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「リディア、手を貸せ!!くそ、こいつら数が多い!!」
アリスが呪文をバンバン唱えていく。その度に多くの帝国兵が彼方へ吹き飛ばされていくが、一体全体敵の数はいくらなのか、飛ばしても飛ばしても敵はやって来る。

「もう!なんでこんな時に」
リディアもホーリーランスを振り回し、敵を一体一体仕留めていく。
リディアとアリスを見かねたのかグレイナルも立ち上がり、リディアらに加戦してきた。

グレイナルが立ち上がってからはあっという間だった。
瞬く間に敵の数が減っていき、そして、今度こそ帝国兵はいなくなったのだ。

「すごい……」
これならガナン帝国を一夜にして滅ぼしたのもうなずける。

「爺ちゃん無茶すんなよ、お前まだ翼の傷治ってないんだろ」
「それはそうじゃが、何やら里の方が騒がしいことこの上ない。それにわしには分かるぞ、この気配は帝国兵のものじゃ」
里から少し離れたこの火山ではリディアには里の様子は分からない。
しかし、グレイナルの言う通りならかなりまずい状態になっているのではないか。

それだけではなかった。上空を見ればリディアも知っているバルボロスが空を舞っていた。
バルボロスは里をめがけて口から黒い炎の玉をいくつも吐き出した。

「なんてことを……」
「バルボロスめ、里を攻撃しおってから。どうしてもわしをおびき出そうというわけか。よかろう、幸いここにはリディアもおる。どうにかなるじゃろ」
リディアがここにいることの何が幸いなのだろう。グレイナルは奥へと進み、ごつい装備一式を持ち出した。

「リディアよ、貴様に竜戦士の装具というありがたい装備をくれてやる。竜戦士の鎧を身に着けた戦士がおればその魔力で今のわしでも飛べるはず……。まずは飛べないことにはバルボロスと戦えないからの」
「わ、私?!」
リディアは今の今までみかわしの服と呼ばれる軽い装備しかしてこなかった。こんな重そうな装備は初めてだ。

「アリスはひょろひょろだからの、恐らく装具はつけられんよ」
「そりゃ、悪かったな」
リディアはグレイナルから装具を受け取り、奥へ行ってみかわしの服から竜戦士の装具に着替えた。

「そうはさせん」
再びグレイナルの元へ戻ると、帝国兵とは違った魔物が姿を見せていた。
「おい、お前ら早くバルボロスをなんとかしろよ、あいつはあたしがなんとかするから」
「でも……」
アリスは帝国に狙われている身だというのに、そんなアリスを一人にしていいのだろうか。

「あたしはちょっとのことじゃ死なないからさ。大丈夫。それよりバルボロスのほうだ。ったく、老いた爺ちゃんがどうやって闇竜と戦うのかって思ったけどさ、リディア。その格好なかなか似合っているぞ」
鎧だけでなく兜まで用意されていた竜戦士の装具を全てまとったいま、もはや兜からうっすら見える目しかアリスには見えないのではないか。
リディアが思った以上に軽いこの装具は、グレイナルの言う魔力によって守られているのだろう。

「なんかさ、それ着てるリディアを見たら、リディアが勇者に見えて」
「勇者……」
勇者という単語が何を意味するものであるかはリディアも知っている。昔、物語で読んだ、悪に立ち向かう勇気ある者のこと。正義感に溢れた、誰からも賞賛される。それが勇者。

(確かに、私はガナン帝国って言う絶対的な悪に立ち向かうことになるのかもしれない)

果たして、自分は本当に勇者と言えるのだろうか。

(だけど、私は何が正義で何が悪なのかも分からない)
リディアが絶対的に信頼を寄せていたイザヤールによる裏切り。あれは、師にとっての正義に他ならないのだろう。だから、師は師の正義に基づいてリディアと対立している。

「勇者にはさ、三人の『けんじゃ』がつきものなんだ」
「三人の賢者?」
「ちょっとは頭を使えよ。三人が賢い者の賢者っていうわけじゃないからな」
アリスが何を言おうとしているのか、リディアにはその真意が分からない。
賢者っていうと、ルルーがなろうとしている職業ではないのか。

「まずは剣に己を委ねる者、『剣者』だろ。次に己の拳に全てをかける者、『拳者』に……。そして最後に深い教養と知識に溢れた賢明なる者、『賢者』。ほら、やっぱりリディアは勇者だ」
アリスの言うけんじゃたちが誰を指しているのか、それはリディアにも十分理解できた。

(私一人じゃ勇者にはなれない。そもそも私は天使と呼ばれていた)
(けど……。三人が一緒なら、私も勇者になれるのかな)

リディアは意を決してグレイナルに向き合う。

「行きましょう、グレイナル。バルボロスの元へ」
「リディア、わしの背に跨るのじゃ」
リディアはグレイナルの指示に従い、背に跨ろうとした。その直前に思い出したようにグレイナルはリディアの手にガナンの紋章を差し出した。

「300年前に帝国の兵が落としていったものじゃ。わしにとってはガラクタ同然だが、帝国にとっては貴重なものらしい。疑った詫びと、これから一付き合いしてもらうお礼として貴様にくれてやる。売れば多少の金になるじゃろう」
「あたしとお揃いだな、リディア。今度それペアルックにしよう」
アリスの言葉にリディアは頷いた。これはいつか叶えたい約束だから。絶対に叶えようと決心する。

今度こそリディアはグレイナルの背に跨り、瞬間、グレイナルは大きく羽ばたいた。

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