第2話「妖と呪霊」

夏目視点

「俺、虎杖悠仁!因みに高一!」
「あっ、ああ。俺は夏目貴志。同じく高一だ。」
「夏目ね!よろ!」
(すごく明るい人だな……)

俺は差し出された手を取りながらそんなことを思った。
虎杖に引っ張られる形で立ち上がると、服についた砂を叩いて払った。
すぐ横には気絶した一つ目の妖が目を回して倒れている。
俺がそれに視線を向けると、虎杖も妖を見る。

「助けてくれてありがとう。えっと……虎杖も見えるんだな。」
「ん?おう、つっても、見えるようになったのは最近だけどな。」
「そうなのか?」
「夏目は昔から見えてたの?」
「ああ、俺は物心ついた時には……」
「そっか!じゃあ夏目は呪術師の才能があんのかもな!」
(呪術師?祓い屋のことだろうか?)
「それよりも虎杖、早くここから離れよう。こいつが目を覚ましたら危ない。」
「お?大丈夫だって!今とどめを刺すからさ!」
「え?」

俺は虎杖の口から出た言葉に自分の耳を疑った。
今、彼はなんと言った?とどめを刺す?
自分と同い年のこの少年は祓い屋なのだろうか。つまり、虎杖は妖を祓う力があるということなのだろうか。
頭ではなんとか彼の言葉を理解しようとしても、心が落追いつかない。
だって、虎杖はなんてことのないようにあっさりとその言葉を口にしたのだから。
生きている妖にとどめを刺す。つまりそれは、殺すと言うことだ。
確かにこの妖は人を襲う妖なのかもしれない。現に俺を襲ってきたし、食べようとしてきた。
だけど、この優しそうな虎杖の口からそんな残酷な言葉が出てきたのが信じられなくて、俺の思考は停止した。
俺は虎杖のことは何も知らない。ついさっき会ったばかりだし、でも俺を助けてくれたから、良い奴なんだと思う。
そんな良い奴が、妖とはいえ生きている者の命を奪うということをするのが信じられなかった。
俺が茫然としている間に、虎杖は拳を構えた。
そして彼の拳に纏うように、何か得体の知れない力が集まっていくのが分かった。
彼の体から捻り出されたらしいその黒いオーラは、確実にあの妖の命を奪えるものだと、直感で分かった。
そして虎杖はその拳を躊躇いなく、一つ目の妖目掛けて振り下ろした。俺は瞬間的に駆け出していた。

「っ!やめろっ!」
「うぉお!?あぶねーて夏目!」
「やめてくれ!殺してはダメだ!」
「えっ!?何で?」
「何でって……兎に角その妖は殺さないでくれ!」
「えっ、妖?こいつ呪霊じゃねーの?」
「……え?」
「え?」

虎杖が妖にとどめを刺そうとした瞬間、俺は彼の手首を掴んで止めた。
必死に両手でその手を掴むと、虎杖は慌てた様子で拳を止めてくれた。
その瞬間にあの黒いオーラのようなものは消え、俺はほっと一息つく。
だけど安心はできない。俺は虎杖に妖は殺しては駄目だと叫ぶ。
けれど虎杖はきょとりと目を丸くして、心底理解出来ないと言った様子で俺に「何で?」と尋ねてくる。
それに俺は絶句しながらも、ちゃんとした答えを返せなかった。
だって、虎杖が祓い屋なのだとしたら、人を襲うような妖はきっと殺して当然なんだと思う。
だけど、俺はそう簡単に納得なんて出来なかった。きっとここであの妖を始末することが正しいのかもしれない。だからこれは俺のただの我儘だ。
それでも、それでも俺はこの一つ目の妖を虎杖に殺させたくなかったんだ。
だけど虎杖の口から出たのは「じゅれい」という聞き慣れない言葉だった。
それに思わず俺は力を抜いて虎杖を見上げた。すると虎杖も戸惑った様子で俺を見つめる。

