第30話「夏目、卵を拾う」

それはある日の夕方の事。
彩乃が小狐と出会う3日前の事であった。

「彩乃ちゃん、ちょっとこれ試食してみてくれないかしら?」
「わっ、美味しそうなたい焼きですね!」
「うふふ、今日ね、親戚の方から焼き器頂いたから、試しに作ってみたの。」
「そうなんですか?とても美味しそうです。」
「今日、これでオムレツ焼いてみるわね。」

にこにこと楽しそうに話す塔子に、彩乃も楽しみだと笑う。
それから彩乃はたい焼きとお茶をお盆に乗せて部屋に戻ると、ゆっくりとたい焼きを味わうことにした。

もぐもぐ
「……美味しい。」
ズズーっ
「……はふ。……ん?」

のんびりとお茶を啜りながらふと何気なく畳に視線を向けると、畳の隙間から人の手のようなものが出てきた。

みしっ……
もぞもぞ
「……ぶふーっっ!!」

それは畳の隙間からもぞもぞと長い黒髪を生やし、突然彩乃の部屋に入ってきた。

「なっ、なっ……」
「……もじい……」
「えっ?」
「……ひもじいひもじい……何かくだされ。」
「……あの……」
「何か、くだされ。」
「……たい焼き……食べたら帰ってね?」

静かな重圧に彩乃は仕方なく先生に取っておいたたい焼きを差し出したのだった。

「彩乃〜、今日のおやつはたい焼きらしいぞ〜!」
「あっ、先生。」
「ぎゃっ、食ってる!!私のたい焼きは!!??」
「……ないね。」

もごもごと髪の妖怪と仲良くたい焼きを食べていると、ニャンコ先生がやって来た。
既にたい焼きは妖怪の腹の中なので、怒り狂った先生は本来の姿に戻ってしまう。

「おのれ!然らば貴様らを丸飲みにしてくれるわーーっっ!!」
「あーもう、私の食べ残りあげるから。」

ニャンコ先生の食べ物への執念に呆れつつ、彩乃の食べかけのたい焼きで先生の機嫌は一先ず落ち着いたのだった。

「ところで先生、用心僕でしょ?何でこうスポスポ妖が家に入ってくるの?」
「阿呆。奴は隙間を移動する『間(はざま)』という妖だ。なかなか大物だし、害はないぞ。」
「……へ〜……」

変わった妖もいるのだなと間を見ると、間はボソボソと小さな声で何かを呟き始めた。

「ありがとうございました。お礼に良いことを教え致しまする。」
「……ん?」
「この家の庭の木に鳥が巣を作っておりまする。今日、それらは巣を旅立って行きまする。」

間はそう言うと、今度は天井の隙間からどこかへと去って行った。

「……待てい!何だそのお得感0な情報は!?」
「良い話じゃない。ほのぼのしてて……でも、鳥の巣があるのは本当だよ。」

*****

間から鳥の巣立ちの情報を聞いた彩乃たちは、その木がある庭にやって来た。

「前に卵を五つ温めていたのを見たの。今は雛が四羽孵ったんだけど……ほら、門柱近くのこの木だよ。」
「もうチェック済みか。さては喰う気か。」
「先生ってそればっかりだね」

食べることばかり考える先生に呆れながら木を見上げていると、門柱の近くに誰かがいるのに気づいた。

「……あ、お客さんかな?」
「……む?誰もいないぞ?」
「あれ?確かに今……」

先程まで確かに誰かがいた気がするのに、気がつくともう誰も居なかった。
不思議に思って門柱に駆け寄る彩乃。
ちなみに、先生は彩乃の背中にちゃっかりとしがみついていた。

「――ああっ!誰よこんなイタズラしたの!!」
「……むう。これは妖が書いたな。」
「……えっ!?」

門柱を見に行くと、表札のところに『参』という字が落書きされていた。
憤怒する彩乃にニャンコ先生から妖怪の仕業だと聞かされ、驚く彩乃。

バサバサッ
「……あっ!」

その時、木から鳥が飛び立っていった。
飛び立ったのは、二羽の親鳥と四羽の雛たち……

『今日、それらは巣を旅立って行きまする』
(――最後の卵は……)

*****

「あら、彩乃ちゃん。外に行ってたの?」
「あっ、はい。ちょっと庭へ……」

家に戻ると、塔子が何やら居間でお茶を啜っていた。

「……ところで、そのいびつな大量のたい焼きはどうしたんですか?」
「……あっ!ああ、うふふ。ちょっと失敗しちゃったものなの。」

テーブルの上には、皮が破れて餡がはみ出ていたりしているいびつな形の大量のたい焼きが皿に盛られていた。
照れくさそうに失敗したと話す塔子に、彩乃はほのぼのとした気持ちになった。

「でも大丈夫!これくらい私一人でペロッと食べて処理しちゃうから!」
「にゃーっ!」
「あらあらニャンキチくん、どうしたの?」
「……塔子さん、良かったら、私にも少したい焼きを分けてもらえませんか?」
「でも、形が……そうね。みんなで食べましょう!」
「ええ!」

にっこりと嬉しそうに微笑む塔子に釣られて、彩乃も幸せそうに微笑んだ。

――時々、思うことがある。

どうして私は、この人たちの本当の子供ではないのかと……
もし、こんな優しい夫妻の子供になれたら、どんなに幸せだろうかと……

(――何をむしのいい夢を見ているのかしら……)

その日の夜になっても、親鳥は戻ってこなかった。

ガサッ
「……よっと。……親鳥、戻ってこなかったね。」
(……まだ、温かい。)

夜に卵が気になった彩乃は、こっそりと様子を見に来ていた。
一つだけ残された卵にそっと手を当てると、まだ温かかった。

「……よいしょ。これで良し。」

彩乃は卵を回収し、先生用の座布団の上で鼻提灯を出してぐっすりと眠る先生のお腹の下にそっと、卵を差し入れた。

「……早く生まれておいで。」

雛が孵るのを楽しみにしながら、彩乃は眠りにつくのだった。

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