第5話「親分は兄ちゃん」

「そうだ祈織。一ついい事を教えてやる。」

「ん?」


屋敷で殺された人たちの埋葬をしていると、炭治郎が不意にそんなことを祈織に言った。
祈織が不思議そうに首を傾げると、炭治郎はにっこりと笑って、まるで内緒話をするように、祈織の耳にこっそりとあることを耳打ちするのであった。


「――そんなことでいいの?」

「ああ、きっと喜ぶぞ。」

「本当にぃ?」

「ああ!」


祈織は怪訝そうに眉をひそめるが、炭治郎はにっこりと妙に自信満々に微笑むのであった。



**************



「――はっ!!」

「うわっ!!起きたァ!!」


それから暫くして、伊之助が目を覚ました。
飛び起きるようにして立ち上がった彼は、何故か善逸を追いかけ始めたのである。


「勝負勝負ゥ!!」

「寝起きでこれだよ!!一番苦手これ!!」


追いかけ回す伊之助から逃げ回った善逸は、あろう事か1番小さな女の子のてる子を盾にしたのである。
情けないことこの上なく、小さな女の子の背に隠れてブルブルと震える善逸を見て、祈織は彼を鼻で笑った。
そして伊之助はというと、土をかけて石を積み上げている炭治郎と祈織の姿を見て、指をさして叫んだ。


「何してんだァ!!お前ら!!」

「埋葬だよ。」

「伊之助も手伝ってくれ。まだ屋敷の中に殺された人たちがいるんだ。」

「生き物の死骸なんて埋めて何の意味がある!!やらないぜ!!手伝わねぇぜ!!そんなことより俺と戦え!!」

「あ、あの……」

「子分!!お前もそう思うよなぁ!!」

「で、でもね、おや……に、兄ちゃん!」

「………………はあっ!?」


祈織がおずおずと声をかけると、伊之助は妹に同意を求めた。
すると祈織は恥ずかしそうにモジモジと人差し指どうしを突っつきながら、伊之助のことを「兄ちゃん」と呼んだのである。
一瞬、自分が呼ばれたのだと理解できなかった伊之助は、数秒固まった後、たっぷりと間を置いて大袈裟なまでに反応したのであった。
今までの中で一番大きな声をあげて驚いていた。


「ど、どうしたんだ子分!!なんで急に!!いつもみたいに親分って呼んでみろ!!」

「う、うう……炭治郎のうそつき!!伊之助親分喜ばないじゃん!!」


伊之助が焦った様子で、祈織の両肩を掴んではユサユサと揺さぶるので、祈織は泣きそうになった。
そしてふるふると身体を震わせて涙目になると、炭治郎を睨みつけたのである。


『伊之助が起きたら、親分じゃなくて、兄ちゃんと呼んでやるといい。きっと喜ぶから。』


伊之助が目を覚ます少し前に、炭治郎にそう教えられた祈織は、素直にその言葉を信じた。
大好きな親分が喜んでくれるならと、照れくさいのを我慢して言ったのに、炭治郎は嘘つきだ。
許さないと、祈織は恥ずかしさと怒りに震え、炭治郎を睨みつける。
しかし炭治郎はきょとりと目を丸くすると、慌てて首を横に振ったのである。


