第186話「夏目の決意」

現実で彩乃の身に危険が迫っている頃、夢の中では彩乃と珱姫がまだ会話をしていた。

「……ありがとう。」
「いいえ。」

彩乃の体を通して珱姫が先生の怪我の治療をしてくれたのを見ていた彩乃は、珱姫に心からの感謝の言葉を伝えた。
彩乃のお礼の言葉に珱姫は笑顔で頷く。

「――珱さん。あなたは何者なの?どうして私を助けてくれたの?」
「あなたは『あの子』の大切な居場所だから。だから力になってあげたかったんです。」
「……あの子って?」

彩乃の質問に珱姫はただ静かに微笑むと、少しだけ寂しそうに目を細めた。

「私はもうこの世の者ではないから、あの子を助けてあげられない。だけど、あの子の側にいるあなたなら、きっとあの子の心の支えになってあげられる。力になってくれる。あの子を支えるあの人達と共に……」
「珱さん?」
「夏目さん。――――リクオをよろしくお願いします。」
「えっ!?」

珱姫がそう言って微笑んだ瞬間、辺りが急に白く目映い光に包まれた。
彩乃が驚いて目を見開いた時、そこは見慣れぬ天井だった。

「ここは……そっか、昨日リクオくん家に泊まって……」
「起きたか。」
「――え?」

彩乃がぼんやりと見慣れぬ部屋を見回すと、漸く頭が覚醒してきた。
すると、自分の膝の辺りから今一番聞きたい声がして、彩乃はゆっくりと下を見下ろした。

「……ニャンコ……先生?」
「おう。」

彩乃がぼんやりと先生を見下ろせば、ニャンコ先生がいつも通りに返事をくれる。
途端に、彩乃の中でどっと安堵と喜びが沸き上がり、彩乃は勢いよくニャンコ先生を抱き締めた。

「――ニャンコ先生!!」
「うおぅ!!なんだぁ!?く、苦しい……!!」
「よかった!本当によかったぁ!!」
「わかった!わかったから放せ!本当に死ぬわっ!!」
「あっ……ごめん。」

先生の悲鳴に近い叫び声に漸く我に返った彩乃はすぐに先生を解放した。
ゼーハーと荒い呼吸をしながら「三途の川が見えたわ」と話す元気そうなニャンコ先生の姿に彩乃は思わず笑みを浮かべる。

「笑い事ではないぞ彩乃!!」
「ごめんごめん。そう言えばヒノエは?」
「ヒノエなら私が目を覚ましたらすぐに帰ったぞ。なんでも『自分の身が持たない。気力も体力も使い果たしたから帰る』だそうだ。」
「……何それ?まあいいけど。後でお礼を言いたいな。」
「あいつに仮を作ってしまったのは癪だが、まあ今回ばかりは仕方ない。」
「――先生、ごめんね。私のせいで……」
「ん?」
「私が犬神を助けようとしたから、玉章に捕まっちゃって、先生にあんな大怪我させちゃった……ごめん。」

俯きながら謝る彩乃を見て、ニャンコ先生はふんっと鼻を鳴らす。

「まったくだ。あそこでお前が邪魔をしなければ、簡単に蹴りがついたものを。余計なことをしおって!」
「……そうだね。本当にごめんなさい。」
「……彩乃。お前どうした?」
「何が?」
「いつもなら用心棒なんだから守って当然とか、妖をむやみに殺すなと五月蝿いだろ。」
「そうだっけ?我が儘言ってたね。ごめん。」
「……本当にどうした?なんか素直すぎて気味が悪いぞ。」

様子のおかしい彩乃にニャンコ先生は怪訝そうに顔を歪めると、小さな前足を彩乃の額に押し当てて熱を測った。

「……熱はないな。」
「元気だよ?ただ……反省してるだけ。」
「反省?」
「ニャンコ先生……私、強くなるよ。自分で自分の身くらい守れるように。もう先生に迷惑かけないように……ゆらちゃんや名取さんに術の使い方を教わって、妖を…………倒せるようになるから……」
「…………この阿呆っ!!」
ゴインっ!! 
「いったあっっ!!」

突然ニャンコ先生は彩乃に頭突きを食らわせると、彩乃は痛みで頭を押さえて蹲った。
あまりの痛みで額は赤くなり、じんじんとくる痛みに彩乃は涙目だ。

「ちょっと先生!いきなり何すんのよ!!」
「お前がくだらんことを言うからだ阿呆!!」
「くだらないって……私がどんな想いで決意したか……!」
「くだらんわ!決意?そんなもんできてないだろ!本気で妖を殺そうとする者がそんな泣きそうな顔で倒すとか口にするか!!」
「!」

ニャンコ先生の言葉に彩乃の顔色が変わる。
それを見逃さなかったニャンコ先生は、やれやれとため息をついた。

「本当は傷つけたくないと思っているくせに、できもしない覚悟をするな。」
「でも、だって……私が弱いままじゃ、また先生が……」
「私を誰だと思ってるんだ!仮に私が力及ばぬときはヒノエや三篠達がいるだろう。お前には友人帳など使わなくとも、力を貸してくれる妖がいるのを忘れたのか?皆が彩乃に力を貸すのは、お前が優しいからだ。」
「!」
「お前が妖に優しくするから、妖もお前に優しくする。お前が妖に力を貸すから、あいつ等もお前の力になるのだ。」
「先生……」
「本当に必要なら、身の守り方を知るのはいい。だが、本当は傷つけたくないと思っているのに、無理をする必要はない。お前は今のままでいい。」
「……うん。」

珍しくとても優しいニャンコ先生の言葉に、彩乃は潤む目を擦りながら力強く頷いたのだった。

「先生……私、妖が好きだよ。先生やヒノエ、中級達が好きだよ。妖は怖いけど、でも……やっぱり私は妖達を傷つけられない。傷つけたくない。だって……きっと妖を一度でも殺してしまったら、きっともう、二度と妖を友人と呼べなくなるから……」
「……ふん。やっと素直になったか。お前はそれでいい。自分の気持ちに正直なのがお前の長所だからな。」
「ふふ、そうだね。」

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