第4話

虎杖視点

「……おい。」
「あっ!宿儺勝手に出てくるなよ!」

虎杖たちが夏目と別れて少し経ってから、不意に宿儺が話しかけてきた。
自分の顔から口がぱっくりと現れて、勝手に話し出す。そんな本来なら悲鳴を上げてしまいそうなシュールな光景も、今ではすっかり慣れてしまって、虎杖はなんてことのないように話しかけてきた宿儺に答える。
当たり前のように宿儺と話し出す虎杖にギョッとして、伏黒は思わず周囲に人がいないことを確認した。

「おい、周りを確認してから話せよ。」
「あっ、わりぃ!」
「……あのもやし、微力ながら呪力を持っていたぞ。」
「あ?もやし?」
「さっきの夏目とか言う、女のような顔をした男だ。」

宿儺の言葉に、虎杖は「夏目は女でももやしでもねーよ」と見当違いなことを言い出した。
それに宿儺はハッと虎杖を馬鹿にしたように鼻で笑った。

「馬鹿が。」
「俺確かにバカだけど、バカって言った奴がバカなんだぞ!」
「どーでもいい。」
「宿儺から話しかけてきたんじゃんか!」

自分から話を振ってきたくせに、心底どうでも良さげに口を閉ざした宿儺に、虎杖は「ほんと、お前って勝手だよなー」と少し怒りながらも呆れていた。
そんな虎杖の言葉を聞き流しながら、宿儺は密かに思っていた。

(あの夏目とかいう小僧。面白い物を持っていたな。)

あれは呪具の一種だ。それもかなり強力な。
妖たちを操るために何かしらの縛りを施した物を、あの小僧は持っている。
それに微力ながらも小僧からも呪力を感じ取れた。まだ目覚めきっていないせいで弱々しい呪力だが、あれだけの霊力を持った人間なら、目覚めれば相当な力になるだろう。

(これは面白いことになりそうだ。)

宿儺は込み上げてくる喜びを堪えるように、口角を釣り上げてひっそりと笑った。
その事に、虎杖も含め誰一人として気付くことはなかった。



――記録。
2018年、5月。
東京都、〇〇市〇〇地区。
住宅地にて、〇〇家の一人息子が自宅で変死体となって死亡しているのが確認された。
死体からは血液が全て抜き取られており、ミイラのように干からびた状態になっていた。
又、顔面の皮を肉ごと剥ぎ取られており、顔を本人と確認することは困難な状態。
死亡推定時刻は夜中の二時頃とされている。
同時刻、彼の同級生四名が同じように変死体で死亡している。
この四名においては、血液を抜かれていること以外に外的に損傷は無し。



「他にも同様の死亡事件が5月から7月にかけて多数起きていまして、今確認できているだけでも、昨晩起きた事件も含めると死亡者は13人になりますね。」
「13人も!?」

伊地知から今回の討伐任務に関する事件の詳細について聞かされた一年生組三人は、そのあまりの被害者の数に驚愕した。
事件の資料とばかりに渡された死体の写真や詳細の書かれたファイルに目を通しながら、伏黒は口を開く。

「ここまで被害が拡大したのには理由があるんですか?」
「ええ、事件現場から呪力の気配を感じ取れず、当初は呪霊の仕業ではないと見られていたんです。被害者は全て体内から血液を抜き取られており、一部の被害者のみ顔面の皮を剥ぎ取られていた様です。」
「一部、と言うことは、全員がそうでは無いと?」
「ええ、被害者13人のうち、顔面の損傷が見られたのは三名だけです。」
「その三人には何か共通点があるってこと?」
「三人の身元について詳しく調べてみましたが、三人に面識はなく、共通点らしきものはありませんでした。」
「ただ、被害者は全員、死亡する直前に心霊スポットに訪れているという共通点はあります。」
「思いっきり呪霊と関係あるじゃんか!」
「そうなんですが、死体からは呪力を一切感じなかったんです。だからそれ以外の人外の可能性が考慮されまして……」
「呪霊以外って……」
「妖怪です。」
「妖怪……」

一瞬、虎杖の脳裏に夏目がちらつく。

「ですので、当初は祓い屋が派遣されたのですが、その彼も、一週間前から行方知れずになったようで……」
「それで今度は呪術師の私等に声がかかったと。」
「そういうことです。」

伊地知からの説明に、釘崎は納得とばかりに肩を竦めた。
それに伏黒は何かを考え込むような仕草をすると、口を開く。

「……特級呪霊ですか?」
「いえ、確認した感じですと二級くらいかと思われます。」
「そうですか。」

澄ました顔をしているが、その顔は少しだけ安堵したように和らいたのを、伊地知は見ていた。
伏黒は冷静そうに見えて、誰よりも仲間のことを案じられる情の深い子であると伊地知は思っている。
だから今回はあの少年院のような危険は少ないと分かって、安心したのだろう。

「さっ、もうすぐ現場の心霊スポットに到着しますよ。」

伊地知がそう言うと、三人の顔がスっと引き締まった。
三人に緊張が走る。現場が近づいていくに連れて、何かを感じ取っているのだろう。
今回は何事もなく無事に終わって欲しいと、伊地知は心から願った。

