた。
お互いに抱きしめあっている体が、小さく震えている。
その怪我の具合や怯えようから、彼女たちが普段この村でどんな扱いを受けているのかは、容易に想像できてしまった。
想像していたよりもずっとひどい有様に、私は一瞬言葉を失ってしまう。
あまりにも酷い。
この子達が一体何をしたというんだ。
私の中でふつふつと村人に対して怒りが湧き上がってくる。
ああ、ああ、これは……確かに許せなくなる。
こんなの、到底許されることではない。
非術師は守るべきだと言っていた夏油先輩が彼等に絶望し、失望してしまうのも仕方がない気がした。
だけど夏油先輩、それはこの村の住民たちだけなんです。
全ての非術師を憎んでいい理由には、やっぱりしてはいけないと思うんです。
だって、私たちは同じ人間で、憎しみ合っていい筈がないから。
非術師に理解されなくても、呪術師ばかりが辛い目にあったとしても、それでも、私たちは同じ人間で、慈しむ心も憎しみ合う心も、美しさも醜さも、全部全部同じように持っている。
だからどうか、夏油先輩が彼等を憎む未来を変えられますように。
そう強く、願う。
だからこそ、私は怒りに身を任せて彼らを傷つけるわけにはいかない。
私は深く深呼吸すると、双子の少女たちに微笑んだ。
上手く笑えているだろうか、怖がらせないようにしなければ。
内心はそんな風に緊張していた。

「初めまして、私は胡蝶しのぶと申します。あなた達を保護しに来ました。」
「……保護?」
「誰?」

女の子たちはやはり警戒したままで、私はそれでも極力柔らかく微笑むように、笑顔を作り続けた。
怖がらせないようにゆっくり近づく。
女の子達は壁際まで下がってしまったけれど、今はそれでいい。

「私は東京都立呪術高等専門学校から来ました。お二人は呪霊という存在を知っていますか?」

二人の女の子達は、私の言葉に首を横に振るう。
当たり前だ。呪霊という単語なんて知らないんだから。

「お二人は、人には見えないものが見えますね?それが呪霊というものです。」
「……お姉さんも、見えるの?」
「はい、見えますよ。こんな風に不思議なことだってできます。」

そう言って私は術式で数匹の蝶を生み出す。
ひらひらと私と双子の周りを蝶が舞う。
突然現れた蝶に、双子の女の子たちの態度が明らかに変わった。
私に対しての警戒が急に緩んだのだ。
どうやら術を見せたことで、私が普通の人間とは違うと理解してくれたのだろう。
私は警戒の解けた二人に一歩近づくと微笑んだ。

「この村を出て、私と暮らしませんか?」
「お姉ちゃんと?」
「どうして?」
「外の世界には、私はあなたたちと同じように、人をならざるものが見える人が沢山います。ここを出て、広い世界に触れてほしいんです。もちろんあなた達が私と暮らすのが嫌だと思うのなら、違う生き方が出来るように手配をします。だからどうか、今は私の手を取ってくれませんか?」
「「…………」」

双子の女の子達は互いに見つめ合う。
困惑しているのが顔に出ていた。
「美々子」「菜々子」と二人は互いの名を呼び合うと、お互いの手をぎゅっと固く握ってコクリと頷きあった。
お互いに目と目で会話するかのように見つめ合い、二人は決意したように私の方と向き合った。

「お姉ちゃんと一緒に行く!」
「私も!」
「分かりました。」

二人が私の手を取ってくれた。
その事に酷く安堵する。だが、喜ぶのは後にしよう。
私は二人に「危ないので少し下がっていてください」と声をかけると、二人は大人しく後ろに下がってくれた。
さっきと同じ要領で檻の南京錠を壊すと、双子の女の子達は檻から飛び出してきた。
そして勢いよく私に抱きついてきたので、私は少しよろめきながらも足に力を入れて、なんとか子供二人分の体重を支えようと踏み止まった。
可哀想に、人の愛情や温もりに飢えていたのだろう、女の子達は泣いていた。
私は二人を落ち着かせるように、彼女達の目線に合わせてしゃがみ込むと、二人を包み込むように抱き締めた。
安心したのか、二人はわんわんと子供のように泣き出す。
するとずっと空気になっていた悟くんが近づいてきて「終わった?」と声をかけてきた。
私はにっこりと笑顔を浮かべて彼を見上げる。

「ええ、終わりました。そちらは?」
「んー、しのぶの邪魔をしようとした奴等はかる〜くしめておいた。」
「ちゃんと手加減しましたよね?」
「当たり前でしょ?まぁ、これからあいつ等は大変な目に合うだろうけど。」
「村ぐるみで児童虐待に監禁、殺人未遂ともなれば普通に犯罪ですからね。」
「警察やテレビ局とかにはもう情報を根回ししてあるし、五条家の名前を使って動いたから、無視できないだろうしね。」
「うふふ、明日が楽しみですね。」
「はは、日本全国に村の名が知れ渡ることになるね。」

「一夜にして有名になれて良かったんじゃない?」と悟くんが楽しそうに呟く。
早ければ今夜にでも犯罪者の仲間入りを果たすであろう村の住民たちのことを考えて、御愁傷様と私はこっそり笑う。
五条家の名を使って晒し者にされるのだから、この村の住民たちの未来が決して明るいものにならないのは明白だった。
普通に考えてもやっていることはれっきとした犯罪なのだから、いい逃れなどできないだろう。
流石に夏油先輩のように村人を襲うなんてことはできないので、私たちにできるのは社会的制裁を彼等に与えるということだけだ。
本当はこの子達が受けた分だけの苦痛と恐怖を与えてやりたいけれど、そんなことをしては彼等と同類になってしまう。
だから、これでいいのだ。
私は腕の中で震える小さな女の子たちを安心させるために、また微笑んだのだった。

――その日、日本中にとあるニュースが知れ渡る。
ある村で住民がたった五歳の少女二人を暴行した上に、監禁していたという衝撃の事件は、今時、時代遅れもいいとこだと多くの者達から批判を受けることになった。
積極的に児童虐待に協力していたと思われる村人たちは顔と名が世間に晒され、村自体は廃村となったのであった。
その裏で、私と悟くんはちょっとばかしやり過ぎだと夜蛾先生に説教を受けることになってしまうのであるが、それはまた別のことである。

- 13 -
TOP