第87話「何も……見なかった」

「この壺、丁度人の頭が入るくらいの大きさだな。」
「「……」」

彩乃とリクオと氷麗は先生の言葉に思わず想像してしまい、ぞっとして顔を青ざめた。

「……見なかったことにしよう。」
パタン
「そうですね。」
「えっ!?ちょっと二人共!?」
「む?開けてみんのかつまらん。」

彩乃は壺を見なかった事にして、静かに戸を閉めた。
それに氷麗も同意し、リクオはこのまま放置していいのかと驚き、先生はつまらなそうにあくびをした。

「え、彩乃ちゃん、このままでいいの?もし妖怪だったら……」
「でも、まだ妖だって決まった訳じゃないし、仮に壺の中に妖の頭が入っていたとしたら、これはたぶん封印されてるんだと思う。変に弄らない方がいいと思うんだ。」
「そうですよリクオ様!余計なことに首を突っ込まない方がいいです。」
「でも……」
「おや?皆で集まって何をやってるんだい?」
ドキッ!
「わっ!名取さん!?」

いつの間にか部屋に戻ってきた名取に驚く三人。
思わずびくりと体が跳ねると、三人は慌てて押し入れから離れた。

「特に変わりはなかったよ。そっちは何かあったのかい?」
「えっと……」
「……いえ、特には……」
「……そうかい。」

リクオが言おうか迷っていると、彩乃が先に答えてしまう。
思わず嘘をついてしまった彩乃だが、名取は気付いているのかいないのか、特に気にした様子もなく頷いた。

「よし、じゃあ食事にしよう。猫ちゃんには刺身を追加しようか。」
「ぬおー!マジか!?」
「……すみません、名取さん。本当は少し気になることがあるんです。でも、今のところ姿を見たり、音を聞くだけで害はないし。……折角……楽しい旅行に連れてきて貰ったのに、話して気を煩わせる程のことでは……」

彩乃が嘘をついたことを申し訳なさそうに謝ると、名取は優しく彩乃の頭に手を置いた。

「――そうだね。今日くらいは妖怪のことは置いておこうか。」
「……はい。」

名取の言葉に彩乃は嬉しそうに微笑む。
そんな二人の様子を、リクオが悲しそうに見つめていたなど、誰も知らなかった。

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