その後の話(月分祭編番外編)

『ふーん、それなら三隅山の件は無事に解決したんやな。』
「ああ。あの名取周一と会合で会った女に良いところは持ってかれたがな。」
『なっ、彩乃先輩も一緒におったんか!?』

月分祭での一件が解決した夜、竜二は新幹線の中でゆらに電話をしていた。
三隅山でのことが無事に解決したことを報告したついでに彩乃のことを話すと、ゆらは電話越しでもうるさいくらいの大声で反応した。
あまりにも大きな声に思わずスマホから耳を離して眉をひそめる竜二。

「……うるせぇぞゆら。もう少し声を抑えろ。」
『あっ、ごめん。でも何で彩乃先輩が三隅山の一件に関わってるんや!?……あ、そういえば先輩は名取の弟子やったっけ……』
「いや、どうやらあいつは祓い屋じゃないらしい。……つーか、先輩ってなんだ。お前あいつと知り合いなのか?」
『彩乃先輩は同じ中学の先輩やで。それよりも先輩が祓い屋じゃないってどうゆうことや!?』
「知らねぇよ。本人に聞け。」
『ちゃんと説明してやお兄ちゃん!』
「知りたいなら直接本人から聞けよ。面倒い。」
『ちょっ、面倒いって……三隅山のことといい、ちゃんと説明してや!私知ってるんよ。本当は今日の三隅山の依頼、私が受ける筈やったんやろ!?』
「――おい、その話誰から聞いた。」
『おじいちゃんや。』
「あの狸じじい……」

竜二は腹立たしげにスマホを握る手に力を込めた。
ミシリと嫌な音を立ててスマホが悲鳴を上げる。

「お前には関係ない。兎に角お前がやることはより多くの妖怪を狩り、ぬらりひょんを倒すことだ。それ以外のことで気を取られてる暇はねぇだろ。お前は飽くまでもまだ修行中なんだ。」
『う、それはわかっとるけど……』
「兎に角、お前が三隅山での一件を説明しろって言うからこうしてちゃんと報告してやってんだ。話は終わりだ。切るぞ。」
『えっ、ちょっ!』
プッ、ツーツー 

ゆらの静止の声も虚しく、竜二は電話を切ってしまった。
無機質な電子音が鳴り、竜二は疲れたようにため息をついた。

「……たく、ゆらの奴もしつけぇんだよ。」
(何の為に俺が依頼を代わったと思ってるんだ……)

妹に神殺しなんて大罪を犯させない為に引き受けたというのに、文句を言われては割に合わないというもの。

(……それにしても……あの夏目とかいう女、ゆらの知り合いだったのか……)
『妖だって優しい者はいます。人が好きな妖だっている。だから、何も知ろうとしないでそんなこと言わないで下さい!!』
(――甘いんだよ。あれだけの力を持ってやがるのに妖怪を殺すなとか言いやがって……)

正直に言って、あの少女の霊力は自分やゆらですら上回る程のものだった。
あれ程の力を持っていながら妖怪を倒すことが出来ないどころか、妖怪を優しいなどと甘いことを言う。

(あれでは折角の力も宝の持ち腐れだな……)
「……ちっ、イライラしやがる。」

自分がどれ程望んでも手にできなかった『力』を持っているくせに、祓い屋どころか妖怪を救おうとする只の馬鹿女だった。

「あんな奴が結局妖怪に付け込まれて早死にするんだ。」

イライラとした様子でトントンと足を踏み鳴らす竜二は、何故自分がこんなにも苛ついているのかその理由がわからなかった。

*****

――京都・花開院家――

「おいじじい、戻ったぞ。」
「おお竜二。よく無事で戻った。して、三隅山での件はどうなった?」
「……」

………………
…………

「――ふむ。成る程のお。」

竜二が三隅山での出来事を事細かに説明すると、竜二の祖父、二十七代目当主である秀元は自慢の長い髭を撫でながら頷いた。

「名取の若造も最近は祓い屋として名を上げておるようだが、今回の一件でまたその知名も上がるだろう。して、問題はその夏目という少女だがな……」
「見たところ妖怪が見える事と、膨大な霊力の持ち主って事以外は只の一般人のようだったぞ?」
「――実はな、最近妖怪達から妙な話を聞いたんじゃ……」
「……妙な話?」

竜二が怪訝そうに目を細めると、二十七代目秀元は頷いて話を続けた。

「最近討伐した妖怪が言っていたと分家の者から聞いてな。少しばかり気掛かりだったんじゃよ。」
「……」
「――何でも、あの『夏目レイコ』が再び現れたとか。」
「……レイコ?あの『友人帳』の夏目レイコか?」
「ああ。飽くまでも噂じゃから、そこまで気にせんでもよいじゃろう。夏目レイコはもう何年も噂を聞かんかったし、仮に本当だとしても、これだけの情報では『友人帳』の在りかを突き止めるのは不可能にちこうて。」
「……夏目……」

一瞬、竜二の脳裏に三隅山で会った彩乃の顔が浮かんだ。

(……まさかな……)
「――ところで、魔魅流はどうしてる?」
「ああ、魔魅流か……今のところ漸く安定してきたのか落ち着いておるよ。ただ……」
「ただ、何だよじじい。」

魔魅流は竜二とゆらの義理の兄弟の一人だ。
最近より強い力を手に入れる為、魔魅流は自らの体に式神を取り込んだ。
その副作用なのか、ずっと魔魅流は力を暴走させては情緒不安定になっていたのだ。

「――会えばわかる。あれはもう、ワシ等の知る以前の魔魅流ではない。」
「……どういう意味だじじい。」
「あの子は、変わってしまったよ……」

悲しそうに、そして魔魅流に対してなのか、どこか申し訳なさそうな、苦しげな表情で話す秀元に、竜二は全てを悟ってしまった。

(――ああ、駄目だったか。)

式神を体内に取り込むなんて荒療治をして、無事で済むなんて思ってはいなかった。
しかし、心のどこかで魔魅流なら大丈夫なのではないかと思ってしまっていた。

(……あいつの心は、壊れちまったんだな……)

まだ魔魅流に会ってはいないからどう変わってしまったのかはわからない。
けれど……きっともう、あの優しく笑う穏やかな笑顔は見れないのだろうなと、竜二はどこかで感じていた。

- 154 -
TOP