第2話

入学初日に五条悟と最悪な出会いをしてから、梅と五条は喧嘩ばかりの日々を送っていた。
そんな時に起こってしまった本気の衝突。
梅と五条が本気の大喧嘩をした結果、梅の大切に守ってきたファーストキスは五条によって、無慈悲にも奪われてしまった。
そしてギャン泣きした梅は最強セコムのお兄ちゃんを召喚したのである。
そしてなんやかんやあって現在、五条悟の氷像が一つでき上がった。
梅の式神である童磨によって氷漬けにされた五条を放って、梅はお兄ちゃんに泣きついていた。

「うわーん!お兄ちゃぁん!うえっ、ひっく!わぁぁぁぁぁぁあん!!」
「おーよしよし、可哀想になぁ梅。よしよし!」
「わぁぁぁぁん!」
「おーよしよしよしよし!」

小さい子供のように、涙も鼻水も顔から出るもの全部出してギャン泣きする梅を抱っこしながら、妓夫太郎は必死に泣きじゃくる梅をあやしていた。
頭をよしよししてあげたり、次から次へと溢れ出てくる涙を拭ってあげたり、鼻水をティッシュでかんであげたり。
もはやお兄ちゃんというよりもお母さんだった。
そして氷漬けにされた五条を前に、彼の親友である夏油とその同級生である家入は携帯を片手に写真を撮りまくっていた。
つい数分前まで梅も調子に乗ってたくさん撮りまくっていたりする。
まだ15歳という若さで最強の呪術師の地位を約束されていた五条は、これまできっと負け無しの人生だったのだろう。
そんな五条が負けたのだから、こんな面白いこともう二度と見れないかもしれない。
ということで、夏油も家入も大変楽しんで写真を撮りまくっていた。



*****


梅視点


もう最悪だ。死にたい。てかあいつが死ね!!
私がずーーっと大切に守ってきたファーストキスをあんな、あんな……あんなクソ野郎に奪われるなんて!!
クソ親父に貞操を奪われそうになった時でさえ守り抜いた初キスだったのに!
あーーー!!もう!!本当にあいつ死ね!!

そんなことを思いながらお兄ちゃんに抱きつく。
顔をお兄ちゃんのたくましい胸に押し付けて、わんわん泣く。
まるで子供に返ったみたいに泣きじゃくる。
お兄ちゃんの大きくて優しい手が、私の頭を撫でてくれる。

お兄ちゃんお兄ちゃん!
大好きなお兄ちゃん!
私があの五条(バカ)に泣かされたら、必死になって敵を取ってくれた。
お兄ちゃん大好き!
もうお兄ちゃんと結婚したい!
世の中の男なんてみんなクソだわ。お兄ちゃん以上にカッコよくて素敵な男の人なんていないもん!

「うぅぅぅ!おにぃちゃぁん!」
「おーよしよし。」
「コラァー!お前たち今度は何しでかしたァ!」
「あっ?」
「げっ!お父さん!」

騒ぎを聞き付けたのか、グラウンドにお父さんが来てしまった。
ものすごい形相で大慌てで駆け寄って来るお父さんに、絶対に怒られると察した。
お父さんの怖い顔を見たら、涙なんて引っ込んでしまった。

うへー!面倒なことになりそう。
お父さんって怒るとめっちゃうるさいんだよねー

案の定、お父さんは氷漬けになった五条(バカ)を見て、ギョッと目を見開いた。
そしてワナワナと体を震わせてる。
あっ、これキレる寸前だ。
私はお父さんの怒声を覚悟して、急いで耳を塞いだ。
だってお父さんの怒鳴り声って鼓膜破れそうになるんだもん。

「おっまっっ!うめーー!どういうことだー!」
「うっさ!お父さんうっさい!」
「いいから説明しなさい!」

お父さんは私にものすごい勢いで詰め寄ってきた。
それにめんどいなぁと思いながらも、答えないと余計に面倒なことになるのは分かっていたので、仕方なく答えてあげることにした。
ほんっとうに仕方なく。
私が五条(バカ)に喧嘩を売られて、それを買って、そこから術式を使った大喧嘩になって、五条(バカ)に初キスを奪われて、ブチ切れたお兄ちゃんたちによってこうなったと説明したら、話を聞いているうちにお父さんの顔は青色から真っ赤に変わっていた。
額には血管が浮き出るほどに青筋がたくさん浮かび、今にもブチ切れ寸前だった。

