第188話「犬神再び」

午後から行われる生徒会選挙演説のために、全校生徒が体育会に集まっていた。
彩乃は二年生の列に並び、演説が始まるのをぼんやりと待っていた。

(確か生徒会には清継くんも立候補してるって言ってたな……どんな演説するんだろ。)

自分は二年生なので演説のお手伝いはできないが、候補者の中に知り合いもいないので、密かに応援していた。

ザワリ
「――!?」
(えっ……何この嫌な感じ……)

突然鳥肌が立つような寒気を感じて、彩乃は周りを見回した。
この胸がざわつくような嫌な感じは、彩乃が妖に遭遇した時に感じる気配によく似ていた。
それも良くない感じの……

(――まさか、ここにいるの?妖が……)

また友人帳を狙って四国妖怪が襲ってきたのだろうか。
だとしたらかなりまずい状況だ。
こんな人の多い場所では、みんなを巻き込んでしまう。
彩乃がどうしようと焦っていると、不意に辺りが真っ暗になった。

「えっ何!?」

予想だにしなかった事態に彩乃はパニックになると、無機質なアナウンスが耳に届いた。

『スクリーンにご注目下さい……』
『マドモアゼルジュテーム!!』
「!!?、き……清継くん!?」

巨大なスクリーンに突然清継が映し出され、彩乃はぎょっと目を見開く。
妙に豪華そうな椅子に座り、バスローブ姿に水を注いだグラスを片手に優雅に微笑む清継が何やら色々と喋っている。

(え……演出ってこれだったの……!?すごすぎるよ清継くん。色んな意味でぶっ飛びすぎ!)

家がお金持ちだと聞いていたが、こんなぶっ飛んだ演出を考えてくるとは誰も思うまい。
彩乃は呆れるやら驚くやら暫くスクリーンに注目してしまった。
そしてそのまま清継のとんでもない演説は続き、応援演説者による話になった。
そして舞台の上に現れたのは……

「リクオくん……」

リクオは舞台の上に立つと、マイクを調整しようとしてテンパって床に落としていた。
慌ててマイクを拾って設置し直すと、吃りながらも口を開いた。

「えー……えっと……僕……奴良リクオです。」
ワアアアア!!
「俺あいつ知ってるー!!」
「この前グラウンドの草むしりしてくれた奴だろー!?」
「いつもゴミ捨ててくれる奴だ!!」
「す、すご……!」
(えっ、リクオくんてこんなに人気者だったの!?)

リクオが舞台に出てきた瞬間に沸き上がる歓声に、彩乃は思わず煩さから耳を塞いだ。
普段のリクオの噂は二年の彩乃の耳にも届いていた。
人が嫌がる雑務を自分から進んでやってくれるすごくいい奴がいると……
まるでパシリじゃないかと思うが、普段のリクオの行動は全校生徒からとても感謝されていた。
リクオが全校生徒から歓声を受けていると、突然「何か」が飛んできて、リクオの首に齧り付いた。

「なっ……!」
「何だ……!?何か飛んだぞ!?」
「ガハッ!ハッ!」
(あれは……間違いない。犬神!?)
「喰い殺してぇぇぇやるぜよ奴良リクオォォォ!!」
「うわああああっっ!!」
「リクオくん!!」
(このままじゃまずい!!)

彩乃は苦痛で叫ぶリクオを助けねばと慌てて舞台に向かうため駆け出した。
学校にはニャンコ先生を連れてきている。
だけど、間の悪いことに今この場にはいなかった。
学校の見回りをしてくると言って、何処かに行ってしまっているのだ。

(今から先生を連れ戻しに行っていたら間に合わない!)

彩乃は舞台を気にしながら人込みを掻き分けて必死にリクオの元に行こうと急ぐ。
しかし……

「えっ……」

彩乃は息を飲んだ。
あまりの事に周囲もシンと静まり、静寂が広がる。
何故なら、リクオの首が食い千切られたのだ。 

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