「え……虎杖は妖を知らないのか?」
「妖?って、妖怪のこと?呪霊じゃないのこいつ?」
「その呪霊?ってのはなんだ?」
「えっ、夏目って呪霊が見えるだけの一般人だよな?妖?あれ?」
「「???」」

何やら話が噛み合わない。二人して混乱して頭を捻る。お互いに何言ってんだこいつ?状態になっていると、遠くから「あっ!やっと見つけた!」という女の子の声が聞こえた。
反射的に俺と虎杖は声のした方を見ると、虎杖と似たような制服を着た男の子と女の子がいた。
黒髪に細目の少年と、茶髪に少し勝ち気そうな女の子。
二人を見つけると、虎杖は「あっ!」と声を出して嬉しそうにぶんぶんと手を大きく振った。

「伏黒!釘崎!おーい!こっちこっち!」
「こっちじゃねーわ!勝手にどこ行ってたのよ!」
「急に走り出して……探したんだぞ。」
「わりぃわりぃ!ちょっと変な呪霊見つけてさ!」
「呪霊?そこに転がってるでっかいの?……って、まだ生きてるじゃない!さっさととどめを刺しなさいよね!」
「ああ、そうなんだけどさ……」

そう言って何か言いたげな目で俺を見てくる虎杖。
俺は慌てて口を開こうとした。その時、じっと黙って一つ目の妖を見ていた伏黒と呼ばれた黒髪の少年が口を開いた。

「……これ、呪霊じゃないぞ。」
「「へ?」」
「妖怪だ。」
「はぁ〜〜!?」
「えっ、妖怪?呪霊とはちげーの?」
「違う。人でない異形の存在であることには違わないけどな。」
「え?どう違う訳?俺全然わかんねー!」
「お前、妖怪見るのは初めてか?」
「えっ、多分?」
「……」

彼等の話を静かに聞いていると、どうやら彼等は妖と呪霊とかいう存在を間違えたらしい。
俺が黙って三人の会話を聞いていると、伏黒と呼ばれた人が俺を見る。視線が合った。

「んで、こいつは?」
「あっ、こいつは夏目貴志!さっきダチになった!」
「えっ!?」
「違うみたいだぞ?」
「えっ、ちげーの!?夏目は俺とダチになんの嫌か?」
「えっ、いや……」
「じゃあダチな!」
「あ、ああ?」
(何やら知らない間に友達認定された……のか?)
「おい、話脱線してんぞ!」

虎杖の勢いに押されて思わず頷いてしまったが、不思議と俺はそんなに悪い気はしていなかった。
俺たちの会話に釘崎と呼ばれた少女が釘を指したことで、伏黒と呼ばれた少年は小さくため息をついた。
心做しか話が戻って安心しているような気がした。
俺はおずおずと彼等に経緯を説明することにした。

「虎杖とはさっき会ったばかりなんだ。俺が妖に襲われていたところを助けてもらって……」
「ふーん、成程ね。」
「夏目は異形が見えるんだな。だか呪術師じゃない。見えるだけの一般人だな。」
「ああ、俺は祓い屋じゃない。」
「祓い屋を知ってるってことは、それなりの関係者なのか?」
「いや、知り合いに祓い屋をしている人がいて……」
「あの〜〜」

俺が伏黒と話していると、虎杖がおずおずと手を挙げた。
それに俺は言葉を途中で止める。
すると虎杖は申し訳なさそうに、伏黒を見ながら言ったのである。

「結局、妖とか祓い屋って何?呪霊や呪術師とどう違うの?」
「ちっ、無知が!」
「しゃーねーじゃん!俺素人だし!」

釘崎が面倒くさそうに舌打ちすると、虎杖が噛み付く。
それに伏黒がため息をつく。
どうやらこの三人は仲が良いらしい。このやり取りでなんとなく俺はそう感じた。
伏黒がもう一度ため息をつきながら俺と虎杖を交互に見て口を開く。

「一回しか説明しないから、よく聞けよ。」

こうして、伏黒恵によるレクチャーが始まったのである。

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