「……今、なんて言った?」
「だから、この五条(バカ)が私のファーストキスを奪ったから制裁したの!当然の報いよ!」
「……梅。」
「私悪くないもん!」
「今すぐこの氷割るぞ。今すぐに!」
「お父さん!」

今にもブチ切れそうなお父さんに、私は悪くないことを強調して言うと、お父さんは私にではなく氷漬けになっている五条(バカ)にブチ切れて睨みつけていた。
私のために怒ってくれてる!そう分かったら、もう嬉しくて嬉しくて、感動してしまった。
この五条(バカ)だってお父さんにとっては手のかかるけど可愛い生徒だ。
それでも生徒よりも娘の私を優先して怒ってくれたのが嬉しかった。
目をうるうると潤ませて、お父さんを呼ぶ。
お父さんは私の視線に任せろと言いたげにニヤリと笑うと、拳を握りしめて氷をぶん殴ろうとした。
するとそれを見ていた傑が大慌てでお父さんを羽交い締めにして止めたのだ。

ちょっと何すんのよ!今いい所だったのに!

傑は「先生!それは流石にダメです!」とか言って必死にお父さんを止めようとしている。
正直邪魔すんなと思うんだけど。
折角お父さんが五条(バカ)にとどめさそうとしてくれてるのに〜
硝子なんて「教師が公私混同してるわウケる〜」とか一人で爆笑してた。
しょうがない。私がとどめさすかぁ〜〜と帯を具現化させる。
するとボンッと、頭に手を置かれた。
その手はお兄ちゃんだった。私が「なぁに?」と不思議そうに顔を見上げると、お兄ちゃんは半笑いを浮かべて、言った。

「梅、夜蛾さん。流石に殺すのはダメだ。あと、普通に教師がそれはどうかと思うぞぉ?」
「え〜?お兄ちゃん、私正論嫌い。」
「俺もだァ。それにコイツ梅を泣かせたしなァ。」
「だったらいいじゃん!殺しちゃおうよ!」
「ぶっ殺してやりたいのは山々だが、流石にコイツ殺すと面倒なことになるんだろぉ?」

お兄ちゃんが確認するようにお父さんを見る。
するとお兄ちゃんに正論を言われて諭されたのか、少し冷静になったらしいお父さんが気まずそうに「ああ、そうだな。五条は呪術界ではかなり力があるから……いや、うん。私としたことがすまない。」とか言った。
そして未だに氷漬けになっていて出てこない五条(バカ)を見て、深いため息をつく。

「……梅、すまないが出してやってくれないか?」
「えっ、やだ!」
「梅……」
「やだってば!」

お父さんの言葉を即拒否する。
するとお兄ちゃんが何か言いたそうに私の名を呼ぶ。
お父さんを困らせるなと言いたげなその声色に、私はまたやだと答える。
断固拒否しますと強い意志を持って。
いくらお父さんとお兄ちゃんの頼みでも、嫌なものは嫌!
私が二人からそっぽを向いて拒否すると、それを見て何を思ったのか、傑が困ったように苦笑した。

「梅、悟を出してやってくれないか?許せとは言わないよ。後できちんと謝罪させるから。」
「いーやーよ!」
「うーん、困ったなぁ〜」

傑は後ろ頭を掻きながら唸る。そしてちらりと硝子に目配せした。
硝子が思いっきり面倒くさそうに顔を歪めたのを見た。

「硝子からも言ってくれ。」
「えー、めんどくさ。」
「硝子を使うなんて卑怯よ傑!」
「頼むよ。今度二人が食べたがってた人気店の期間限定のシュークリーム手に入れるから。主に悟の金で!」
「お!」
「ぐぬぅ!……それなら……まあ。」

私が渋々そう言うと、傑はホッと安心したように笑った。
何よもう!これじゃ私がまるで我儘みたいじゃない。
私悪くないもん。アイツが全部全部悪いんだから!
まあいいわ、アイツには絶対にシュークリーム分けてやらないんだから!
やれやれ、私って優しいわね。乙女のファーストキスを無理矢理奪うようなクズのことを助けてあげるんだから。
我ながらなんてできた女なのかしら。
顔も美人な上に気立てもいいって最高の女じゃない?自分で自分が怖いわ。
本当に、ほんとーに、嫌だけど、渋々、私は五条(バカ)の氷を溶かすために帯からある式神を呼び出す。

