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 かれこれ300年は生をまっとうしているリディアであったが、登山というものは生まれてこのかた一度も経験してことがなかった。理由は単純明快で、リディアは天使であるから、飛べばそれですんだからだ。
 ツォから出ている船で新たな大陸へと降り立ったリディアがこうして人生初の登山に挑んでいるのは、船着き場の近くにあるならず者が住むカラコタ橋で、ピタリ山に住居を構える老人が人生最後の贅沢だとかなんとかで光る黄金の果実を―――どう考えても女神の果実その物を購入したと聞いたからだ。そうでなければ今頃こんな山登りではなく、港町サンマロウで船を入手するべく船乗り場を渡り歩いていたはずだ。

 山の麓にいた頃よりも確実に周りの酸素の濃度が低下している。標高が高くなるほど酸素濃度が低くなることは知っていたが、実際に自分の足で登るのはこれが初めてであるため、なかなか感覚になれない。心なしか頭痛もする。
 天使だった頃は頭痛なんて50年に一度くらいに起こるものでそう頻繁に起こるものではなかったし、頭痛に見舞われてもこんなひどいものではなかった。

 (人間って、ずっとこんな軟弱な体ですごしているんだ…)
 人間よりはるかに丈夫な天使であるリディアにとってはこれも貴重な経験なのだろうが、できればこんな経験はしたくないものだ。

 (思えば、天使は人間に近い存在のようで根本的に人間とは違うんだ)
 一歩一歩前に進みながらリディアは考える。

 (人間は天使が生まれる前からいたという。ならば、どうして天使は存在しているのだろう。今までただあるがままに生きてきた。けれど、そもそも天使はどうして存在しているの。軟弱な人間に手を差し伸べ星のオーラを回収していた私たち天使の存在意義、それはなんだろう)



「ここは…」
 何時間も歩いてようやくたどり着いた頂上には町があった。固く、冷たいその町は石でできていた。
 思わずため息が出るほどによくできたその彫刻作品は依然訪れたエラフィタ村そのものであった。
「どうしてこんなところにエラフィタ村なんかを作ったんっすかね?」
「ラボオさん、でしょ。この町を作ったのは。きっとここのどこかにラボオさんはいるはずだから探そう」
 人が暮らすのだから民家を探せばラボオが見つかると思い、リディアは数撃てば当たるの精神で手当り次第民家を尋ねた。
 数十分ほど石のエラフィタ村を探索していると、どこからか地響きが鳴り響く。足に振動が加えられ危うく転倒しそうになった。
 地響きはどんどん大きくなっていく。何かが近づいているのだ。

「何、あれ」

 リディアが視線を向けるその先には巨大な石の塊がこちらに向かって歩んでいるところだった。石でできた巨人といったところだろうか。そいつはいきなり腕を振り下ろしてきた。間一髪でかわしたリディアであったが、あと一瞬遅かったら頭を打ち砕かれていただろう。

「ゴーレムの類ですかね」
 どう考えても敵意丸出しな巨像である。これは戦わざるを得ないだろう。やれやれ、と落胆しながらリディアは槍を構える。果実あるところに災難あり、だ。そして、今までの(と言ってもまだ二回しかないが)経験からすると、この巨像を倒してようやく果実を回収できる。
 巨像は呪文を一切使わずこちらを殴ってくるだけであったが、巨大な石でできた腕で殴られたらただではすまない。あの巨体でどう動いているんだ、と聞きたくなるくらい巨像の動きは素早い。近づいて攻撃を加えようとしても返り討ちにあってしまうためある程度距離を置ける攻撃が望ましい。リディアの槍とルルーの魔法が頼りだった。

「弱り果てろ、ルカナン!!」
 何度かルルーがルカナンを使って巨像の防御を弱らせているはずだが、それでもリディアの槍が石を貫くことはなかった。
「リディア、少し止まってろ」
 インテに言われいったん巨像から距離を取る。インテは精神を統一させ、バイキルトを詠唱した。

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Honey au Lait