第3話「双子」

伊之助親分が負けた。
あんな……あんなひょろっこい見るからに弱そうな奴に!
嘘だ。誰よりも強くて最強の親分が負けるなんて。

信じられなかった。信じたくなかった。
でも、親分が負けたのは変えようのない事実であった。
山の掟では弱い者は強い者に従うのが決まりだ。
伊之助親分が負けた今、これからはあいつがあたしの親分になるのか……


「伊之助親分……さようなら。あたし、親分の分まで生きてみせるね。」

「いや、だから死んでないぞ!」


相変わらず人の話を聞かない祈織。未だに伊之助が死んだと勝手に思い込んでいる彼女は、真っ直ぐな目で炭治郎を見据えた。


「……あんた、名前は?」

「竈門炭治郎だ!」

「かまどたんじろう……炭治郎親分!」

「……え?」

「今日から炭治郎親分があたしの群れの親分!あたしはあんたの子分だ!」

「「ええーー!!」」


まさかの祈織の言葉に炭治郎はもちろん、善逸も一緒になって叫ぶ。
驚く炭治郎たちを他所に、祈織は炭治郎にズカズカと大股歩きで近づいて行った。
そして上から下までジロジロと、まるで値踏みするように見つめると、うんうんと一人納得したように頷いた。


「伊之助親分の方が肉付きは良かったけど、炭治郎親分も中々鍛えてるね。これなら……」

「なっ、何の話だ?」

「ねえ、炭治郎親分!私を炭治郎親分の番にして!」

「つ、番?」

「はっ、はあ!?」


祈織は更にとんでもない事を口走る。
いきなり言われたことに意味がわからないと炭治郎は聞き返す。


「つ、番って何だ?」

「番は番だよ!私と子を作って!」

「なぁ!?」


番、つまりは夫婦になるという意味だとやっと分かった炭治郎は、ほんのりと頬を赤く染める。
何故か善逸まで顔を赤くしており、二人して祈織の言葉に呆然としていた。


「なっ……なんてことを言うんだ!!君は女の子だろう?女の子がそんなことを簡単に言っては駄目だ!!それにさっきからずっと思ってたんだが、女の子がそんな裸同然の格好でいるのはどうかと思うぞ!!服を着るんだ!!」


炭治郎は祈織の姿を見ながら何故か説教を始めてしまう。
祈織の姿は上から狼頭の被り物、サラシを巻いただけで上半身は露出しており、ほぼ裸同然。下半身に唯一隊服の袴を履いているのみで、ほぼ伊之助と似たような格好であった。
サラシの上から見える豊かな胸の膨らみや、声の高さから、炭治郎は祈織が女性であると判断した。
伊之助と何故か戦うことになったり、祈織からの突然の親分認定と番発言により、一度は平静さを失ってしまった炭治郎であったが、落ち着きを取り戻した今は、女の子に有るまじき格好をしている目の前の少女に長男として説教しなければならない。
炭治郎はそんなことを思っていた。
しかし、当の本人は服を着ろと言われ、とても嫌そうな声を上げた。


「服ぅ!?やだ!!あんなチクチクして、ゴワゴワしたもの着たくない!!」

「女の子が裸同然の格好でいる方が問題だ!」

「そんなことよりも番になってよ!」

「番にはならない!君はちょっと落ち着け!」

「えー!なってくれないの!?」

「君はどうして俺とつ、番になりたいんだ?」

「だって!炭治郎親分は伊之助親分に勝ったから!」

「それでどうしてそんなことになるんだ!?」

「どうして?そんなの強い雄と交尾したいからに決まってるでしょ?」


他にどんな理由が?と祈織は心底不思議そうに首を傾げる。
すると炭治郎と善逸、それに話を聞いていた子供たちも何言ってんだこいつと言いたげに困惑した表情を浮かべた。
祈織からすれば、自然界では力の強い雄ほど雌にモテるものなので、伊之助に勝った炭治郎を番にしたいと思うのは何も不思議なことではないのだ。
強い雄と交尾をすればそれだけ強い遺伝子を残せる。動物はそれを本能で知っていて、ずっと子孫を残してきたのだ。
祈織からしたら、何故そんなに当たり前のことを尋ねてくるのかの方が不思議で仕方なかった。


「じいちゃんが伊之助親分とあたしはキョーダイだから番にはなれないって言ってた!キョーダイで番になると、弱い子供しか産めないって!だからずっと伊之助親分みたいな強い雄を探してたの。炭治郎親分はすごく強かった!だからあたしの番になって欲しい!」

「いや、全く意味がわからないぞ!!そして番にはならない!!」

「てかちょっと待って!今兄妹って言った?えっ!そこの猪と君って兄妹なの!?」

「そうだ!じいちゃんが双子だって言ってたぞ!」


善逸の言葉に祈織が力強く答えると、祈織は被っていた狼頭の被り物を外してみせた。
曝け出された素顔を見て、炭治郎たちは目を見開いて驚く。
そこには「双子」という言葉を証明するように、伊之助そっくりな顔が現れたのである。
伊之助よりも少しだけ長い髪。顔は確かに双子と言うだけあってそっくりであるが、やはり男と女と性別が違うからか、伊之助よりも顔立ちはどこか柔らかく、女性的であった。


「……びっ、美少女だ!!これが本物の美少女だ!!あの猪と同じ顔なのに、ぜんっっぜん違和感ない!!めちゃくちゃ可愛いじゃんか!!」

「善逸……」


祈織の素顔を見た途端、その容姿が美しかったからなのか、興奮して鼻息を荒くし始めた善逸に、炭治郎はドン引きする。
しかし祈織はそんな善逸など最初から眼中になく、炭治郎だけをキラキラとした目で見つめていた。


「伊之助親分も死んじゃったし、あたし群れいない。だから番になってよ炭治郎親分!」

「ちょっと待て!!だから伊之助は死んでないぞ!!それに俺は君の親分じゃない!!」

「えっ!?伊之助親分生きてるの!?」

「だからさっきからそう言ってるだろう!!簡単に兄妹を殺すんじゃない!!君は……姉が?妹か?」

「伊之助親分の方が強いから妹だ!」

「そうか!!」

「いや!!そうかじゃねぇよ!!強い方が兄になるとか基準がおかしいこと言ってるだろ!!」


祈織のおかしな語源に突っ込むことなく力強く頷く炭治郎に、善逸が代わりにツッコンでいた。


「あたしたちの母ちゃん猪!だから人の常識なんて知らないよ!」

「君は猪から産まれたのか!?すごいな!!」

「父ちゃんは狼だ!」

「種族がおかしくないか!?」

「お前等の会話の方がおかしいわ!!」


駄目だ。炭治郎までなんか話が通じなくなってる!
俺がしっかりしないと。こいつ等頭おかしい!

善逸は心の中でそう思った。
炭治郎は純粋なのか馬鹿なのか、祈織の言葉を全てまっすぐに受け止めて信じてしまう。
祈織の言っていることはめちゃくちゃで意味がわからない。
俺がしっかりしてちゃんと話を聞かなければ。じゃないといつまでも纏まらない気がする。
善逸は強くそう思ったのである。そしてその予想は結構当たっていたのであった。

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