第4話「親代わりの動物たち」

それから暫くして、炭治郎が不意に羽織を脱ぎ出した。脱いだ羽織を綺麗に折り畳むと、それを気絶している伊之助の頭の後ろにそっと置いて、枕代わりにしてあげていた。
それを見ていた善逸も何故か羽織を脱ぎ出し、祈織に突き出すようにして差し出したのである。


「ん!!着て!!」

「……何だ?弱弱タンポポ?」

「俺は我妻善逸だよ!!何だよ蒲公英って!!いいから羽織着てよ!!女の子がそんな破廉恥な格好してて目のやり場に困るんだよ!!」

「ハア?何であたしがお前の言うことなんて聞かないといけないんだよ!子分のくせに生意気だぞ!」

「いつから俺はお前の子分になったんだよ!!」

「うっさいぞ蒲公英!!伊之助親分が寝れないだろうが!!」

「あらごめんなさいね!!」


まるで自分の言うことを聞かない祈織に、善逸は諦めたようにため息をつくと、祈織に羽織を着せるのは断念し、代わりに寝ている伊之助の上に布団代わりに羽織をかけてやった。
それを炭治郎は弟たちを見るような優しい目で眺めていた。


「……伊之助が起きるまで時間がかかるだろう。俺たちはその間に屋敷の中にいる人たちを埋葬しよう。」

「あー……そうだな。ただ待ってる訳にもいかないしな。」

「僕たちも手伝います!」

「ありがとう!」


伊之助が目を覚ますまでの間に屋敷の中にいる人たちの埋葬を終わらせてしまおうと言い出した炭治郎に、善逸も子供たちも同意して頷く。
だが祈織だけは、不思議そうに首を傾げて言った。


「生き物の死体なんて埋めてどうするの?放っておいても勝手に腐るし、そこら辺の動物たちが勝手に食べて骨になるだけだ。意味がわからない。」

「はあっ!?」


祈織の言葉に善逸が驚いて思わず声を上げた。
善逸と子供たちが何を言っているんだこいつと言いたげに見つめる中、炭治郎は何かを察したように尋ねる。


「――どうも祈織とは会話が噛み合わないな。と言うよりも、常識がまるで分かってない。知らなさすぎる。」

「お前ら今までどういう生き方してきたの?」

「どうって……山で育っただけだけど?」

「親は?」

「母ちゃんは猪!父ちゃんは狼だ!」

「だからお前は人間なんだっての!!その答え方おかしいからな!!?絶対嘘だろ!!いや、嘘ついてる音はしないけどさ!!何故かね!!」

「ああっ!?るっせェぞ蒲公英!!猪の母ちゃんに育ててもらったんだから嘘じゃねーし!!母ちゃんが死んだ後に狼の父ちゃんが世話してくれたんだからな!父ちゃんは野兎の狩り方とか山で生きる色々な知恵を教えてくれたんだ!」

「……君たちは動物に育てられたのか?じゃあ言葉は?誰かに教えてもらったんだろ?」

「言葉はじいちゃんが教えてくれた!父ちゃんと母ちゃんが死んだ後にハクセイ?とか言うのにして体が腐らないようにしてずっと一緒にいられるようにしてくれたんだ!」

「んー……つまりこういうことか?伊之助と祈織は実の親に山に捨てられて、それを猪や狼が育てた。それでよく分かんないが、言葉とかはその「じいちゃん」とかいう人に教えてもらって、かろうじて会話はできるけど、この兄妹は限りなく野生動物のように育ってきたせいで、人の常識が全くと言っていいほど備わっていないってことか?」

「親に捨てれられたのかは分かんねーよ?俺と違ってちゃんと名前とかつけてもらってるみたいだし、やむを得ない事情があったのかも。まあ、この子の話を聞く限り、ほぼ炭治郎の言ってる通りじゃない?」


炭治郎と善逸が祈織の話からあーだこーだと色々と推測してみるが、はっきりと分かったのは祈織たちには人の常識が分からないということだ。
だから埋葬することの意味がわからないし、野生動物に育てられたというのなら、供養やお葬式なんかも知らないだろう。


