第148話「夏目とイタクの出会い」

ある昼下がりの事。イタクはその日、偶々人里に降りていた。
昼間は小さな鼬の姿になってしまうイタクだが、その日は何故か遠出したくなって、人里まで降りて散歩をしていた。
そんな時、イタクは散歩を終えて隠れ里に帰ろうと道路を横断しようとしていた。

キキー!ドンッ!
「キュウ!!」

けたたましいブレーキ音と共に、小さなイタクの体は吹き飛ばされる。
車に跳ねられたせいで身体中傷だらけで、止めどなく血が流れ出ていた。

(いてぇ……くそ……ヘマしちまった。)

身体中痛い。
辛うじて意識はあるが、イタクは朦朧とする意識の中で死を予感した。

(……俺……このまま死ぬのか?こんな……こんなあっさりと?嫌だ……死んでたまるか……)

体から畏れが抜け出ていくのが嫌でもわかる。
早くここから移動しなければ、次にまた車に跳ねられでもしたら今度こそ本当に死んでしまう。
けれど、どんなに体を起こそうとしても、鉛のように重い体はピクリとも動いてはくれなかった。
イタクが本気で死を覚悟し始めた時、誰かが近付いてくる気配がした。

「――まだ、生きてる……」
(誰だ……人間のガキ?)

イタクを見下ろしてくるのは、まだ幼さの残る人間の娘だった。
娘は心配そうにイタクを見下ろした後、まだ彼に息があるとわかるやいなや、躊躇うことなくイタクを抱き上げた。
イタクを抱き上げたことで洋服に血がこびりつくのも気持ち悪がらず、娘はイタクを抱えたまま何処かへと移動した。

******

――娘が移動したのは小さな公園だった。

「――イタチさん、今手当てしてあげるからね。」

娘はそう言うとポケットに手を突っ込んで、ハンカチを取り出した。
それを不器用な手つきでイタクの傷付いた体に巻き付けると、少しだけきつく縛った。

「キュウ!」
「あっ!痛かった?ごめんね!」

小さく鳴いたイタクに娘は何度もごめんねと謝りながら体を優しく撫でる。
そんなやり取りをしていると、公園に娘と同じ年頃の二人の男の子がやって来た。

「あれ?何だよ嘘つきの夏目じゃん!」
「こんな所で何やってんだよ。」
「あっ……!」

娘に声を掛けてきた少年達は、ニヤニヤとからかうような口調で話し掛けてきた。
それに娘は明らかに表情を怯えさせた。

「何だそれ?……うわっ!きったねぇ血だらけじゃん!」
「うわっ!死んだ鼬なんてよく触れんな。やっぱこいつ頭おかしいぜ!」

血だらけの娘の格好とイタクを見て、気持ち悪そうに声を上げる少年達。
それに娘はムッと眉を寄せ、イタクを抱き締める手に力を込めて言った。

「……てない……まだ死んでないもん!」
「あっ!おい待てよこいつ!」

娘はそんな言葉を吐き捨てるように叫ぶと、逃げるように少年達から背を向けて走り去った。

「――死んでない。生きてるもん。」

泣きそうになりながら走り続ける娘に、イタクの意識は限界だった。

(……なんでこいつは俺を助けようとしてるんだ?わけわかんねぇ……)

人間なんて自分勝手で弱い生き物だ。
そんな人間に助けられるなんて、自分がとても情けない。
だが……

「――死なないでイタチさん。死なないで!」

今にも泣きそうなくらい目に涙を溜めて必死で走るこの娘の声は、イタクの心にスッと温かく包み込むように入り込んできたのだった。

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