第69話「奪われた友人帳」

「……汚れ、落ちないなぁ〜」
「……」

あれから何故か真っ黒になって帰ってきたニャンコ先生を洗うために、一緒にお風呂に入った彩乃。
先生は何故か一言も口を利かないまま大人しく彩乃に体を洗われ、現在彩乃はタオルで先生の体を拭いていた。
ニャンコ先生の体はいくら洗っても真っ黒なままで、仕方なく彩乃は汚れを落とすのを諦めたのだった。

「……ねぇ、先生。何で喋らないの?殴ったからスネてるの?」
「……」
「……」

無言のまま見つめ合う一人と一匹。

「……何よ。あれは先生が悪いんじゃない……」
「ただいまー」
「わっ、先生!?」

拗ねているのか、ずっとだんまりな先生に呆れて彩乃が溜め息をついていると、窓から真っ白な毛並みのいつもの見慣れた姿のニャンコ先生がやって来た。

「えっ!?何で先生が……」
「ん?……あっ!!?何だその黒いのはーーっっ!!??」

*****

「……むっ、やはりこやつ妖だな。」
「何だ。先生じゃなかったんだ。」
「一目見ればわかるだろうが阿呆!!」

てっきり汚れて黒くなっているものだとばかり思っていた黒いニャンコ先生は、実は別の猫だと判明した。(しかも妖怪)
本気でこの黒い猫をニャンコ先生だと思い込んでいた彩乃に、ニャンコ先生は呆れたように怒るのだった。

「こんな頭の大きな猫そうそういないでしょ?……てことは、先生に化けて来たって事かな。この黒ニャンコ……何の目的だろう?」
「はっ!友人帳は無事だろうな!?」
「ん?大丈夫だよ。ここにある……」

そう言いながら鞄から友人帳を取り出してニャンコ先生に見せる彩乃。
しかし、その一瞬の隙をついて黒いニャンコは彩乃から友人帳を奪い取ってしまう。

「「……うっ」」
「「わあああ〜〜〜〜っっ!!!??」」

彩乃から友人帳を奪い取った黒ニャンコは、友人帳を口にくわえたまま窓からひらりと外へ飛び出し、何処かへと去って行ってしまったのだった。
あまりにも突然の出来事に慌てふためく彩乃とニャンコ先生の二人。

「どど、どうしよう!?友人帳がーーっっ!?」
「追えーっ!追うのだーーっっ!!」
「まっ、待ってー!!」
「わっ!阿呆彩乃!ここは二階……」
バサバサバサァ
「きゃーーっ!!」
「彩乃ーー!!」

友人帳を奪って外に飛び出した偽ニャンコ先生改め黒ニャンコを追おうと慌てるあまり、彩乃はここが二階であることも忘れてパジャマ姿のまま窓から身を投げ出した。
案の定窓から落っこちた彩乃だったが、幸いにも下は茂みになっていたお陰で大した怪我も無く済んだのだった。

ガサガサガサガサ
「ハアハアハア……どこ行ったんだろ黒ニャンコ。こっちの方に走るのを見たのに……」
「落ち着け彩乃。こうも暗くては黒い奴は見つけられん。出直すぞ。」
「でもっ!」

あれから上着を羽織って靴を履いてから外に出た二人は、すっかり黒ニャンコを見失ってしまっていた。
暗闇で視界も悪い中必死に猫を探す彩乃だったが、こうも何も見えない森の中で、黒い毛並みの猫一匹探し出すのは容易ではなかった。

「この森は瘴気に満ちている。人間のお前が夜うろつくのは危険だ。」
「でも!もう少し……もう少しだけ探させて!妖達の大切な名を預かっているの!!」
「……」

先生の忠告も聞かずに黒ニャンコを探そうとする彩乃。
家からずっと走りっぱなしで呼吸も荒く、茂みを掻き分けながら道を進んで来たせいで手や足、顔などには小さな傷や泥がついてしまっていた。

「くっそうあの黒ニャン……ぶはっ!!」

闇雲に探そうとする彩乃の背中に先生は全体重を掛けてタックルをかました。
その衝撃で彩乃は前から倒れ込み、思わず膝をついて地面に座り込んでしまう。

「……何すんのよ先生!!」
「まあ落ち着け。友人帳を盗られて腹立たしいところだが、あの黒ニャンコからは悪意的なものは流れてこなかった。だから油断したのだが……とにかく悪用が目的ではなさそうな気配だった。下手に騒いだせいで『友人帳』が奪われたことを他の連中に知られる方がマズいことになるしな。」
「……けど……」

尚も渋る彩乃だったが、不意に何かに気づいて顔を上げた。

「……何だろう。あの光……」
「ん?」

彩乃の言葉にニャンコ先生は彼女の見ている方向に視線を向ける。
何やら山の方に向かってぼんやりと浮かび上がる人魂のようなゆらゆらと揺れる光に、二人は顔を見合わせるのだった。

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