「――禰豆子、炭治郎。」
「むー!」

私の呼び掛けに答えるように、帯から出てきたのは兄妹式神の炭治郎と禰豆子の二人だった。
私の式神は大きく分けて二種類存在する。
一つは鬼シリーズ。そしてもう一つは剣士シリーズである。
鬼シリーズの式神たちは、私の呪力がもつ限り倒されても何度でも復活できるけど、剣士たちは一度でも致命傷になる攻撃を受けると消えてしまう。
そして一度破壊されると復活するには一ヶ月近く掛かってしまうという、使い勝手に差があった。
鬼シリーズはめちゃくちゃ強いけど、その分かなりの呪力を使うので、中々呼び出すにはリスクがある。
その点剣士シリーズは少ない呪力量で呼び出せるため、普段の戦闘では使い勝手がいい。
世の理が陰と陽、光と闇といった対極な表れであるように、私の式神は鬼と、それを狩る立場の鬼殺隊の剣士たちで構成されていた。
そしてそれを表すかのように、私の式神という共通の立場でありながら、鬼と剣士の式神たちはかなり仲が悪かった。
だけど、炭治郎は剣士であるのに対して、妹の禰豆子は鬼。
本来なら対立する立場であるのだけど、この二人の兄妹だけは、兄妹でありながら別シリーズの式神に属し、それでもとても仲がいい式神なのである。

「梅ちゃん、どうしたの?」
「何かあったのか?あっ、お兄さんこんにちは!」
「……おう。」

禰豆子と炭治郎は突然呼び出されたことで、私に何かあったのかと思ったのか、心配そうに話しかける。
禰豆子は言動が見た目に反して少し幼いところがあるけれど、料理や裁縫が得意でとても優しい。
そして炎を自在に操る能力を持っていた。禰豆子の操る炎は彼女の意思で燃やす対象を選択できるのである。
だから禰豆子に五条(バカ)の氷を溶かしてもらおうと呼び出した。
そして兄の炭治郎は剣士である。彼は水の呼吸と日の呼吸のそれぞれの剣術を使いこなすことが出来る。
そして私の式神の中でも、もっとも心が澄んでいて優しい男である。
私は式神たちの中でも特にこの兄妹がお気に入りで、子供の頃はよく遊び相手になってもらってた。
禰豆子を呼び出す時には、大抵は炭治郎も一緒に呼び出すことにしている。
だって兄妹ってずっと一緒にいたいものじゃない?
私だったらお兄ちゃんとずっと一緒にいたいもの。
まあ、私の術式に関する説明はこんなもんでいいわよね?本題に戻るとするわ。

「梅ちゃん、ぎゅーってして!」
「いいわよ!ほら!ぎゅー!」
「良かったなぁ、禰豆子。」

禰豆子にハグを催促されたので、すぐに抱きしめてやる。禰豆子はかわいい妹分だ。
今まではお兄ちゃんしかいなかったから、式神が呼び出せるようになって、私にとって禰豆子は妹みたいな存在になった。
炭治郎はなんだろう。もう一人のお兄ちゃんみたいな存在に時々思えてくる。
でもやっぱり私の一番は妓夫太郎お兄ちゃんだ。
炭治郎とお兄ちゃんが私と禰豆子のやり取りを微笑ましく見ている。
お父さんは何故か涙ぐんでるし。傑に至っては私が本当に五条(バカ)を助ける気があるのか気になるようで、ちょっとハラハラしてた。
硝子は無表情でよく分からない。
やれやれ、さっさと終わらせるか。私は小さくため息をつくと、禰豆子を離した。

「禰豆子、この五条(バカ)の氷溶かしやってくれる?」
「うっ、うん、いいよー。」
「この人はどうしてこんな事になったんだ?」
「あっ?あー、私のファーストキスを奪ったのにムカついて?」
「……は?」

炭治郎に何度目かになる質問をされて、私は少し面倒さげに思いながらも答えた。
するとそれを聞いた炭治郎が目を丸くして固まった。
なんなんだ?炭治郎は時々分からない。
そんなことを考えている間に、禰豆子が炎で氷を溶かし始めていた。
五条(バカ)が炎に包まれて、傑とお父さんはハラハラとしていた。

「梅、これ大丈夫なのか?」
「五条まで燃やしたら駄目だぞ?」
「いっそこのまま燃やしても問題ないんじゃない?」
「あっ、それいいわね硝子!」
「「梅!?」」
「……冗談よ。禰豆子の炎は燃やす対象を選べるから死にはしないわよ。」
「そっ、そうか……ならいいが。」