***********

夏目視点

――今日はなんだかとんでもないことを知ってしまったような気がする。
俺はつい先程会ったばかりの虎杖たちとの会話を思い出しながら、とぼとぼと歩いていた。
呪霊という存在がこの世にいるなんて、今まで知らなかった。
人の負の想いが呪いという形となり、呪霊を生み出すのなら、もしかしたら自分が今まで見てきた妖だと思ってきた者の中には、呪霊とやらもいたのだろうか。
これまでは怖いものは妖だけだと思っていた。それとはまた別に、恐ろしい存在がいるなんて知りたくもなかった。

「……はあ、ニャンコ先生は呪霊って知ってるのかな。」

虎杖たちは何者なんだろう。
詳しくは聞かなかったけど、呪霊を祓う呪術師なのは間違いないだろう。
事件現場って言ってたけれど、もしかしたら何か良くないことが起きているのだろうか。

(――いや、俺には関係ないな。)

つい先程会ったばかりの人達のことを心配してもしょうがない。
俺には何も出来ないし、あまり関わり合いにならない方がいいだろう。
ただでさえ友人帳や妖のことで手がいっぱいなのに、自分から厄介事に首を突っ込むような真似はしない方がいい。
だからもう、あの人たちのことは考えるな。
余計な考えを振り払うように、思いっきり頭を振るう。そうこうしているうちに、いつの間にか家の前まで辿り着いていた。

「――お久しぶりですね。夏目くん。」
「……っ、的場さん。」

考え事をしていたのが良くなかったのだろうか。
俺に話しかけて来たのは、的場さんだった。寄りによって、何でこの人が此処に居るんだ。
俺は的場さんが正直とても苦手だ。この人の妖に対する考え方は、合わない。
妖を道具のように扱う、そんなことは。
そんな俺の考えなんて知ってか知らずか、的場さんはこうして時折俺の前に現れる。
そういう時は大抵、厄介事を持ってきた時だ。

「何しに来たんですか!家には来ないでくださいって言ったじゃないですか!」

俺は柄にもなく声を荒らげてきつい言い方をしてしまった。
にっこりと笑顔を浮かべて微笑んでいるけれど、決して目は笑っていない。
そんな彼を、俺はじっと探るように眉をひそめて見据える。
俺があまりにも警戒心むき出しだったせいか、彼は困ったように肩を竦めた。

「そう警戒しないでください。今回は緊急を要するものだったので、手紙を送らずに直接訪ねてしまったことは謝ります。」
「要件は何ですか?また妖関係でしょう?」
「話が早くて助かります。ええ、その通り。夏目くんに是非協力して頂きたくて。」
「お断りします。」
「話は最後まで聞きなさい。君にとっても、放っておけないことだと思いますよ。」
「どういう意味ですか?」
「名取さんが消息を絶ちました。」
「……は?」

的場さんが告げた言葉を、すぐに理解できなかった。聞き間違いかとさえ思った。
名取さんが、消息を絶った?それはつまり……行方不明になったということか?
頭が理解した瞬間、的場さんに掴みかかるような勢いで彼に詰め寄った。

「どういう事ですか!?名取さんが行方不明って!」
「彼はある心霊スポットに住み着いた妖を祓いに行ったようなんですが、一週間程前から消息が途絶えました。未だに安否が分かりません。」
「そん、な……名取、さんが……行方不明?」

自分の口で確かめるように言葉にしてみる。けれどどうしても理解できない。理解が追いつかない。
あの名取さんが行方不明だなんて、信じられなかった。それももう一週間も経っているなんて……生きているのだろうか。今も。
無事でいるのだろうか。あんなにすごい人が、そんな簡単に居なくなるなんて。
どうして。どうしてそんなことに……
俺は頭の中が真っ白になってしまって、どうしたらいいのか分からなくなってしまった。
そんな俺を叱咤するように、的場さんが俺の両肩を掴んで軽く揺さぶる。

「夏目くんしっかりしなさい。」
「――あっ。」
「気をしっかり持ちなさい。名取さんはまだ死んだとは限らないのですから。」
「そう、ですね。すみません。」
「これから私は彼が消息を経った場所に向かいます。夏目くんも……「断る!」おや。」
「ニャンコ先生!」

的場さんの声を遮って、誰かが叫んだ。
誰かなんてもう分かる。俺は声のした方を振り返り、ニャンコ先生の名を呼んだ。
ニャンコ先生は家の前の塀の上に立って、不機嫌そうな顔で的場さんを睨みつけていた。

「おや、君もお久しぶりですね。」
「ふん!白々しい。夏目、さっさとそいつを追い返せ。なんなら私が喰ってやるぞ。」
「ダメだ先生!」
「おやおや、怖いですね。私は名取さんと親しい夏目くんも心配でしょうから、協力をお願いできないかと頼みに来ただけなんですがね。」
「ふん!名取の小僧なんぞどーでも「行きます!」なにぃ!?」
「おや、即答ですか。」
「俺も行きます。」
「おい夏目!何を勝手なことを!私は嫌だぞ!」
「もちろん報酬はちゃんとお支払いしますよ。」
「いくらだ?」
「先生!?」

つい数秒前まであんなに憤慨して嫌だと言っていたくせに、的場さんが報酬の話を持ち出してきた途端に手のひらを返したようにころっと話に乗ってきた。
あまりにも早い手のひら返しに、俺は呆れて何も言えなくなった。
思わず目を細めて呆れた眼差しを向ける。

「何だ?」
「……別に。」

言いたいことは色々あったが、正直ニャンコ先生の協力無しでは俺は何の役にも立てないので、先生の心変わりは有難かった。
俺は一度藤原さんたちに話を付けてくると的場さんに言って、準備も兼ねて家へと戻ることにしたのであった。

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