第1話「オオカミ少女」

東京府奥多摩郡、大岳山。
緑豊かなこの山で二つの怪しい影が野を駆け回る。
一人は猪頭の被り物をしたまだ少年と思われる年頃の男と、狼頭の被り物をしたこちらは少女と思われる小柄な女が一匹の野ウサギを追いかけ回していた。


「親分!そっち行ったよ!」

「ガハハハハ!猪突猛進猪突猛進!今晩の晩飯ーー!」


狼頭の少女が兎を後ろから追いかけて行くと、兎の行く先では猪頭の少年が先回りしていた。
狼頭の少女に追い詰められた兎は急に止まることができずに猪頭の少年の元へとそのまま突進していく。
咄嗟に兎はなんとか逃げようと方向転換しようとするが、その前に猪頭の少年が持っていた刀を素早く兎目掛けて振り下ろしたのである。
そして飛び散る血飛沫。この瞬間、兎の儚い命は散ったのである。
この世は弱肉強食。それが自然の掟。弱い者は強い者の餌食になる。
しかしそれは生きていく上では仕方の無いこと。この兎の命はこの少年と少女の血肉となって、命の糧となるのである。
見事兎を仕留めた猪頭の少年――名を嘴平伊之助と言う。
彼は兎の耳を片手で掴むと、満足気にそれを狼頭の少女――嘴平祈織に見せるように高々と持ち上げた。


「ガハハハハ!どうだ子分!」

「流石だよ親分!今晩は兎の丸焼きだね!」

「ガハハハハ!お前は食いしん坊だからな!もう何匹か捕まえるぞ!」

「いいの!?親分ありがとう!」

「任せろ!子分の腹くらい満たしてやる!」


わはははと、今晩の獲物を片手に上機嫌に笑う伊之助。
大好きな親分の笑顔に釣られるように、祈織も楽しげに笑い声を上げた。
この二人、実は親分子分の仲ではなく、血を分けた実の兄妹であった。
そんな二人の耳にバサバサと羽音が聞こえてきた。
空から一羽の鴉が兄妹に近づいてきたのである。


「カァー!任務任務!」

「む?親分、鎹鴉が何か任務を持ってきたみたいだ。」

「ああ?」


どうやら今夜は忙しくなりそうだ。



*****************



鼓屋敷と呼ばれる屋敷に鬼が住み着いていると噂があり、嘴平兄妹に鬼の討伐の任務が下された。
そして鴉に案内されてその屋敷へとやって来れば、自分たち以外にも鬼殺隊が既に二人やって来ていた。
いざ鬼を退治しようと屋敷の中に足を踏み入れれば、屋敷の中に閉じ込められ、グルグルと走り回っているうちにいつの間にか鬼は退治されていた。
けれど屋敷の外にも鬼の気配を感じた兄妹は、気配の感じる方向へひたすら走っていた。
すると外へと出ることが出来たのである。


「猪突猛進猪突猛進!!」


そう叫びながら屋敷の戸を派手に破壊して伊之助は外へと飛び出した。
その後を狼の頭の被り物をした祈織がついて行く。


「アハハハハハ!!鬼の気配がするぜ!!」

「親分!さっすが!」

「ハハハハハ!そうだ!俺はすげーんだ!」


妹は兄を親分と呼ぶ。伊之助もそう呼ばせている。
何故なら妹にとっては兄は兄ではなく群れのボスだから。
この兄妹は山で雌猪に育てられた。
親に捨てられたのか、赤ん坊の頃山に放置されていた所を運良く野生の猪が育ててくれたのである。
だから彼等には人間の常識が分からない。動物的な感覚でずっと生きてきたから。
だから妹は分からない。兄という存在が。
伊之助は兄ではあるが、それは群れのボスでもある。
それは自分よりも強いから。
山で野生化して生きてきた二人には、普通の兄妹という感覚が分からないのだ。
あくまでも伊之助にとっては妹は群れの子分であり、妹にとって兄は群れのボスで従うべき親分というだけであった。
けれどずっと兄妹は一緒に育ってきた。ずっと一緒に生きてきた。
だから兄妹という概念は分からずとも、お互いがかけがえのない存在同士であるという感覚は何となく分かるのだ。
伊之助はキョロキョロと視線を彷徨わせると、森の日陰になっている所にちょこんと置かれた木箱を見つけた。


「見つけたぞォォォ!!」


伊之助が刀を構えて木箱目掛けて突進していく。
すると黄色い何かが飛び込んできた。


「やめろーーーー!!」

「!!」


黄色いその男は木箱を守るように両手を広げて立ち塞がる。
非常に邪魔である。これでは鬼が斬れない。


「この箱に手出しはさせない!!炭治郎の大事なものなんだ!!」

「オイオイオイ何言ってんだ!その中には鬼がいるぞォ。分からねぇのか?」

「そうだ!さっさとそこを退け!親分の邪魔をするな!」

「退かない!!鬼がいることだって最初から知ってる!!」


そう叫んだ黄色い男は、絶対にそこから退こうとはしなかった。
馬鹿な奴だと思った。何故人を食う鬼を庇おうとする?
弱いくせに邪魔をするなんて馬鹿のすることだ。
親分はとても強いから、あんなひょろっとした男なんて簡単にやっつけられる。
逆らったって痛い思いをするだけなのに。
案の定、親分に殴られて、蹴られて、ボコボコにされている。
それなのにまだ抵抗する。
訳が分からない。何故まだ抵抗するの?
力の差は明らかなのに、何で逃げないのか。
心底分からない。逃げないと殺されちゃうのにな。
だけど、その蒲公英のように黄色い男は絶対に木箱を離そうとはしなかった。最後まで守ろうとしたのだ。


「もういい、お前ごと箱を串刺しにしてやる!!」


ああ、親分がキレてしまった。
あの子はもうダメだな。殺される。
それが少しだけ残念だと感じるなんて、あたしはどうかしている。


「やめろーーーー!!」


屋敷から新たに出て来ていた鬼殺隊の子が親分に突進していくのが見えた。

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