第269話「田沼と多軌の想い」

彩乃はいつの間にか、妙な面をつけた妖怪の集団に囲まれていた。
ジリジリと獲物を狩るように後ろに追い詰められ、気付けば逃げ道を完全に塞がれてしまった。

「――逃がさんぞ小娘。」
「……っ(何なの。こいつ等一体……)」
「……ほお、これが本当に噂の夏目なのか?」
「随分弱そうじゃないか。」
「いいことじゃないか。早く片付く。」
「さあ小娘。友人帳とやらを渡せ……」

面の妖怪が彩乃に手を伸ばそうとすると、突然上から見慣れた白い大福が降ってきた。

「「!!」」
「ニャンコ先生!?」
「やれやれ。迎えに来てみれば世話がやける。」

突然現れたニャンコ先生に、面の妖怪たちは一瞬たじろいだ。
その隙を狙って、先生はすかさず退魔の光を放つ。

「さっさと帰るぞ。」
カッ!!
「ぎゃあっ!!」

光がおさまった瞬間、そこには誰もいなくなっていた。
彩乃たちは無事に逃げ出したのである。
――本来の斑の姿に戻ったニャンコ先生の背に乗り、彩乃はホッと安堵の息をついていた。

「――ありがとう。助かったよ先生。」
「まったく。折角のホロ酔い気分がぶっ飛んだわ!」
「……何明るいうちから飲んでるのよ。用心棒!」

彩乃は額に青筋を浮かべながら、呆れたようにため息をつく。

「……んで。奴等は何者なんだ?友人帳目当てか。」
「……多分。でもあんな集団で来るなんて……」

友人帳が狙われるのはいつものこと。
けれど今回は、少し肝が冷えた。

*******

翌日になっても、昨日の猿面の集団のことが気にかかり、 彩乃はどこかぼんやりとしていた。

「 彩乃ちゃん大丈夫?」
「――え?」
「なんだかぼうっとしてたぞ?」
「あっ、ごめんね!夏休みの話だよね?」
「……ああ。」
「夏目ー!先生が呼んでるぞー!」

彩乃が多軌たちと夏休みの予定を話し合っていると、クラスの男子にそう声をかけられた。

「あっ、呼ばれてるから行ってくるね!」
「ああ。」
「ええ。」

彩乃が教室から出ていくのを見届けると、田沼がポツリと呟くように言った。

「……また、何かの妖絡みだろうな。」
「そうね。」
「――俺さ。」
「え?」
「前に一度、夏目に何で藤原さんたちに見えることを話さないんだって言ったことがあるんだ。」
「……直球ね。」
「ちょっと夏目が意地になっているように見えたからさ。」

そう言って田沼は、窓の外に映る空を見上げながら言った。

「――笑っていてほしいから、話したくないって……その時はよくわからなかったけど、最近時々、夏目が妖に食われている夢を見るんだ。
――ああ、こういうことかって。」
「遅刻してくる夏目を西村たちはまた寝坊かなって笑って待ってるんだ。でも、俺はひやっとするんだ。夏目はきっと、ワンパクねって笑って服の土をはらってくれる塔子さんたちが、服を汚して帰る度に青ざめるようになるのが嫌なんだ。
多分夏目にとって、今はそれが一番恐いことなのかもしれない。」
「……そうね。」

大切な人に余計な心配をかけたくない。
その気持ちはよく分かる。
彩乃ちゃんの気持ちは彩乃ちゃんにしか分からないけど、なんとなく、きっとこれからも彩乃ちゃんはこういった風に自分が妖怪のことで困っても、私たちに頼ってくれることはあまりないような気がする。
なんとなくだが、多軌はそう思ったのだった。

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