私が本気で燃やしかねないと思っているのか、お父さんと傑は冷や汗をかいていた。
失礼ね。私だって約束はちゃんと守るわよ!
信用のない二人にちょっとだけムカつきながらも、禰豆子の炎がどんどん氷を溶かしていくのを見守る。
僅か数分足らずで禰豆子は氷を溶かし終えた。やっぱり私の妹優秀ね!偉いわー!と禰豆子の頭をよしよしと撫でてやる。
禰豆子はムフーっと得意げに鼻を鳴らす。
氷から解放された五条(バカ)は自分に何が起こったのか理解出来ていないのか、ぽけっとしていた。
茫然と立ち尽くしている様がマヌケで笑えてくる。

「悟!良かった!」
「……傑?あっ?俺、どうなった? 」
「おまっ、こっちは大変だったんだぞー!」
「はっ?」

あれから五条(バカ)は傑から事の経緯を説明された。
そして自分が一瞬の隙をつかれて負けたのだと知って、「はっ?俺が梅に負けた?ありえねーわ!」とか勝手にキレてた。
でも硝子から実際に氷漬けにされた証拠写真を見せられて撃沈してた。
「……マジで?俺、こんなになったの?」とか言ってアイツのへこみ具合はめっちゃウケたし、ちょっとだけスッキリした。
だから隠すことなく爆笑してやったら、アイツは盛大に拗ねた。めんどくせぇ!

「おまっ!言っとくけどなー!俺は手加減してたんだ!ちょっと油断してただけで……本気でやり合ったらぜっったいに俺が勝つからな!」
「はんっ!弱い奴ほどよくそう言うのよねー!」
「〜〜っ、このっ!」
「あの!!」
「……あっ?」

五条(バカ)が何か言い返そうとしたら、炭治郎が五条(バカ)に話し掛けていた。
炭治郎の目は、少し怒っていた。
五条(バカ)は元気よく大きな声で話しかけられて、かなり不機嫌そうに炭治郎を見下ろしていた。
奴の目が、「なんだこの式神、俺に話しかけんじゃねーよ。」とか物語っていた。
それでも炭治郎は負けじと五条(バカ)を見据える。

「すみません!あなたにどーーしても言いたいことがあるんですが!」
「あっ?」
「女性の唇を無理矢理奪うのはどうかと思います!人として、いえ、男として最低なことです!」
「式神のくせに俺に説教しようっての?はっ、バカじゃねーの?」
「……ちょっとそこに座ってください!今から説教します!」
「はあっ!?」

あーあ、馬鹿だなー。やっぱりあいつはバカだ。
炭治郎を怒らせるなんて…
こうして、炭治郎の逆鱗に触れてしまった五条(バカ)は、こんこんと炭治郎の説教を受けることになったんだけど、ぶっちゃけいい気味だと思った。
優しくて普段怒らないヒトほど、怒らせちゃいけない。敵に回しちゃいけない。
お兄ちゃんに昔から言われてきた言葉だ。
炭治郎の説教ってめっちゃ長いんだよねー
案の定、炭治郎の五条(バカ)への説教は二時間以上続いたのであった。



*****

おまけ

「あなたはそれでも長男ですか!」
「あっ?長男も何も一人っ子だわ!」
「そーですか!例え今は一人っ子でもいつか兄弟ができるかもしれないでしょう!?もしも弟や妹ができた時にそんな人として最低なことをして、下の子たちに胸を張れるんですか!?」
「いや、だから……」
「仮に一人っ子のままでも、人としては最低です!恋人でもない女性の唇を奪うのは最低です!恋人同士でも無理矢理は有り得ない!あなたはもう少し常識を学んだ方がいい!分からないなら長男である俺が教えます!一緒に勉強しましょう!分からないなら、これから知っていけばいい。学ぶことは恥ずかしいことではないんです!」
「おっ、おい?」
「梅は僕たちの大切な主人であり、俺にとってはもう一人の妹みたいな存在で、大切な家族なんです。そんな家族が泣かされて、とてもあなたを許せないと思いました。でも、人は間違いを犯す生き物です。そしてあなたはまだやり直せる!だからまずは梅に謝ってください!!」
「えっ、いや……」
「嫌!?あなたはまだそんなことを言うんですか!梅がどれだけあなたに傷つけられたと思ってるんですか!人を、女の子を傷つけておいて、謝らない気ですか!?それは許せない!もう一度説教しますからそこに正座ーー!!」
「えっ?えっ?」
「早く!!」
「すっ、すみません?」
「謝るのは俺じゃないでしょーー!!」

もう一時間説教が続いた。

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