「……あのな祈織。人は大切な人が死んでしまったら、土に埋めてお墓を作ってやるんだ。祈織は埋めても意味が無いというけれど、そんなことはないよ。お墓は死んでしまった人が安らかに眠るための場所なんだ。そして生きている人たちにとっては心の拠り所になる。お墓があるから、そこに大切な人が眠ってるって分かる。だから死んで離れ離れになってしまっても、また会いに行ける。例え言葉は返ってこなくても、そこにいて見守ってくれてると思うことができる。だからお墓は大切なんだよ。埋めてやらないと、ちゃんと弔ってやらないと、鬼に殺されてしまったこの屋敷の人たちがゆっくり眠れないんだ。」

「んー?炭治郎親分の言葉は難しい。死んだら墓?なんてもの作らなくても勝手に終わるよ?それが死だ。」

「そうかもしれないな。でもな、人は死後の世界があるって信じてるんだ。死んだ後に行く場所があると信じてる。だからその人がその場所に安心して行けるように、眠る場所を作ってやるんだ。祈織にもないか?大切な人が死んでしまったこと。誰かが死んでしまって、悲しいって思ったことないか?」


炭治郎にそう言われて、祈織は考えてみた。
正直、炭治郎の言っていることは祈織には難しすぎてよく分からなかった。
だけど自分は覚えてる。育ててくれた母親代わりの猪や、父親代わりに祈織たちに狩りの仕方を教えてくれた年老いた狼がある日冷たくなって動かなくなった日のことを。
まだ言葉も話せず、伊之助以外の人間を知らなかった時、「死」という意味さえもよく分かっていなかった。
ただ冷たく動かなくなってしまうと、もう生きていないのだということ。それはもう二度と目を覚ましてはくれないというだけは理解できた。
鼻の奥がツンっと痛くなって、訳もわからずに目から水が沢山出てきて、ドコドコと音が鳴る場所がぎゃうっと強く握られたみたいに痛くなった。
それが悲しいという感情なのだと、じいちゃんに出会って教えてもらうまでは知らなかった。
祈織はその時のことを思い出して、またぎゅうっと胸のあたりが痛くなった。
思わず胸のあたりに手を当てる祈織を見て、匂いで感情の分かる炭治郎は悲しげに微笑んだ。


「……悲しいことを思い出せてしまったみたいだな。ごめん。」

「いい。炭治郎親分の言ってることはやっぱり難しくて分から無いけど、死んじゃったことが悲しくて、忘れたくなくて、何かを残したいから、ヒトはお墓ってのを作るんでしょ?私も伊之助親分も、その気持ちは分かる。だからおっちゃんに父ちゃんと母ちゃんの頭を残してもらったから……」

「……そうだったのか。二人にとって、その被り物は大切な親の形見なんだな。」

「……ウン。」


祈織は昔のことを思い出して少し悲しくなったのか、しゅんとどこか落ち込んだ様子でそう言って、また狼頭の被り物をすっぽりと被り直した。
そして炭治郎を見て言った。


「あたしも、埋めるの手伝う。炭治郎親分。」

「ああ!ありがとう!でも俺は君の親分じゃないから、炭治郎と呼んでくれ!」

「えー!でも……」

「俺たちはもう友達なんだから、名前で呼んでくれ!」

「……トモダチ?」


不思議そうに呟き返す祈織に、炭治郎は満面の笑顔を浮かべて言う。


「ああ!善逸も伊之助も祈織も、俺の友達だ!」

「トモダチ……知ってる!仲間!仲間以上に大切なものなんでしょ!?家族と同じくらい大事なヒトのことを言うって!」

「そうだぞ!みんなもう俺の友達だ!」

「えっ、俺も!?」

「勿論だ!善逸だって俺の大切な友達だ!」

「へ、へえ〜、まっ、まあ……いいけどね。嬉しいし。」


思わぬ炭治郎の友達発言により、祈織は嬉しいそうにパアッと顔を輝かせる。
善逸は善逸で、満更でもなさそうだった。
照れているのか、ちょっと嬉しそうに頬をほんのりと赤く染めている。


「分かった!!炭治郎!!」

「何だ?祈織!」

「炭治郎!炭治郎!」

「ああ!炭治郎だ!」

「あたしと番になって!!」

「それは無理だ!!」

「なんでぇーー!!?」


炭治郎の名前を嬉しそうに何度も何度も連呼する祈織。
満面の笑顔で再び番になってくれとお願いしてみるが、炭治郎はきっぱりと再度断るのであった。
それからなんやかんやとあったものの、全員で屋敷に残された人たちの遺体の埋葬を始めたのであった。
一人残された伊之助が目覚めたのは、そのすぐ後のことである。

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