「ちょっと待ってくれ!嘘じゃない。伊之助からはちゃんと嬉しそうな匂いがするぞ!ちゃんと喜んでる!兄が妹に兄ちゃんと呼んでもらえて、喜ばない兄はいないぞ!」

「……そうなの?伊之助親分?」


祈織が炭治郎の言葉に半信半疑で尋ねると、伊之助はビクリと肩を跳ね上げて、僅かに動揺してみせた。
明らかに動揺している。どうやら図星のようだ。


「て、てめーー!!適当なこと言ってんじゃねーぞ!!」

「ほらぁ!!やっぱ嘘なんだ!!親分嬉しくなかったんだぁ!! 」

「いっ、いや……それは……」

「親分?」


涙目になる祈織を見て、伊之助はモゴモゴと何やら小さな声で呟く。
それを祈織は不思議そうに見つめた。


「べっ、別に、嫌ではねぇ!!仕方ねーから兄ちゃんと呼ばれてやる!!」

「わかったよ親分!!」

「兄ちゃんだ!!子分!!」

「分かったよ兄ちゃん!!」

「良かったな伊之助。やっぱり兄妹ならちゃんとそれらしく呼びあった方がいい。だから伊之助も今から祈織のことは"子分"じゃなくて名前で呼んでやるんだ。」

「はーん!!なんでお前にそんなこと指図されなきゃなんねーんだよ!!」

「まさか……妹の名前が分からないのか?」

「ああ?」


その時、伊之助の額に青筋が浮かんだ。


「呼べるわ!!祈織!!これでいーんだろ!!」

「ああ!!」

「兄ちゃん!!」

「何だ祈織!!」


祈織がさっそく覚えたての呼び名を嬉しそうに呼べば、伊之助も心なしかはしゃいだ声で返事を返した。
なんだかんだと言いつつ、2人は新しい呼び名が気に入ったようである。


「私、炭治郎を番にする!」

「……………はっ?」

「なっ!祈織ちょっと待て!」

「はぁぁーーーーーん!!!!???」


祈織がこれでもかと言わんばかりにキラキラと目を輝かせて、伊之助に爆弾発言をしたことで、伊之助は固まり、炭治郎はまずいと顔色を変えた。
そして案の定、次の瞬間には伊之助の怒りの声が山に響き渡ったのであった。


「認めねぇ!!認めねーぞ!!何でこんな弱っちそうな奴!!」

「でも兄ちゃん、炭治郎は兄ちゃんに勝ったよ。」

「はああァァァっっ!!?負けてねーし!!」

「でも……」

「よーーし!!もう1回俺と勝負しろ!!文次郎!!」

「炭治郎だ!!誰だそれは!!」

「お前のことだ!!」

「違う!!俺は祈織と番になるに気はないと何度も言っているし、それよりも今は殺された人達の埋葬を終わらせたいんだ!」

「だからやらねぇって言ってるだろ!!」

「そうか……」


伊之助が苛立ちを隠そうともせずに怒鳴り散らすと、炭治郎は何かに気づいたように急に深刻そうな顔になった。


「傷が痛むから、できないんだな?」

「…………………は?」

「いや、いいんだ。痛みを我慢できる度合いは人それぞれだ。亡くなっている人を屋敷の外まで運んで、土を掘って、埋葬するのは本当に大変だし、善逸と祈織と、この子たちで頑張るから大丈夫だよ。だから伊之助は休んでいるといい。」


炭治郎は決して嫌味ではなく、本当にそう思って、伊之助の怪我を案じて親切心でそう言っただけであった。
だが、気が短く負けず嫌いな伊之助は、そんな炭治郎の言葉に対して、喧嘩を売られたと判断した。
心無しか、伊之助には炭治郎の慈愛に満ちた微笑みが、憎らしく、ほくそ笑んでいるように見えた。
伊之助の額の青筋が更に増えた。


「はあ"ーーーーーん!!?舐めるんじゃねぇぞ!!百人でも二百人でも埋めてやるよ!!俺が誰よりも埋めてやるわ!!」


こうして炭治郎たちは、妙に気合の入った伊之助の活躍のおかげで、日が暮れる前に埋葬を終えることができたのであった。
それから山を下ることになったが、善逸が何故か正一を連れて行くとごねた。
仕方がないので炭治郎が善逸を手刀で気絶させ、背負って連れて行くことになった。
子供たちには鴉が吐き出した、藤の花の香り袋をお守りに持たせて、麓で別れた。
そうして三人は鴉に導かれる形で、何処かへと向かうことになったのである。

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